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【岐阜・東美濃】大湫宿〜大井宿、中津川宿〜馬籠宿の史跡を訪ね、中山道を歩く

  • 2024年4月5日
  • GOTRIP!

江戸時代に整備された五街道の一つである中山道(なかせんどう)は、江戸日本橋から京都三条大橋までを結ぶ重要な街道です。全長は135里32丁(約534km)に及び、旅人が途中で休憩・食事・宿泊ができるよう、69の宿場が置かれました。

そのうちの17宿、126.5kmが岐阜県の美濃地方を東西に横断しており、いまも往時の面影を色濃く残しています。険しい峠道や苔むした石畳を歩けば、かつての旅人も同じ景色を見ていたかもしれないとノスタルジーを感じられるでしょう。

今回は岐阜・東美濃エリアにある、大湫(おおくて)宿から大井宿までの約13.7kmを歩き、中津川宿に一泊して、翌日は落合宿から馬籠(まごめ)宿までの約4.9kmを歩く、中山道ウォーキングをしてきました。歩いたからこそわかった、東美濃・中山道の魅力をたっぷりお伝えします。

細久手宿・大黒屋旅館

今回の中山道歩き旅のスタートは、岐阜県瑞浪(みずなみ)市の細久手(ほそくて)宿。細久手宿は、海抜420mの山中に発達した江戸から48番目の宿場です。東高西低の町並みが400mほど続き、天保14年(1843)の記録によると、24軒の旅籠があったとのこと。

その旅籠の一つが「大黒屋」です。軒廂(のきびさし)付き切妻造の2階建てで、両端には威厳を感じさせる本卯建(うだつ)が高々と上げられています。

尾張藩定本陣のため、宿場本陣や脇本陣に準じた設備となっており、武士や高貴な客を泊めるための創意工夫が凝らされた造りです。玄関から入って奥に進むと、付書院の雲形にデザインされた窓のある上段の間(座敷)が広がっています。

現在は国登録有形文化財になっていますが、旅館として営業を続けており、宿泊可能です。大黒屋に宿泊して、細久手宿から東へ向かって中山道を歩いて旅する方もいるとのこと。

詳細:大黒屋旅館(岐阜県瑞浪市日吉町7905-1)

琵琶峠の石畳

今回は、1日目午前中に細久手宿の大黒屋に立ち寄った後、車で大湫(おおくて)宿に移動して、大湫宿(瑞浪市)から大井宿(恵那市)までの約13.7kmのコースを歩きました。

大湫宿の西にある琵琶峠は標高540m、中山道美濃・近江路でもっとも高い峠です。今回は琵琶峠の西入り口から東入り口へ向かって進みました。

平成9年度から12年度にかけて整備された全長約730mの石畳は日本最長級で、瑞浪市を代表する史跡として多くの人が訪れています。道標や石仏、一里塚が昔のままに残り、山の中を旅する往時の中山道を体感できる場所です。

峠の頂上直下には、木曽街道六拾九次や木曽路名所図会にも描かれた中山道の名所、八瀬沢一里塚が残っています。瑞浪市内の中山道には昔のままの一里塚が連続して4か所残っており、全国的にも珍しい例です。

琵琶峠頂上の馬頭観音(ばとうかんのん)。牛馬を守護し、旅の道中を守る観音様だそうです。

30分ほどで琵琶峠を越え琵琶峠東入り口に到着しました。途中に休憩所とトイレもあり、無理なく歩けるコースでした。

大湫(おおくて)宿

大湫宿は江戸から数えて47番目、西の琵琶峠と東の十三峠に挟まれた、里山の宿場です。格子窓の家並みが昔の面影を残しています。

丸森」と呼ばれる旧森川訓行家住宅は、旅籠屋の他に尾州藩の許可を得て塩の専売も行い、繁盛を極めた商家でした。建物は江戸時代末期の建築と推察されており、平成18年に国登録有形文化財に登録、現在は瑞浪市観光案内所として開放されています。(内部見学可能/入館無料)

大湫宿から大井宿へ

今回の東美濃・中山道ウォーキングでもっとも長かったのが、大湫宿をスタートして、往時の面影を色濃く残す街道を歩き、恵那駅前の大井宿へと至る、約13.7kmのコースです。

道中のほとんどが十三峠と呼ばれる難所で占められており、歩きごたえがあります。アップダウンが20以上もあり、山道には自販機もコンビニもないので、歩く前には飲み物や軽食を用意しておくとよいでしょう。

この区間には、尻冷やし地蔵、三十三所観音、巡礼水の馬頭様、権現山一里塚、樫ノ木坂の石畳、ぼたん岩、首無し地蔵、槙ヶ根一里塚、西行塚など、多くの史跡が残っています。

起伏の激しい坂が何度も現れる十三峠は、見通しも悪く、江戸時代の旅人にとっては不安も大きかったはず。道々、お地蔵様や馬頭観音様に安全を祈ったのかもしれません。

こちらは、地面にぼたんの花が開いたように見える珍しい岩。直径5mほどの大岩で、400年以上も前から「ぼたん岩」として多くの人に踏まれ親しまれてきました。学術的にも「オニオンクラック(タマネギはく離)」の標本として貴重な花崗閃緑斑岩です。

ぼたん岩から東へと進み、川を渡ると、大変急な「みだれ坂」が現れます。大名行列の列が乱れ、旅人の息が乱れ、女性の着物の裾も乱れたことから「みだれ坂」と呼ばれるようになったとか。

こちらの首無し地蔵には、「二人の武士の召使が昼寝をしており、一人が目を覚ますと仲間は襲われて首がなかった。怒った召使いは『黙って見ていたとは何ごとか』と地蔵の首を斬り落とした」という言い伝えがあるそうです。

いくつかの坂を越え、茶屋跡を通り過ぎ、西行の森、そして槙ヶ根一里塚を過ぎると、十三峠の東入り口に到着します。

天気がよければ、日本百名山の一つに数えられる「恵那山」(標高2,191m)を見渡せるでしょう。

アップダウンの激しい13.7kmのコースは、決して楽ではありません。しかし、しんと静まり返った山の中、石畳や土を踏みしめ歩みを進めると、数百年間前の人たちと同じ景色を見ているようで、今と昔がつながる感覚を覚えました。暗い道を抜けて光が差したときの安心感や、道中に飲む水のおいしさは、同じだったのではないでしょうか。

大井宿

大井宿は江戸から数えて46番目の宿場です。恵那駅前のやや北東、大井橋を渡った辺りから上横橋辺りまで、横町・本町・竪町・茶屋町・橋場町の5つの町からなり、全長は710mにわたります。

本陣は戦後すぐ火災に遭い、立派な正門(上写真)と庭園あたりが残るのみです。脇本陣も残っていませんが、庄屋古山家の屋敷は健在で、現在は中山道ひし屋資料館として公開されています。

大井宿のもう一つの見どころが、明治天皇大井行在所(あんざいしょ)と長屋門です。行在所とは行幸(天皇が外出すること)の際の仮の御所のこと。明治13年6月28日に、明治天皇が大井宿の旅籠であったこの屋敷に一泊され、現在でも当時の座敷、風呂場、便所が保存されています。

お宿 Onn 中津川

この日は中津川市の「お宿 Onn中津川」に宿泊しました。中津川の地で古くより大切にされてきた日本三銘木の「木曽桧」がふんだんに使用された、木のぬくもりを感じられるホテルです。

ダブルルームは、桧のアートワークが印象的な居心地のよいお部屋。コンパクトながら、遮音性の仕切りドアや独立洗面台など利便性を兼ね備えており、快適に過ごせました。

客室のお風呂はシャワーのみですが、館内には大浴場があるので、手足をも伸ばしてお風呂に浸かりたい人はぜひ利用してみてください。檜の香りに包まれ、一日歩いた足の疲れを癒せます。

館内で夕食は食べられませんが、周辺には居酒屋や郷土料理のお店があり、鶏ちゃんや牛すじ煮込みといったご当地料理を楽しめます。お酒が好きなら、「恵那山」「小野櫻」「鯨波」などの中津川の地酒をぜひ飲んでみてください。

朝食は和食ビュッフェで、五平餅、飛騨牛牛丼、朴葉味噌、鶏ちゃん、トマト豆腐、栗おこわなどの中津川のご当地グルメを好きなだけ楽しめます。中山道ウォーキングでたくさん歩く予定なら、しっかりエネルギーをチャージして出かけましょう。

詳細:お宿 Onn 中津川(岐阜県中津川市新町7-43)

中津川宿

中山道歩き旅2日目の朝は、「お宿 Onn中津川」のある中津川宿の散策からスタート。中津川宿は江戸から数えて45番目の宿場で、木曽路への玄関口として栄えました。全長は1,100mにわたり、旅籠屋は大小29軒あったといわれています。

幕末に尊王攘夷を唱えて戦った天狗党水戸浪士の墓や、桂小五郎(木戸孝允)の隠れ家跡が今も残り、薩長の密談・中津川会議が行われるなど、江戸から明治へと変わる激動の時代のカギを握った宿場でもありました。

こちらは「旧脇本陣森家」です。江戸時代から実際に使用された「上段の間」(床の間、書院棚付き畳8畳)と「御手水所」が復元されています。無料開放されているので、見学希望の方は隣接する中山道歴史資料館に受付に申し出てください。(中山道歴史資料館の入館は有料)

上段の間に腰を下ろして記念写真を撮れるので、観光客に人気があるとのこと。

中津川は栗きんとん発祥の地として、また栗処として有名です。百有余年の歴史を持つ老舗「御菓子所 川上屋」の栗きんとんは、9月〜12月の期間限定商品ですが、シーズンに訪れたらぜひ味わってみてください。

今回は時期ではなかったため、栗きんとんを干し柿で包んだ「柿の美きんとん」(11月〜4月限定商品)を購入して食べたところ、栗きんとんと干し柿がこんなに合うのかと驚きました。

落合宿

落合宿は江戸から数えて44番目、木曽路の険しい難所を控える旅人たちを迎えた宿場です。映画「十三人の刺客」の舞台としても知られています。

中央部にある本陣には加賀藩前田家より寄贈されたという表門・建物・庭すべてが往時のまま残っています。当時の本陣の建物が残っているのは中山道すべての宿場の中でも少ししかありません。

落合の石畳

落合宿を抜けると馬籠宿まで、かつて難所とされた十曲峠(じゅっきょくとうげ)が続きます。

その道中にある「落合の石畳」は、中山道を歩く人たちの間で人気のスポットです。この石畳は、旅人の便を図り、同時に坂道を大雨から守る策として作られたものだとか。

落合の石畳は全長840mに及び、国の指定史跡となっています。深い森の中、木立の間の苔むした石畳を踏みつつ進めば、同じ場所を歩いたかつての旅人の気持ちが感じられる気がします。

石畳を登った先は、木曽路の入り口です。明治の文豪、島崎藤村の筆による「是より北 木曽路」の碑が出迎えてくれました。

馬籠(まごめ)宿

馬籠宿は江戸から数えて43番目、眼下に美濃の国を眺望する急峻な坂道の宿場です。島崎藤村の生誕地で、「木曽路はすべて山の中である」という書き出しから始まる小説『夜明け前』には、明治維新期の馬籠や中山道の様子が描かれています。

島崎藤村の生家跡に建つ「藤村記念館」は、藤村記念堂、藤村の祖父母の隠居所、ふるさとの部屋、記念文庫、第二文庫、第三文庫の建物からなり、『嵐』『夜明け前』などの作品原稿、遺愛品、周辺資料、 明治大正詩書稀覯本コレクションなど約6,000点を所蔵しています。

詳細:藤村記念館(岐阜県中津川市馬籠4256-1)

馬籠宿には飲食店や土産物屋が軒を連ねており、おやきやせんべいなどの食べ歩きも楽しめます。ノスタルジックな雰囲気の漂う石畳の坂道はどこを切り取っても絵になり、ついつい写真を撮りたくなってしまうこと請け合いです。

東美濃での郷土食「五平餅」は、気軽な食事やおやつとして人気です。つぶしたご飯をわらじ型やだんご型に成形して焼き上げ、味噌や醤油をベースに胡桃や胡麻などの隠し味を入れた甘辛いタレをからめたもので、お店ごとの味わいがあります。

馬籠宿には五平餅を出すお店がいくつもあるので、ぜひ味比べを楽しんでみてください。

今回の1泊2日東美濃・中山道歩き旅はこれにて終了。最後は中津川駅に移動し、帰途につきます。

にぎわい特産館

中津川駅に隣接する「にぎわい特産館」は、中津川のいろいろな栗菓子や和菓子をはじめ、地酒や木工品、新鮮野菜など地元の特産品が1,000点もそろうお店です。

郷土菓子のからすみ、五平餅のタレや五平餅キット、地酒、馬籠柚餅子などもあるので、お土産を買うのに立ち寄ってみてください。

詳細:にぎわい特産館(岐阜県中津川市栄町1-1 にぎわいプラザ)

栗菓匠 七福

少し時間があれば、自社栗農園を有する地元で有名な栗きんとんのお店「栗菓匠 七福」もおすすめです。栗きんとんは9月頃からの期間限定発売となりますが、ほかの季節にもさまざまな栗菓子が店頭に並びます。

コシの強い杵つき餅100%大福 栗きんとんとこし餡を包んだ「栗っこ大福」や、わらび餅の中に栗きんとんが入った「深山のしずく」が人気商品とのこと。栗を育てるところから素材に向き合ったおいしさを、ぜひ味わってみてください。

詳細:栗菓匠 七福(中津川市中津川3022-18 )

実際に歩いてみたからこそ、かつての旅人の気持ちになれた東美濃・中山道の旅。名古屋からなら朝9時に出発して翌日の18時すぎには帰着でき、東京からなら朝7時すぎに出発して翌日の20時前には帰着できるので、1泊2日でもたっぷり楽しめます。

写真や動画で見るだけではわからない、光と影の移ろいや山の中の静けさ、石畳を踏みしめたときの昔と今がつながるような感覚を体験しにいってみてください。

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