各界の第一人者をゲストに招き、「エコロジー」と「エネルギー」について気楽にフラットに学び合うエコ×エネ・カフェが、2021年2月10日(水)にオンラインで開催されました。
第36回目の開催となる今回は、第1回目に登場していただいた公益社団法人日本環境教育フォーラム理事長の川嶋直さんをゲストに迎え、エコ×エネ・カフェの主催者であり今回で引退となるJ-POWER広報部専任部長の藤木勇光さん、過去35回で司会進行役を務めたBe-Nature School代表の森雅浩さんを交え、コロナ禍での「脱炭素化」について鼎談形式で考えていきました。
(左上)
藤木 勇光(ふじき ゆうこう)氏
電源開発株式会社(J-POWER)
広報部 専任部長
(右上)
川嶋 直(かわしま ただし)氏
公益社団法人 日本環境教育フォーラム理事長
(下中央)
森 雅浩(もり まさひろ)氏
有限会社ビーネイチャー 代表取締役
Be-Nature School 代表
【目次】
①:エコロジーとエネルギーの両立する社会を目指して
②:ぺちゃくちゃタイム
③:ぺちゃくちゃタイム2
④:クロージング
開催にあたり、まずはJ-POWER(電源開発株式会社)の多比良重誠さんよりご挨拶をいただきました。
多比良さん:
J-POWER(電源開発株式会社)は、戦後復興と経済成長で急速に増えた電力需要に応えるために、国策企業として1952年に設立、2004年に民営化しました。全国に約100の発電所を持ち、日本で消費される電力の約6%を発電しています。1998年に策定した企業理念のひとつである「エネルギーと環境の共生」の実現を目指して、2007年から「エコ×エネ体験プロジェクト」を社会貢献活動として展開しています。
「エコ×エネ・カフェ」は私たちの暮らしに欠かすことのできないエコとエネ、双方のバランスがとれた社会について社会人と学生がフラットに話し合う「身近なつながりの場」です。
エコ×エネ・カフェを立ち上げた藤木勇光のラスト登壇となる今回は、第1回のゲストでもある川嶋直さんを迎え、また第一回からずっと本カフェの進行を務めてきていただいている森雅浩さんを交えて、気候変動やコロナ禍などホットな話題を通して「エコとエネのバランスした社会」について皆さんと一緒に考えていくことを楽しみにしています。
J-POWER(電源開発株式会社)広報部
多比良 重誠(たいら しげなり)氏
森さん(以下、森):
本日は鼎談形式ということで、まずは直さん(ちょくさん)から自己紹介をお願いします。
川嶋さん(以下、川嶋):
1953年東京生まれ、30年間キープ協会で環境教育の仕事をしてきました。59歳からは日本環境教育フォーラムの理事長をしています。コロナ禍で地方移住が注目されていますが、僕は40年前から地方に暮らしています。参加体験型の学びの場づくりを長年手がけ、「KP法」や「えんたくん」など誰にでもできるアナログコミュニケーション手法を開発しました。最近ではオンラインでの参加型コミュニケーションに力を入れています。
藤木さん(以下、藤木):
エコ×エネ体験プロジェクトのキャプテンをしているので「キャップ」と呼ばれています。J-POWER一筋で42年間勤務し、転勤を11回経験していますが、2006年に広報部に来てからは15年間異動なしでCSRに携わっています。CSRは「Corporate Social Responsibility」で「企業の社会的責任」という意味ですが、これからの時代の CSRは「Communication and Sustainability Research(コミュニケーションとサステナビリティのリサーチ)」なのではないかと思っています。
森:
今回は36回目にして初めてスピーカーとして自己紹介します。最近自分でつけた肩書きで「ワークショップ企画ファシリテーター」の森です。
東京都生まれ、大学卒業後はアパレルメーカーで働いていましたが、アウトドアに目覚め
1996年から自然学校「Be-Nature School」を運営しています。エコ×エネ・カフェでは2009年の第1回目から企画ファシリテーターを担当してきました。趣味は音楽で、YouTubeチャンネルでも配信しています。
森:
さっそく本題に入りたいと思います。本日のテーマは「コロナ禍での脱炭素化」。菅総理は所信表明演説でカーボンニュートラル宣言をし、国内の温室効果ガスの排出を2050年までに実質ゼロとする方針を表明しました。
藤木:
東日本大震災の影響などもあり、日本の温暖化対策は少し遅れを取っていたので、この宣言は菅総理の勇断だと思います。特に注目されているのが「積極的に温暖化に対応することで産業構造や社会を変革し、大きな成長につなげよう」という部分です。経団連も「大変厳しい挑戦だが果敢に挑戦していく」という趣旨のコメントを出しました。
年間約10億トン排出されているCO2を順次下げるための「グリーン成長戦略」が2020年末に経産省により提示されました。
産業構造や人の生活様式を変えて、消費エネルギーを抑えてCO2の排出を減らすと同時に、エネルギー政策では再生可能エネルギーを50%〜60%に拡大し、原子力や火力は30%〜40%、残りは水素やアンモニアなどCO2を出さないものというバランスを目指します。製造時にCO2が出てしまう産業に対しては、回収や再利用、植林などで自然の吸収力を増進するということが計画されています。
これについては、火力発電所などから排出されるCO2を分離回収し、貯蔵し有効活用する技術「CCUS(二酸化炭素回収・有効利用・貯留)」があり、空気中のCO2を回収し固定化する技術「DACCS(炭素直接空気回収・貯留)」も現在開発中です。
日本は、戦後から70年かけて豊かな社会をつくってきた一方で、一人あたり年間約10トンのCO2を出しています。私たちは、あと30年でこれを実質ゼロにするという大きな変化の幕開けの時期にいます。コロナ禍で私たちの生活には大きな変化が求められましたが、意外と対応できましたよね。変化を新しいニーズと捉えると、今はチャンスなのかもしれません。
森:
この宣言に対しては、事前アンケートで「本当にできるの?」という声も上がっていましたが…。
川嶋:
僕は、「菅総理よく言ってくれた!」と思いました。2015年のパリ協定の時から「そんなの無理だ」という人はいましたが、「できるの?」ではなく「しなきゃダメ!」なんです。
藤木:
経済的に発展し続けた70年間の結果が今なので、きちんと向き合わないともっと酷いことになります。なので、達成できるようにやるしかないと思います。
森:
J-POWERの主力は火力発電ですよね。CO2の排出の面からは悪者扱いされることもあると思いますが、この点はどう受け止めていますか?
藤木:
CO2の排出については、1990年代後半から問題意識を持って技術開発をしてきました。
今開発している石炭のガス化技術は、ほぼ実用化の目処がついているところです。石炭を蒸し焼きして一酸化炭素(CO)をつくり、その後に水蒸気を反応させて水素分子(H2)とCO2をつくります。
空気中の酸素分子(O2)だけで蒸し焼きし、H2とCO2はガスの中に高濃度で発生するので効率よく回収できる技術です。つまり、火力発電をしても実質的にはCO2を排出しないような技術開発をしています。
今は瀬戸内海の大崎上島で16万 kW くらいの大きさで実証試験をしていて、10年以内に社会実装したいと考えています。2050年までにどれだけ広げられるかが課題だと思っています。
森:
直さんは、環境問題解決には技術革新、社会制度の変革、意識変革の3つの方法があるとおっしゃっていましたよね。僕たちは環境教育で意識変革に取り組んでいますが、脱炭素化に関する意識変革が一般的に起きているという実感はありますか?個人の力には限界があるので、技術革新に頼るしかないと感じる人も多いと思うのですが。
川嶋:
技術革新をするのも人なので、みんながそれを支持しない限り進まないと思います。今の技術でだけ解決できる問題ではないので、みんなの気持ちが技術革新を後押しすることが大事で、革新のペースをさらに速めるような動きをつくっていかなければと強く思います。
電力をつくる段階でCO2を出さないようにすると同時に、電力そのものを使わないような社会にし、出てしまったものは効率よく回収するというように、合わせ技が必要です。ひとつの技術で解決するようなものではありません。
森:
「コロナ禍での脱炭素化に向けて重要なことを現場目線で聞きたい」という質問も来ています。コロナ禍で起こった社会やコミュニケーションなどの変化が脱炭素化につながる部分もあると思うのですが、いかかでしょうか。
川嶋:
今は脱炭素化が注目されているので、脱炭素化さえすればこれから先の環境問題はすべて解決できるというムードになっているように感じる時もあります。新興感染症が人間の自然のかかわり方の結果ととらえると、生物多様性の問題につながります。何にせよ、人間だけが好き勝手やっていてはダメです。
意識変革が大事ですが、例えば「自然は素晴らしい」という意識変革ができたからといって、みんながエネルギーを使わないような意識変革にすぐにつながるわけではありません。自然を賛美しながら電力を大量消費する人もいます。それらが実はつながっていることに気づかせることが必要だと思います。
「このまま環境破壊を続けたら大変なことになるぞ」というネガティブなメッセージと、「すばらしいこの星を大切にしたい」というポジティブなメッセージをうまく合わせられていないという反省はあります。
藤木:
昔は都会に出ないと仕事がなかった。だから僕も岩手から上京した。それがコロナ禍でどこにいても働けるという手応えが出てきました。働き方が変わることで「都市は繁栄、地方は過疎」という関係性も変わってくという期待はありますね。川嶋さんは40年前に地方移住されていますよね。先見の明があったのですね。
川嶋:
僕の場合はこういう世の中になることを予想して先取りしたわけでなく、結果的に40年早かっただけです。都心の通勤事情などを考えると地方の暮らしは空間的時間的にものすごく豊かなんですよね。そういう面でも、徐々に意識は変わっていくのかなと思います。
森:
本当の意識変革はそう簡単には起きませんが、東日本大震災で原発事故があって、10年経ってのコロナ禍。人々の価値観は大きく揺さぶられている今の状況は、意識が変わるフックにはなっていると思います。