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大発生するセミを「ゾンビ化」、死ぬまで交尾に駆りたてる寄生体

  • 2024年5月2日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

大発生するセミを「ゾンビ化」、死ぬまで交尾に駆りたてる寄生体

 米国でこの春、セミが大量発生する。今年は南東部から中西部までの17州で、13年ゼミと17年ゼミの大集団の周期が221年ぶりに重なるからだ。長い地中生活のあとセミたちが地上に出てくる目的は、交尾相手を見つけ、死ぬこと。ただそれだけだが、そのセミたちを食い物にしようと待ち構えている菌がいる。セミの体を内側から食い荒らし、宿主を性行為に取り憑かれたゾンビにしてしまうマッソスポラ菌だ。

 過去に発生した周期ゼミを観察した科学者たちは、この真菌がセミの体を乗っ取り、交尾行動を通して感染を広げるためだけにセミを生かしていることを明らかにした。

 マッソスポラ菌研究の第一人者でナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(探求者)のマット・カッソン氏は、マッソスポラ菌に感染したセミを「空飛ぶ死のソルトシェーカー」と呼ぶ。ポッドキャスト「Overheard at National Geographic(ナショナル ジオグラフィックで小耳にはさんだ話)」で、2021年にカッソン氏がしたマソスッポラ菌の話を紹介する。

感染したセミはどうなるのか

 マッソスポラ菌は、体の尾側から徐々にセミを蝕んでゆく。食われた部分が胞子で覆われているため、感染していることが一目でわかる。

「中学生の消しゴムか、数学教師が使うチョークの粉のように見えます。それがセミのお腹を覆っているのですから、すぐにわかります」

 やがて、セミの下半身は完全に菌によって崩壊させられる。しかも、「そこからますますおかしなことが起こります」と、ナショナル ジオグラフィックの上級編集者でポッドキャストのホストを務めるピーター・グウィンは言う。「マッソスポラ菌は恐ろしく巧妙で、セミを衰弱させるだけではなく、カフェインを取りすぎたかのような空飛ぶ機械に変えてしまいます」

 菌が体を突き破って外にあふれ出ているというのに、セミはまだ活発に行動し、胞子を振り落としながら飛翔し続ける。その様子は、あたかもソルトシェーカーから塩を振っているようだと、カッソン氏は言う。

菌はどのように広がるのか

 マッソスポラ菌は基本的に、セミ界の性病と言える。

 感染の第1段階にあるセミは、交尾相手に菌を広げ始める。特に、オスの交尾行動に与える影響が興味深い。2018年に学術誌「scientific reports」に発表された論文によると、感染したオスは羽を動かすという求愛行動をとるようになる。

 この行動は通常メスにしか見られない。つまり、オスが羽を動かしていると、別のオスまでもが交尾しようと近づいてくる。こうして、感染したオスはメスにもオスにも交尾相手として見られてしまうと、米コネチカット大学の昆虫学者で論文の著者のジョン・クーリー氏は言う。

次ページ:覚せい剤や幻覚剤の成分を検出

 さらに、感染したセミのお腹の中も胞子でいっぱいになる。これが、感染の第2段階だ。

 最終的にお腹が破裂して、中の胞子は地面にぶちまけられる。すると、木を降りてそこへやってきた次世代の幼虫が土に潜る前に感染してしまう恐れもある。

覚せい剤や幻覚剤の成分を検出

 マッソスポラ菌に感染したセミがなぜ活発に行動するようになるのかは長年の謎だったが、セミが高揚状態になっているのではないかという説がある。

 最近の研究で、覚せい剤の成分でアンフェタミンの一種であるカチノンが、13年ゼミと17年ゼミに感染するマッソスポラ菌に多く含まれていることがわかった。カチノンはある種の植物に自然に存在するが、真菌での記録はそれまでなかったと、グウィンはポッドキャストで話している。

「マッソスポラ菌に侵されたセミからも、これと全く同じ物質が発見されました。しかも大量に、です。セミが長時間覚醒し続けるわけが、これで説明できます」

 しかし、全ての感染したセミから同じ物質が見つかっているわけではない。周期ゼミではなく毎年現れるセミから採取したチョーク状のカビ菌をカッソン氏が調べたところ、マジックマッシュルームに含まれる幻覚成分のシロシビンが検出されたという。

 セミが地上に出てくるたびに、科学者たちは新たな研究の機会を得る。そうなれば、また何か興味深い発見があるのではないかと、カッソン氏は期待している。

「地下には多くのことが隠されていることがわかります。事実は小説よりもはるかに奇なり、ということでしょうか」

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