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南アルプス林道、4年経っても復旧困難

  • 2024年7月17日
  • NACS-J
 山梨県南アルプス市から長野県伊那市を結ぶ南アルプス林道は、2019年に台風により崩壊し、現在も復旧が見込めません。

 50年前、自然保護団体の大きな反対運動がありながらも建設されたスーパー林道の現在を紹介します。

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▲大量の土石により林道は跡形もなくなっている。復旧には相当の費用と時間がかかりそうだが、4年経った現在も手付かず(2023年10月撮影)

1960年代に始まったスーパー林道建設と反対運動


 スーパー林道は1965年から林業振興を目的に、未開発の森林地帯に森林開発公団によって建設された幅5mほどの林道で、全国23路線、総延長1791kmが建設されました。本来の林業振興以外にも、観光客や登山者の誘致などへの運用がされることから、地元からは強い期待が寄せられました。

 一方で、山岳地域の脆弱で貴重な自然環境に多大な影響を与えることから各地で激しい反対運動が行われました。日本自然保護協会も南アルプスだけでなく、白山や鬼怒川など各地の反対運動に深く関わっていました。自然保護の歴史上、スーパー林道問題は一つの大きなトピックといえます。

南アルプススーパー林道とは


 南アルプススーパー林道は、山梨県芦安村(現・南アルプス市)から広河原、北沢峠を越えて、長野県長谷村(現・伊那市)にかけて建設されたスーパー林道です。既に1962年までに完成していた夜叉神峠から広河原の林道を取りこむ形で山梨長野県両サイドより1967年に着工しました。

 地元では県を跨ぐ林道開通は、南アルプス登山の利便が良くなることから、過疎地域の脱却につながるとして、賛成派が大多数でした。工事は険しい山道をダイナマイトなどを担いで進められ、崩れやすい地質のため、大変な難工事でした。工事により野呂川源流域のシラビソなどの亜高山性針葉樹林が大規模に破壊されました。

 工事直前の1964年に南アルプスが国立公園に指定されたこともあり、世論から強い反対運動が繰り広げられ、1973年に、環境庁長官が県境の北沢峠部分の1.6kmを残しての工事凍結を表明しました。

 全国の自然保護団体は、北沢峠にテントを張って座り込み、建設反対を訴え続けましたが、1978年に道路幅員の縮小、一部路線の変更、土砂崩壊の防止などの留意事項を条件に、一転して建設が再開され、1979年に全線開通しました。
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▲南アルプススーパー林道工事の様子(写真:南アルプス市)
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▲南アルプス林道の位置図。×は2019年の台風による崩壊箇所(国土地理院の地図をもとに日本自然保護協会作成)

脆弱な地質に無理な道路建設


 当時、日本自然保護協会も大々的に反対をしており、前理事長の亀山章も1975年発行の会報『自然保護』159号に、南アルプススーパー林道建設による原生林の破壊、地質が脆弱であるにもかかわらず、ずさんな事前調査および工事、計画の妥当性など、詳細な問題点を指摘しています。特に、地質の脆弱性から、道路の崩壊は恒常的なものとなり、そのための道路の維持は地元への大きな負担になることに警鐘を鳴らしています。

 開通後は、山梨県側は野呂川林道を含めて「山梨県営林道南アルプス線」、長野県側は「伊那市営林道南アルプス線」と改められ、「南アルプススーパー林道」の名称は次第に聞かれなくなりました。開通当初から通年でマイカー規制が行われており、登山者は、山梨県側では南アルプス市芦安、夜叉神峠や早川町奈良田からバスやタクシーで広河原に向かい、北沢峠行きの南アルプス市営バスに乗り換えます。

 利用者は毎年3万人前後で推移していました。この林道の開通は、かつては山小屋に宿泊しなければ登ることができなかった3000m級の甲斐駒ケ岳や仙丈ケ岳への日帰り登山を可能にし、南アルプスの登山を身近にしました。
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▲南アルプス林道がある山間の景観。下に野呂川が流れ、急斜面に林道が造られている。その上部の斜面には昔の崩壊地が見える

台風により林道が崩壊


 2019年10月の台風19号により、南アルプスは大雨に襲われ、林道は、山梨県、長野県側双方で大規模な崩壊や土石流によりズタズタになりました。そのうち長野県側は2020年に復旧しましたが、山梨県側は未だに復旧していません。不通になっている現地がどのような状況かを2023年10月に確認しました。
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▲土砂が林道に流れ込み、林道は完全に崩れ落ちている

 広河原から北沢峠の間は数多くの崩壊がありますが、広河原から約2kmの三好沢手前の斜面が最も大規模な崩壊となっています。この斜面は、幅約200mに渡って大規模に崩壊しており、道路は跡形もなくなっています。崩壊地から斜面下の野呂川を覗くと、白いガードレールやロープがはるか下に垂れ下がっていました。崩壊が起きてから4年以上経過していますが、未だに復旧工事に取り掛かっている様子はありません。

 上を見上げると、上部の尾根直下から大きく崩れた跡があり、崩壊した土砂量が大量である様子が伺えます。崩壊土砂は非常に不安定で、上部から細かな土砂が時折崩れて砂埃が上がっています。未だに崩れが続いている様子で、地表面の変動を計測する機器の設置が確認できました。

 この大規模な崩壊の先の三好沢では、土石流が発生した様子で、三好沢橋の上には3m近くもある巨石が転がっていました。 minami
▲土砂で埋まった三好沢の崩壊箇所の西側の端。奥に見える三好沢橋の上には巨石(矢印)が転がっている

50年後に出た答え


 現地を見た限り、4年以上経った現在も崩壊が進んでおり、崩壊の規模も大きいため、早期の復旧は困難です。広河原~北沢峠間は南アルプス市が林道バスを1日4往復運行していましたが、既に市はバスを手放しています。

 南アルプススーパー林道は地質がもろく、度々通行止めになり、復旧を繰り返してきました。今回、崩壊した場所が、特に地質的にもろいというわけではなく、無理に急斜面に建設した林道は、どこでも同様の崩壊が起こる可能性があります。たとえ、この場所が復旧しても、もぐら叩きのように崩壊が延々と続くことが予想されます。

 南アルプススーパー林道は50年前に自然保護の象徴的な問題として大きな反対運動の元で建設されました。貴重な自然を破壊して作った南アルプススーパー林道の無謀さに関して、50年後にその答えが出たのではないかと思います。

 現在、同じ南アルプスの南部ではリニア中央新幹線の工事が着工していますが、科学技術が進歩しているとはいえ、やはり人間が自然を制御するのには限界があります。今一度、謙虚に自然と向き合う姿勢が重要です。

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若松伸彦(日本自然保護協会 保護・教育部)

※本記事の文、写真等の無断転載を禁じます。

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