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ビタミンDが腸内細菌を変えてがんを抑える、驚きの関係、研究

  • 2024年5月8日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

ビタミンDが腸内細菌を変えてがんを抑える、驚きの関係、研究

 体内でがんが増えるのを抑えたいとき、私たちの免疫系は最大の味方になってくれるが、そのためには少しばかり後押しが必要な場合がある。4月25日付で学術誌「Science」に発表された論文によると、腸の組織に含まれるビタミンDが、ある腸内細菌を増やし、それがリンパ球の一種であるT細胞を刺激してがん細胞を攻撃させている可能性があるという。

 がん治療の効き方に患者の腸内細菌叢(マイクロバイオーム)が関係しているらしいことは、2018年に発表された一連の研究で示されていた。T細胞のブレーキを外し、がんへの攻撃力を高める「チェックポイント阻害薬」が効く人とそうでない人では、腸内でよく見られる細菌に一貫した違いがあることが明らかになったのだ。

 また2021年には、チェックポイント阻害薬の効果が見られた人の便から採取された細菌を、効果がなかった人の腸に移植したところ、治療効果に改善が見られたという2つの研究が発表された。

 そしてビタミンDにも、がん予防での役割を示す証拠は以前からあったが、今回のマウスを使った研究で明らかになった、腸内細菌を通じたビタミンDと免疫系のつながりは驚きだ。ビタミンDは脂肪分の多い魚や卵の黄身などから取れるほか、太陽の光を浴びることで皮膚内で作られ、代謝や骨、筋肉、神経、免疫系の健康に重要な役割を果たす。

 英フランシス・クリック研究所の免疫学者で論文の責任著者であるカエターノ・レイス・エ・ソウザ氏は、同じメカニズムが人間でも働くのかを知るにはさらに慎重な研究を重ねる必要があるが、調べてみる価値はあると話す。

「ビタミンDは、数百もの遺伝子の活動に影響を与えているので、複雑なのです」。しかし、いくつかのデータセットを分析してみると、ビタミンD活性が高い患者は様々なタイプのがんの生存率が高く、免疫治療への反応も良いことがわかった。

 さらに、ビタミンDの生成を助ける太陽光が比較的少ないデンマークで、ビタミンD不足を指摘された人は、その後10年以内にがんを発症するリスクが高いことが、詳細な健康記録によって示されている。しかしレイス・エ・ソウザ氏は、実際のリスクはもっと高いだろうと考えている。「ビタミンD不足を知らされてサプリメントを取り始めた人もいると思いますから」

 この研究に関してポーランド科学アカデミーの生化学者カールステン・カールベルク氏は、日光や食事でビタミンDを得る重要性を再認識させるものだとしながらも、マウスでの研究結果から性急にヒトに関する結論を引き出すのは賢明ではないとも警告する。「マウスとヒトは7500万年間も別々に進化してきましたから」。カールベルク氏はビタミンDの役割について長年研究しているが、今回の研究には関わっていない。

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がん細胞の増殖を抑える

 レイス・エ・ソウザ氏は長年の間、免疫系のがん細胞への攻撃力に影響する遺伝子に興味を持ってきた。これらの遺伝子を特定するために、氏の研究室は、がん細胞の増殖または抑制に関わっていると思われる遺伝子のスイッチをオフにしたマウスを使って研究を行っている。

 論文の筆頭著者で現在は英キャンサーリサーチUKマンチェスター研究所に所属するエバンゲロス・ジャンパゾリアス氏が、「ビタミンD結合タンパク質」という、その名の通りビタミンDに結びつくタンパク質を作るよう指示する遺伝子のスイッチをオフにすると、マウスの皮膚がん細胞の増殖が抑えられることを発見した。レイス・エ・ソウザ氏はそれに興味をひかれた。

 しかし本当に驚いたのは、その次の実験だった。

 研究室環境の何らかの異常が結果に影響を与えていないことを確認するため、研究チームは、遺伝子操作したマウスとそうでない普通のマウスを同じケージに入れて飼育した。

 すると驚いたことに、一緒にケージに入っていたマウスの腫瘍も同じように、成長のスピードが緩やかになった。がんへの抵抗力が強いマウスの近くにいるだけで、普通のマウスの腫瘍の増殖まで抑えられるのはどういうわけなのだろうか。

フンの中の細菌にヒントが

 間もなく、ジャンパゾリアス氏とレイス・エ・ソウザ氏は、マウスがお互いのフンを食べているせいではないかと気づいた。遺伝子のスイッチをオフにしたマウスのフンに含まれる何かが、同じケージにいた普通のマウスの体内に取り込まれたに違いない。

 普通のマウスで見られた効果が、遺伝子操作されたマウスの腸内細菌叢と関係しているのかどうかを調べるため、今度は遺伝子操作されたマウスに抗生物質を与えてみた。すると、がんへの抵抗力が失われ、ケージの仲間にその力が共有されることもなくなった。これで、マウスのフンの中にある腸内細菌が何らかの形で腫瘍の成長を遅らせていたとはっきりした。

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 ビタミンD結合タンパク質は、ビタミンDの多くを血液中に留めていると、レイス・エ・ソウザ氏は説明する。「そのため、腸の内壁を含め、体の様々な組織に届くビタミンDの量が減ります」

 ビタミンD結合タンパク質を作るよう指示する遺伝子が無効にされると、腸の組織で使えるビタミンDの量が増え、その結果、腸内細菌叢で「バクテロイデス・フラジリス」という細菌が増えた。この細菌は人間の腸内にも常在しており、レイス・エ・ソウザ氏は、これが免疫系を刺激している可能性があると説明する。

 この遺伝子のスイッチをオフにする、遺伝子操作されていないマウスの餌に含まれるビタミンDの量を増やす、マウスの腸のバクテロイデス・フラジリスを増やすといった操作は、すべて同じ効果をもたらした。つまり、より多くのT細胞が腫瘍を攻撃し、腫瘍の成長が抑えられたのだ。

 ビタミンDの量が増えた結果、マウスは免疫治療にもより良い反応を示すようになった。

「細菌がどのように働いているのかはわかりませんが、効果は目に見えて明らかです」と、レイス・エ・ソウザ氏は言う。

サプリメントと日光浴の注意点

 とはいえ、自分がビタミンD不足だとわかったとしても、サプリメントを飲み始める前にはまずかかりつけ医に相談することを、レイス・エ・ソウザ氏は勧める。ビタミンDのサプリメントががんのリスクやその他の健康面に与える影響についてはまだ完全に解明されていない。「自己免疫疾患のリスクなど、まだ知られていない悪影響があるかもしれません」

 また、春になったからといってビタミンDを増やそうと、太陽の光に当たりすぎるのも良くないという。

「日光に当たる時間を増やすのはお勧めしません。皮膚がんのリスクが高まってしまっては元も子もありませんから。ビタミンDのためにわざわざ日光浴をする必要はなく、少し散歩するだけで十分だと思います」

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