緑豊かな里山で、地産地消のおいしい食事と温泉が楽しめる〈Onsen & Garden 七菜〉が、2024年4月にグランドオープン。金沢市の中心から車で20分、都心の喧騒を離れた場所に、飛騨から築200年以上の古民家を移築した、心癒されるホテルとなっています。オーナーである徳山相哲(とくやまそうてつ)さんと菜月(なつき)さん夫妻は、ともに東京都の出身。前職も中学校の先生と会社員という、田舎暮らしとも、ホテル業とも、無縁の生活を送っていたふたりでした。それが都会での生活に息苦しさを感じるようになり、地方移住を考え始めたのだとか。
おふたりの好きな里山の風景を見ながら、テラスではバーベキューが楽しめる。
誰もが「ありのまま【有りの儘】」でいられるリラックスした空間をつくりたかった「もともとエネルギー問題や自然環境に関心があったのですが、子どもが生まれたことで、より自分らしく生きられる環境に身を置きたい、人として無理なく生きられる環境で、職住一体となる場所に移りたいという思いが強くなりました。
そして、普段都会で生活されている方や近郊で働かれている方たちにも、同じように自分らしさを取り戻せる場所を提供したいと思うようになり、ホテルの運営ができる移住先を探すなかで、この温泉地の権利を手放したいというオーナーの知人と出会えたんです」と菜月さん。こうして、コンサルティング会社を経営するお父さんの会社の一部門として、ホテル事業がスタートしました。
あるものをすべて生かすという考えでエネルギーシステムを構築さらに驚くのは、このホテルのエネルギーが、夫の相哲さんが構築した自家発電によるものだということ。ホテルをつくるときに、出来る限り、二酸化炭素を出さない持続可能なエネルギーシステムにしたいと考え、太陽光発電と温水施設でほぼ、まかなえる設計となっています。
「この土地のメリットを生かし、熱エネルギーと電気エネルギーをあますところなく活用するにはどうしたらいいのか、1年ぐらいかけて構築しました。未経験のなかで、全体が理解できる専門家がいないので、それぞれの分野の専門家の方に聞きながら、トータルのシステムを考えました」と相哲さん。現在、ホテルの主な電気は太陽光発電、給湯は温泉廃熱・太陽熱・地域の間伐材を活用した薪ボイラー、その熱利用での全館床暖房となっているそうです。また、高温の温泉水や廃熱利用や太陽温熱による給湯、さらに蓄電池、電気自動車に蓄電した電力を住居、建物にまかなえる仕組みとなっています。今後は、北陸地域が11月以降、雨と雪の時期が長いこともあり、山水や融雪システムなどの導入を利用した水力発電も試作していくのだとか。
持続可能なエネルギーも地産地消も考え方の根本は同じ「エネルギーも地産地消の食材を使うことも、根本は同じだと思っています。あるものを有効利用していこうという考えが、〈Onsen&Garden七菜〉の原点でもあるんです」と、菜月さん。
もともと発酵調味料のメーカーで、レシピ開発や料理研究家のアシスタントなども担当していた菜月さんは、安心安全な食材へのこだわりも人一倍。
「ここに決めた理由は、里山の景色がきれいで、自然豊かで、獣もいっぱいいて、海の幸も豊富。野菜もほとんどが地のものでまかなえてしまうところです。石川県は、ブランド野菜や生産量が多い野菜というのは少ないんですが、少量多品種を作付けし、有機でつくられているものが多いのがうれしい」と話します。
山の幸、海の幸が豊富。
旬をそのまま味わう。
里山には猪などの動物が多数いるため、猪肉などが手に入りやすい。だからこそ、宿泊客には、新鮮なジビエも楽しんでもらいたいと、そのままシンプルに焼いて提供しているそう。「初めてさばいたばかりの猪肉を手にしたとき、その甘い香りに驚きました。お客様にもやわらかくて、臭みもなくて、おいしいと評判になっています」
相哲さんは狩猟免許も取得し、今年の秋からは山に入って訓練を開始するのだとか。
地元産のブランドの能登牛や能登豚をはじめ、新鮮なジビエは大好評。
築200年以上の古民家を維持することも持続可能な社会の象徴購入した温泉宿〈曲水苑〉は2015年に閉館しており、家屋自体は再利用できるものではなかったため、すぐに解体。金属以外の廃材はすべて薪として熱源となったそうです。曲水苑の跡地に、〈奥飛騨の元おもちゃ博物館〉として利用されていた古民家を解体して再構築、現代的な間取りを取り入れながら、そのままの風情が感じられるようになっています。建築設計を手がけたのは、地元で活躍する建築士の谷重義行(たにしげよしゆき)さん。古いだけでなく、力強さも感じる太い梁を生かした斬新なデザインが印象的です。
エントランスを入ってすぐの1階の吹き抜けスペース。授乳室、キッズスペース、ムスリムの方のお祈り部屋なども用意しています。
「1階の部屋はフルフラットの設計で、車いすの方も利用できる仕様となっています。2階は、グループでの利用や会議スペース、簡易なワーキングスペースもあり、ゆったりとプライベート空間を楽しんでいただけます」と菜月さん。
2階の部屋は、奥飛騨で元おもちゃ博物館として使われていた時代の間取りの名残をあえて残したお部屋。
温泉はすべてが完全貸し切りで、お風呂からの眺めはまるで絵画を見ているようです。2024年1月に起きた能登半島地震では、被災した方に無料でお風呂を開放されていたとか。大浴場が苦手なお子さんを持つご家族が何度か通ってこられ、とても喜ばれたそう。
風呂はすべて貸し切りの家族風呂。敷地内に温泉が自然湧出しています。
環境に負荷をかけないホテルは、本当の意味で心身共にリラックスできる4月のグランドオープン後、アメリカからのお客様が宿泊された際、自家発電や地産地消の料理を知り、「自分たちが環境に負荷をかけていないで旅を楽しめるのは、ストレスフリーだ」と、とても喜んでくれたそうです。
ホテルのまわりは美しい田畑が広がり、自然の恵みを感じられます。
都会での息苦しさは、環境を破壊しながら生きているということへの罪悪感もあるのかもしれません。ふたりのチャレンジは、長期的なものではありますが、確実に、持続可能な未来へと動きだしています。
1階にはお酒を楽しんでもらえるバーカウンターも。
information
Onsen & Garden 七菜
住所:石川県金沢市七曲町ハ132-1
電話:050-8892-8890
チェックイン:16:00
チェックアウト:10:00
料金:1泊2食付 40,000円〜/1名
【カフェ・レストラン】
営業時間:11:00〜16:00
【日帰り温泉】
営業時間:11:00〜15:50
料金:Web予約4180円、当日4400円(一枠、50分間)
定休日:月・火曜(祝日は営業)
writer profile
Naomi Kuroda
黒田 直美
くろだ・なおみ●愛知県生まれ。東京で長年、編集ライターの仕事をしていたが、親の介護を機に愛知県へUターン。現在は東海圏を中心とした伝統工芸や食文化など、地方ならではの取り組みを取材している。食べること、つくることが好きで、現在は陶芸にもはまっている。