台湾への旅を、台北を訪れて、濃密な夜市やシロップのように甘いタピオカティーを楽しんで終える観光客は多いだろう。だが、スクーターでごった返す、高層ビルに囲まれた台北の先は、食べ物だけでなく、驚くほどの生物多様性に恵まれている。
台湾は半分以上が森に覆われており、亜熱帯のジャングルから高山性の針葉樹林までさまざまな生態系が広がる。数時間車で移動すれば、太陽の眩しい海岸から霧に覆われた山頂にたどり着ける。今回は、台湾原住民の海辺の村から人里離れた山の森まで、伝統と自然が深く絡み合う台湾のワイルドな面が楽しめる5つの行き先を紹介しよう。
台北から南東に車で1時間ほどの坪林(ピンリン)は、新北市の山間部にある、お茶が有名な地域だ。台北の都市部に住む600万以上の人々にとってのダムである翡翠水庫の上流部に位置する。
流域の保護のため、政府は1980年代、大規模な建築物や産業開発を制限する厳しい環境保全条例を出した。こうした規制は、一部の地元住民や開発業者には不評だったものの、そのおかげで台湾の地方部の景観がまさに手つかずのまま残っている。
「坪林は木生シダがたくさん生えています」。こう話すのは、国立台湾博物館の研究助手で、ときおりツアーガイドも務めるフェイドラ・ファン氏だ。「木生シダは、恐竜の時代から存在する、古代の植物です」
斜面に広がる段々畑では、包種茶と呼ばれる、メロンのような甘さが特徴の軽く発酵させたウーロン茶を作るための茶葉が栽培されている。鳥の声も坪林区では一年中聞こえる。タイワンゴシキドリにカンムリオオタカ。ツバメは、やぶを抜けて軽やかに飛ぶ。「ツバメはよく軒下に巣を作ります」とファン氏は話す。
坪林茶業博物館に立ち寄れば、どのようにお茶が育てられ、加工され、煎じられるか、全体像がよくわかる。すぐそばの坪林老街には、季節ごとの摘みたてのお茶が楽しめる居心地のいい茶店が並び、たいていお茶農家の人が直接お茶を入れてくれる。
台湾本土の南西に位置する小琉球は、滑るように泳ぐアオウミガメやきらきら光る潮だまりが特徴のサンゴ礁の島だ。台湾から行きやすいダイビングスポットで、台北から5時間かからず、港町の東港から船に乗って25分で着く。
次ページ:原住民の生活を知る
台湾は地理的な境界にまたがっている。北半分はほぼ亜熱帯で、南半分は熱帯に移行する。「台中がちょうど境界線です」。2013年から台湾周辺の水中ツアーを開催するダイブショップ「ファン・ダイバーズ・タイワン」の共同オーナーである、デニス・ウォン氏は話す。
台湾中央部に位置する台中から、徐々に海水は温かくなり、海洋生物も活発になる。「それより南に行くと、サンゴ礁が増え、色彩が豊かになり、生物が多様になります」とウォン氏は言う。
小琉球島は台湾西側の台湾海峡内に位置するため、ほかの南方のスポットとは違い、強い潮の流れにさらされていない。このため、透明度は12メートルから20メートルに及ぶ。そこでは、アオマダラエイ、カマス(バラクーダ)の稚魚、ウツボ、ミノカサゴなど、さまざまな生物を見ることができる。
台湾の陸上の火山地帯を探検するにはスクーターが便利だが、沖合のスポットを目指すダイバーはボートを使う。例えばブロークン・シップレックでは、小さな貨物船の名残と、その周りを取り囲むきらびやかなサンゴ礁に出合える。ピークシーズンは、海がガラスのように澄み渡る5〜9月だ。
台湾屈指のサーフスポットである都蘭(ドゥーラン)には、黒っぽい砂浜と太平洋の大波を求めるサーファーたちが年中やってくる。この東海岸の村は、ただのサーフィンスポットではない。台湾最大の原住民で、海と深いつながりを持つアミ族の拠点でもある。
干潮時、アミ族の女性は祖母たちと同じように、今も浅瀬に歩いて入っていき、手づかみでエビやカニ、貝を集める。内陸には、タロイモが育ち、食用の野草が茂るやぶをぬうように小道が走る。これらが毎日の食卓にのぼる。
現在の都蘭は、クリエイティブな人々を引き寄せている。土地の風景や風土の精神にひかれてやって来たアーティストやミュージシャン、海外からの移者によるコミュニティーが拡大している。台湾の産業的な遺産で、もともとは製糖工場だった新東糖廠文化園区を訪れると、週末コンサートや職人の工房、ポップアップギャラリーなどが楽しめる。
ランチのおすすめは「台東ティーハウス」だ。地元で獲れたマヒマヒ(シイラ)を使ったフィッシュアンドチップスが味わえる。
「アミ・ミュージック・フェスティバル」もときおり開かれる。台湾の内外から集まったアーティストが、台湾原住民のアイデンティティーを祝す、草の根的に始まったイベントだ。パフォーマンスは、片方に海が広がり、背景に緑の山がそびえる屋外でおこなわれる。
台湾最南端の屏東(ピンドン)は、「台湾の穀倉地帯」とよく言われる。太陽のふりそそぐ熱帯気候の平野では、レンブ(ワックスアップル)やライチ、パイナップル、マンゴー、バナナなど、台湾にあるほとんどの果物が年中生産されている。 超老舗かき氷店を訪れる」)
次ページ:日の出を眺める
ただし、屏東の山間部にも、平野部と同じくらい豊かな物語が詰まっており、生物多様性と歴史が層をなしている。例えば、かつて原住民や西洋からの探検家たちによって使われた、人里離れた、原住民の石板を用いた村に続く古道。また、熱帯の植物が生い茂る丘陵地帯では、サンショウやハイビスカスなどが見られるほか、イノシシやマカク(サル)、希少なカンムリワシを目にすることがあるかもしれない。
「ウンピョウ(タイワンウンピョウ)はもういなくなってしまったかもしれませんが、その魂はこの森にまだ宿っています」と語るのはファン氏だ。
原住民から神聖視され、山の守護者だと考えられてきたタイワンウンピョウは、1980年代以降、公式には目撃されていない――が、それでも物語は終わらない。やぶの中を素早く動く影、崖から飛ぶ影、木々の中へ消えゆく影など、地元の人の間ではよく話題に挙がる。神話だとしても記憶だとしても、ウンピョウは丘陵地帯に語り継がれる存在となっている。
土地や記憶との深いつながりは、来義(ライイー)のような村でも息づいている。来義は台湾南部の山間部に住む原住民であるパイワン族の移住先である。
パイワン族は昔ながらの農業へ回帰し、アワやレッドキヌア、タロイモ、ゲットウなどを環境に優しい手法で育てている。農産物の直売所は、文化拠点の役割も担う。季節の農産物を販売しつつ、失われつつある農業の知恵についてのワークショップを開催している。食や語り、土地とのつながりを通して原住民の生き方を維持していこうという屏東全体の取り組みの一環だ。
日の出の景色と、約100年の歴史がある森林鉄道が有名な阿里山(アリシャン)は、嘉義(ジアイー)の高山地帯にあり、最寄りの高速鉄道の駅から車で2時間ほど。多くのハイキングコースがあるほか、古代からのヒノキ林があり、霧に縁取られた尾根が見られ、春には野生のユリが咲く。ファン氏は、「阿里山は台湾の林業や交通の歴史を理解するうえで鍵となる場所です」と言う。
狭軌鉄道である阿里山林業鉄道は、もともとは日本統治時代に山奥から木材を運ぶために作られた。今もスイッチバックやループをがたがた走り、ハイキングコースや茶畑、霧に包まれた村々をつないでいる。
一部がヒノキ材で復元された100年経つ列車は、公共交通機関というよりはタイムマシンのようだ。嵐による影響などで部分的な運休が続いていたが、歴史的な鉄道を復元しようという台湾全体での動きもあり、最近、主要区間で運行を再開した。
2000メートルを超える標高で、稜線が東に面するため、阿里山は台湾で日の出を見るのに最適な場所のひとつだ。人気の展望スポットである祝山では、早朝に起きた人たちが集まって、雲の海に太陽が昇り、中央山脈に金色の光があふれる様子を眺める。よく晴れた朝には、台湾最高峰の玉山のくっきりとしたシルエットが現れる。
阿里山の標高1000メートル以上の地帯では、台湾の名高い高山ウーロン茶が栽培されている。冷たく湿度の高い空気が、茶葉の成長を遅くし、香りが濃縮される。また昼と夜の激しい寒暖差によって花のような風味が強まり、ミネラル分の豊富な土壌によって味に深みと透明感が加わる。