実現する上での障壁についての意見もありました。
「熟議はさまざまな意見を公平に抽出する上でも、とても効果的だと思いますが、実際に参加するとなると面倒と感じる人が人が多いのではないかと思います」
「実際にそれだけの手間をかけることに時間を費やせる人は限られていると思います。熟議のような場も大切ですが、意思を持った人と参加できる人との間にアンバランスが生じることにつながらないでしょうか」
「議論に時間を費やすことができるようなしくみがないと、仕事を休んでまで参加することは難しいと思います。また、熟議のようなものに参加することの意義を会社が認めていないと、制度的に認められていても心理的に参加しづらいのではないでしょうか」
「もっと気軽に意思表明のできるしくみが考えられないでしょうか。例えばTwitter、Facebook、You Tubeなどのソーシャルメディアを活用する方法も考えられると思います」
一方、「民意を専門家に託す」ということに対して、「信頼性」という視点からの意見も多くありました。
「御用学者と呼ばれる専門家もいるので、専門家に意見を託すということに抵抗を感じる人が増えていると思います。大切なのは、その人が信頼できる人物かということ。それがわからない限りは、専門家に任せるのは危険だと思います」
「言っていることに偏りがないかだけではなく、人間性のようなものもわかるといいと思います。専門家を政府が選ぶ場合、その専門家が呼ばれた理由も知りたいし、討論の場も、インターネットでライブ配信するなどして、みんなで傍聴できるようにするといいと思います」
「参加者が自由に質問できる公開討論会のようなものを開催するといいのではないはないでしょうか。そうすることで、難しい議論で一般の人がついていけないようにならないような配慮がなされるようになると思います」
いくつかの選択肢を組み合わせたハイブリッド型がいいという意見もありました。
「国民投票と熟議のハイブリッドがいいと思います。国民投票を行なうということをPRして、一般の人たちの関心を高め、その上でそのテーマについて勉強するための場所を提供する。そして、みんなに理解を深めてもらった上で国民投票に参加してもらう。そのしくみがあれば、国民全体の意識や理解も高まるし、国民投票の結果も意義のあるものになると思います」
十数分間の対話の後、今度はメンバーを変えて同じテーマについて話し合います。最初のテーブルには一人だけが残り、新しいメンバーにこれまで話し合ったことを共有した上でさらに対話を深めてゆきます。
学生だけのテーブルや社会人の多いテーブルなど、それぞれのテーブルのメンバー構成によっても交わされる意見に多様性があるようです。第二ラウンドでは、以下のような対話が展開されていました。