サケ・マスの仲間であるサクラマスは、脂がのっているのにあっさりとしていて上品な味わいが人気の高級魚です。本来は寒い地方で育つ魚ですが、2019年から南国・宮崎県で循環型養殖技術を使った養殖事業が始まりました。事業を行うのは宮崎大学初のスタートアップとして注目される〈Smolt〉です。
海に囲まれた日本は、水産物に恵まれてきました。しかし環境の変化や乱獲などが影響して、その資源量は減少していて、魚の中には、絶滅が危惧されている種類も多くあります。
日本人にとって馴染みの深いサケ・マス類のひとつで日本固有種のサクラマスも、そのひとつ。近年は天然では希少な存在となり、環境省が准絶滅危惧種に分類するまでに至っています。
〈Smolt〉のサクラマス。「桜の時期よりも6月から7月がおいしいので、この時期に食べてほしい」と〈Smolt〉代表の上野さん。
天然のサクラマスは、鮭と同じように、川で生まれて海で育ち、生まれた川に戻る性質がありますが養殖では同じようにするのは難しく、淡水のみ、または淡水のあと海水で育てられて出荷されることが多くありました。
Smoltでは養殖でも本来の生態や習性を損なわないまま優れた種を生み育てられるようにと、淡水で生まれて海水を経験し、再び淡水で生活するというサクラマス本来の暮らしを再現して育てています。これが循環型養殖と呼ばれていて、世界でも珍しい養殖技術です。
循環型養殖では、淡水から海水という環境変化への耐性を持つ個体を代々選抜。選抜交配と呼ばれる、丈夫な個体を選んで交配させることで、さらに丈夫なサクラマスを誕生させています。選抜交配は宮崎大学での研究を含めてこれまで約10年続いており、対象となった個体は累計100万尾にも上ります。
本来、寒い地方で育つサクラマス。Smoltがある宮崎は、サクラマス養殖を行う場所としては、日本の最南端です。温暖な宮崎で選抜交配を繰り返してきたことで、暖かい気候の中でも、しっかり育つ個体となり、将来の更なる地球温暖化にも適用することが期待されています。
創業者は泳ぎ方も美しいサクラマスに魅せられて起業へSmolt代表の上野賢さん。
Smoltで代表をつとめる上野賢さんは、岩手県釜石市で育ち、温暖な土地への興味から宮崎大学農学部に進学。
地元釜石では高級魚としてよく知られたサクラマスの流線型をした姿や泳ぎ方の美しさに惹かれて、サクラマスの研究室に入りました。
研究室では、サクラマスが成長度合いによって個体差が大きいことや、環境適応力について研究。生物としての不思議さにも触れ、一層サクラマスに興味を惹かれていきました。
研究では、生産者を訪問。その熱意や、現場にある課題にも触れたことがサクラマス養殖の事業化に繋がって、2019年に起業しました。
養殖業は全国的にも担い手の高齢化が進んでいて、Smoltが利用している養殖施設も古くから小型のヤマメや、鮎の養殖に使われていたもの。地域の漁業者たちとの連携も行なっています。
サクラマスのおいしさだけでなく、魚としての素晴らしさも知ってほしい現在Smoltが行う事業は3つあります。ひとつは本桜鱒®の生産事業、そしてふたつ目は丈夫な種と養殖技術をパッケージングして他の養殖生産者に販売する事業、そして3つ目が商品化をメインとしたブランド〈FISH FARM SAKURA〉の展開です。
〈つきみいくら®〉は50グラム入り瓶が2つで5400円。100グラム入り瓶2つで10800円。
FISH FARM SAKURAでは、〈つきみいくら®〉という名前で、サクラマスのメスから採卵したイクラを販売しています。イクラとはいえば、赤いものというイメージがありますが、つきみいくら®はお月様のような黄金色。独特のプチっとした食感も美味です。その色と食感の秘密は、餌に赤い色素であるカニやエビなどが含まれていないことと理想の食感になる時期に卵を取り出しているからです。
〈本桜鱒®の冷燻製〉さくらとホワイトオーク2種類入りで7560円。
〈本桜鱒®の冷燻製〉は、旬を迎えた本桜鱒®にローリエや黒胡椒で味つけし、桜で燻したものとホワイトオークで燻したものの2種類が用意されています。
〈桜鱒のスモークコンフィ〉〈桜鱒の炊き込みご飯〉各1300円。
〈桜鱒のソフトジャーキー〉800円。
2023年8月下旬からは新たな商品として、〈桜鱒のスモークコンフィ〉、〈桜鱒の炊き込みご飯〉、〈桜鱒のソフトジャーキー〉といった新商品が発売されます。Smoltの公式サイトや、百貨店などで販売される予定です。
〈キハチ青山本店〉で提供された〈本桜鱒と雑穀、つきみいくらのリゾット〉。
実際の飲食店でも。東京・外苑前にある〈キハチ青山本店〉では、2023年7⽉1⽇(⼟)から7月18日(火)まで期間限定で「本桜鱒と雑穀、つきみいくらのリゾット」をコース料金に追加1200円で提供していました。このメニューはキハチの創業者の熊谷喜八シェフが、Smoltの考えに共感して実現しました。
黄金色が美しい〈つきみいくら®〉。
FISH FARM SAKURAでは、近い将来、サクラマスのすばらしさを知ることができる体験型施設を宮崎県延岡市にオープンしようと準備を進めています。生き方や個性、おいしさを含めた魚の生き物としての素晴らしさを大切にしながらサクラマスが育てられている姿を間近に感じられる施設となる予定です。もちろん新鮮なサクラマスを食べる体験も提供されます。
温暖化や担い手不足で課題の多い水産業の変革に向けて取り組んでいるSmolt。宮崎から日本の食文化を一層サステナブルにすることを目指しています。
information
Smolt
住所:宮崎市学園木花台西1-1 産学地域連携センター
Web:FISH FARM SAKURA
*価格はすべて税込です。
writer profile
Saori Nozaki
野崎さおり
のざき・さおり●富山県生まれ、転勤族育ち。非正規雇用の会社員などを経てライターになり、人見知りを克服。とにかくよく食べる。趣味の現代アート鑑賞のため各地を旅するうちに、郷土料理好きに。