農作物を育てるにあたり、病害虫の防除や殺菌、雑草取りなどは欠かすことのできない手入れだ。また、生育増進を図ることも重要となる。人間は農業を行うようになってから、太陽光で土を消毒したり、敷き藁で雑草を抑制したりして、自然の力を最大限に利用してきた。また、病害虫に強い品種の開発・改良や、「虫追い」などの人海戦術で病害虫を遠ざけてきた。しかし、こうした対策は手間がかかる上、病害虫の大規模な発生にはほとんど効果がなく、結果として農作物が食い荒らされてしまい、飢饉につながることも多かった。
このため、農作物に直接使用する薬剤である「農薬」が開発され、利用されるようになった。日本では、古くは江戸時代に鯨油を水田にまくなどの方法が用いられた。また、蚊取り線香に使われる除虫菊や、タバコに含まれるニコチンの成分、重金属、石灰硫黄など天然由来の農薬が使われた。その後、化学や薬学の発展に伴い、化学物質から合成された化学農薬が登場し、広く用いられるようになった。
農薬にはたくさんの種類があり、効果や効能もさまざまだ。農林水産省は、殺虫剤、殺菌剤、殺虫殺菌剤、除草剤、殺そ剤、植物成長調整剤、誘引剤、展着剤、天敵、微生物剤などに分類している。これらの農薬を安全に製造、輸入、販売、流通、使用するため、日本では農薬取締法に基づく厳しい規制が行われている。その柱である農薬登録制度は、一部を除いて国に登録された農薬だけを製造、輸入、販売できる仕組みだ。
農薬が作物や土壌に残留したり、水質汚濁によって人畜や水産動植物に被害を与えたりすることを防ぐため、国が基準を定める。その基準を超える農薬は登録が保留されるため「登録保留基準」といい、環境大臣が定めて告示する。登録保留基準のうち、作物残留について食品衛生法に基づく「残留農薬基準」が定められている場合には、それが登録保留基準となる。こちらは厚生労働大臣が定めて告示する。農薬取締法は、病害虫の天敵となる昆虫や微生物、それらの抽出物を使った生物農薬も農薬とみなしている。農作物の防除に使う薬剤や天敵のうち、安全性が明らかな「特定農薬」については、農薬登録を受けなくても使用できる。
農薬が普及した一方で、環境や健康への被害も発生した。米国のレイチェル・カーソンが執筆した「沈黙の春」は、DDTやBHCなどの有機塩素系殺虫剤などによる環境汚染を、科学的な調査研究をもとに解明した。日本では、1960年代に殺菌剤・除草剤のPCPによって魚が大量死した事件が有名だ。近年、食品に農薬が混入して健康被害が発生する事件が続出している。21世紀に入り、2007年の中国産冷凍ギョウザ農薬混入事件や、2013年のアクリフーズ農薬混入事件などが社会をにぎわせた。