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生物間の単純ではない相互作用
シカが増えるとジャコウアゲハは減る?

  • 2017年9月8日
  • NACS-J

シカの食害がジャコウアゲハにも影響

 私が調査している千葉県の房総丘陵では、オオバが広く生育していますが、その様子は少し変わっています。人の手があまり入らない森の中でも、茎が切断され、新しい葉を盛んに出している株が見られるのです(写真8)。このような株は、ジャコウアゲハの幼虫がまだ小さい5月ごろでも見られます。ジャコウアゲハ以外にオオバを食べた犯人はいったい誰なのでしょうか?

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▲写真8 シカによる採食を受けたと思われる株。葉を再生長させている。

 房総丘陵のほぼ中心に位置する清澄山を歩くと、下層植生がまばらで、しかも毒やとげのある植物が目立つことに気づくでしょう。これは、増えすぎたニホンジカ(写真9)による食害が原因と考えられています。オオバは毒を含むため、シカにとって好ましい餌ではないと思われますが、ほかの植物が少なくなってしまった場合には食べられることもあるのでしょう。

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▲写真9 ニホンジカは全国各地で個体数の増加が報告されている。

 シカに食べられるとオオバはどのような反応を示すでしょうか。第一に、多くの植物がそうであるように、食べられ続けることで生育密度が減ることが予想されます。第二に、ただ減るだけではなく、食べられた後の補償生長で新しい葉を出し続けることも予想されます。前者の反応があれば、オオバを利用するジャコウアゲハにとって餌の量が減るため、個体数も減ることが予想されますが、後者の反応があれば、餌の質が良くなるため、夏に羽化する個体の割合は増えるかもしれません。
 シカの生息密度の異なる場所でオオバの密度と質を調べたところ、どちらの影響も起こり得ることが分かりました。シカ密度の高い地域では、オオバの密度が減少すると同時に、夏でも質の高い葉を出す株の割合が多い傾向が見られました(図4)。つまり、シカからジャコウアゲハへの影響は、餌の量の減少による個体数への負の間接的影響と、餌の質の向上による成長速度や世代数への正の間接的影響の両者の足し合わせで決まるということです。どちらの効果が強くなるかは、シカの密度や定着履歴などで変化することが予想されるため、一概には言えません。しかし、シカが増えれば、植物が減って、それを利用する生物もただ減っていくという単純な図式は常に成り立つとは限らないといえます。

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図4 シカの生息密度の異なる地域におけるオオバウマノスズクサの反応(左:量の変化 右:質の変化)

生きもの同士の関係はプラスにもマイナスにも作用

 今回紹介したジャコウアゲハとシカの関係では、オオバが食べられた後にその損失を補うべく補償生長し、葉の質の向上に応じたジャコウアゲハの成長速度や世代数の増加が起きれば、ジャコウアゲハへの負の影響は弱まり、正の影響に転じる可能性もあります。植物と昆虫の密接な関係は、シカによる影響を弱めることもあれば、強めることもあるでしょう。
 今、全国でシカの増加や外来生物の侵入などで生態系がかく乱される問題が起き続けています。今までそこにいなかった生きものが生態系に加わったとき、単に個体数の増減の観察だけでなく、その変化の背景にある生物間の相互作用を解き明かすことが問題の解決につながる場合もあるかもしれません。近年の生態系の変化は予測が難しい現象であるからこそ、影響の生じるしくみを明らかにし、どのような条件でどのような反応が起こるかを理解する必要があるのです。

高木俊
文・写真 高木 俊氏
東京大学大学院農学生命科学研究科
日本学術振興会特別研究員



※掲載しているデータは、会報『自然保護』掲載時(2010年)のものです。
 出典:日本自然保護協会会報『自然保護』No.513(2010年1・2月号)

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