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父の死を悼む家族の絆に涙。個体数が減少するゾウの飼育について聞いてみた【会えなくなるかもしれない生き物図鑑】

  • 2022年6月2日
  • Walkerplus

野生を身近に感じられる動物園や水族館。動物たちは、癒やしや新たな発見を与えてくれる。だが、そんな動物の中には貴重で希少な存在も。野生での個体数や国内での飼育数が減少し、彼らの姿を直接見られることが当たり前ではない未来がやってくる、とも言われている。

そんな時代が訪れないことを願って、会えなくなるかもしれない動物たちをクローズアップ。彼らの魅力はもちろん、命をつなぐための取り組みや努力などについて各園館の取材と、NPO birthの久保田潤一さんの監修でお届けする。今回は、愛媛県「愛媛県立とべ動物園」の椎名修さんにお話を聞いた。



■社会性の高いゾウ。子育ては群れから学ぶ
――同園で現在飼育されているのは、3児を出産した肝っ玉母さんのリカ(推定36~37歳) 、15歳の繊細な女の子・媛(ひめ)、8歳のお転婆な末娘・砥愛(とあ)のメス3頭。リカの仔はほかにオスの砥夢(とむ)がいるが、こちらは現在多摩動物公園で暮らしている。

ゾウは大別してアフリカゾウとアジアゾウがおり、アフリカ大陸に生息するアフリカゾウには森林に棲む森林ゾウ(マルミミゾウ)と、サバンナに棲むサバンナゾウがいます。今、当園で飼育しているのはサバンナゾウで、最初のペアのアフくん(オス)とリカさん(メス)は34年前、密猟によって親とはぐれた仔ゾウを保護する施設から、2~3歳の幼さでやってきました。当時、ゾウを愛媛県の子供たちに見てもらいたいと願っていたので、それが叶ってとてもうれしかったです。

ゾウは社会性が高く、群れで暮らします。メスの子供はお母さんやお姉さん、おばさんなど年上のメスの出産や育児を見て、時に助けてもらいながら、子育てを学んでいきます。オスの子供はそうしたメスの発情や繁殖を体で学び、ある程度大きくなると群れから離れて若いオスの群れを作ります。ところが、動物園のゾウは1~2頭で来園しますから、子育てを学習していません。

■人工哺育で育った媛ちゃん。国内では希少な成功例に
うちのリカさんも無事に媛ちゃんを出産しましたが、子育てに関する知識が全くなく、自分の子供として認識できなかった。人間の世界でもネグレクトが問題になったりしますが、動物の世界でも同じようなことがあるわけです。

私たちは何とか媛ちゃんの命を助けようと、人工哺育に踏み切りました。当時、ゾウの人工哺育の例は日本国内では少なく、アフリカゾウは当園が初めて。王子動物園のインドゾウの先例や、海外のデータを参考に取り組みました。

下痢や熱中症などのトラブルもありましたが、媛ちゃんの「生きたい」という強い意志もあり、無事に育ってくれました。国内の人工哺育の例は現在まで媛ちゃんを含めて4例ありますが、3頭は足の骨折で幼くして死亡。成長できたのは媛ちゃんだけです。今こうして大人になった姿を見られていることは、私としてはうれしい限りです。

次に生まれてくる子供は自分の母乳で育ててほしいと考えていたので、人工哺育中はリカさんの隣で媛ちゃんにミルクを与えていました。それを見て育児を学び、母として成長してくれたリカさん。その後砥夢くんが生まれ、今度はちゃんと子育てをしてくれました。

媛ちゃんは人工哺育で育ったこともあり、人間との距離が近く依存度も高いのですが、ゾウらしく育ってもらうためにリカさんの子育てを見せたりしました。でもやっぱり彼女の中では、今でも半分人間で半分ゾウのようなところもあったりします。

■アフくんの死を悼む姿に感じる家族の絆
――こうしてとべ動物園では3頭の仔が生まれたが、2016年4月14日、3頭の父親のアフが突然死亡してしまった。その時のことを椎名さんは振り返る。

アフくんが亡くなった時、リカさんや子供たちはアフくんの死を認識し、悲しんでいる様子が印象的でした。隣の部屋で死んでしまったアフくんを見ながら、彼女たちも夜眠ることができなかったようです。のぞき窓から離れることなく、鼻を伸ばしてアフくんの匂いを嗅いだり、体を触って元気づけようとするような様子も見られました。

夜に眠れていないので砥愛ちゃんは、運動場で昼間に体を横たえて寝てしまうんですね。するとお母さんと媛ちゃんが体を寄せ合って、砥愛ちゃんのために日陰を作ってあげるんですよ。ゾウの群れ、家族の強い絆を感じる出来事でした。

■食べる方も出す方も大変だ!
――アフリカゾウはオスなら最大で5トンから7トンにもなる世界最大の陸上生物。それだけにエサの量も半端ではない。動物園ではどのように対応しているのだろうか。

草のセルロースからはなかなか栄養を取れず、量をいっぱい食べることで必要量を吸収するため、朝から晩まで食べていることになります。1日に食べる量は生草に換算して1頭当たり110~130キロぐらい。安定供給するために干し草が中心で、アメリカなどから牧草を輸入しています。季節によっては近くの農家で栽培している青草や、おやつ程度にリンゴ、イモ、ニンジンなども与えます。愛媛県はミカン栽培が盛んなので、農家さんからミカンをいただくこともあります。

食べる方も大量ですが、出す方も大量。畜産などでは排せつ物の処理をオートメーション化しているところもありますが、うちは人力です。3頭のうんちや食べ残りなど500kg程度を全部手でトラックに積み上げ、それを堆肥場に持って行きます。

当園は開園時から循環型を目指していて、ゾウに限らずサイやカバ、キリンなどのうんちはみんな堆肥場に集め、発酵させて堆肥にしています。これを販売できるよう製品化もしていて、近くの農家さんに畑にまいてもらったり、愛媛県の果樹試験場や農業高校に使ってもらったりしています。ほかに、動物舎の掃除や樹木、草花の散水には雨水などを使った処理水を使用しています。

■人間に接するように、細やかにケアする
――食事の世話や排せつ物の処理はもちろん、飼育員さんの仕事は実に細やか。常に動物の様子に気を配り、細かな変化も見逃さない。

日々の飼育で注意しているのは「人間に接するように細やかに見ていく」こと。動物たちが頼ることができるのは私たちしかいません。その中でご飯はちゃんと食べているか、排せつはどうか、下痢はしていないか、けがはしていないか、爪は伸びていないかなど、生活のすべてを見ています。

彼らは赤ちゃんと一緒でものを言いませんから、それを汲み取りながら私たちがすべてをまかなう必要があります。だから、爪も伸びすぎれば私たちが削る。人間に慣れていない動物たちなら麻酔をかけて対応しますが、動物園ではゾウをトレーニングして馴致します(ハズバンダリートレーニング)。たとえば、足を台の上に乗せるように訓練して爪を切ったり、採血の訓練もします。これによって、血液成分の異常の有無や、血中のホルモンから排卵や妊娠などがわかります。

ハズバンダリートレーニングは普段の行動から教えていきますが、いい行動をしたらちょっとエサをあげる。すると、こういう行動をするとご飯をもらえる、ほめられる、と覚えるので、自主的にその行動ができるよう慣らしていきます。それによって、ゾウが壁沿いに体を寄せてくれたり、檻の隙間から耳を出してくれたり、足を出してくれたりするので、爪を切ったり、採血したり、触診したりできるわけです。

■ピーク時から飼育数は半分以下。動物園のアフリカゾウの将来は?
――日本国内のアフリカゾウの飼育数は現在、30頭弱。ピーク時には60頭程度がいたので、半減以下の数字だ。

国内のアフリカゾウは動物園140年の歴史の中で繁殖に成功した例が12例。そのうち3例が当園です。たとえば、キリンは多摩動物公園で140年の間に130~140頭生まれているので、この差は大きい。

難しいのはオスのゾウを飼うということです。オスは体が7トンぐらいになるので、動物園で扱うのはなかなか難しく、昔の動物園はメスだけを飼育してきた歴史があります。すると、オスとメスの性比のバランスが悪くなり、なかなか繁殖に結びつかなかったことが減少の一因だと考えられます。

オスが成獣になった時に施設が追い付かないこともあり、安易に飼おうとして飼いきれるものではありません。しかし、最近の動物園でゾウを飼育しようとしているところは、オスを安全に飼育できる設備を設けています。アフリカゾウを飼育している全国の動物園は今後も協力して繁殖に取り組むなど、日本のゾウのことを考えていく必要があります。

また、ゾウは体が大きいので輸送も難しい。今、国内で彼らを輸送できる箱がなかったり、道路の規定があったり、クリアしなければいけない点がたくさんあります。それに加え、群れで飼わないと繁殖しないと言われていますが、飼育の技術や現場の人間がその理由に逃げているところも、数が増えない原因では?とも感じています。

■いまだ後を絶たない密猟。野生の環境も厳しい
――一方、野生のアフリカゾウはカウントが開始された1970年ごろは100万頭くらい生息していたと言われるが、現在は40~50万頭と、やはり半数以下に減少している。

まず象牙を狙った密猟や環境の変化が、その要因として挙げられます。それに加え、アフリカでは保護区を多数設けていますが、保護区はパッチワーク状になっているため、ゾウがそこから出てしまうと人間の集落に入ってトウモロコシを食べたり、畑を荒らすこともあったりして、人間との軋轢も出てきます。

保護区では保護されているため、今度は飽和状態になってしまう。現地では、バランスを考えながら別の保護区に移動させるなどのプロジェクトもあります。

アジアゾウはもっと少なく、野生の生息数が推定3.9~4.3万頭。観光や農耕用で家畜化されている個体が1万頭といわれているので、人間との関係性を改善しないと、今後も厳しいと感じます。

■動物園は自然への扉。貴重な一次資料をじっくり観察して
――ゾウの魅力は巨大な体と大きな耳、長い鼻。実はゾウの鼻にも右利きと左利きがあるのだという。

ゾウが鼻で物をつかむときに、右側から巻いていくか、左側から巻いていくか、個体差があります。ご飯の時に木の枝をはさむ牙にも、右利きと左利きがあるんです。そのような違いも足を止めて見ていただければ、面白いと思います。親子で動物園を訪れると、両親は動物よりも子供を見ていて、子供たちはパッと見てすぐに次の動物に移動してしまう。しかし子供たちに観察を促して5分でも10分でも足を止めて見ていただくと、動物のことがもっと理解できると思います。

動物園は博物館の類似施設ですが、博物館の一次資料ははく製や骨格標本。対して動物園の一次資料は、生きている動物です。できれば動物園に来て、目の前で生きている動物たちを見てもらいたいというのが私たちの願いです。

動物園は宇宙船地球号の中の数限られた命を預かる箱舟の一つ。みなさんと共有する財産である動物たちを預かっています。彼らと今後も一緒に生活するためにも、動物園は必要な施設です。動物園は自然への扉。それを知っていただくため、動物たちが生活できる環境の保全と環境教育に主眼を置き、私たちは努力を続けています。

雑誌や写真、テレビでは感じえない動物たちが、あなたの近くの動物園にもいます。実際に彼らを見て、においや声、息吹を五感で感じて、動物をもっと愛してもらえればうれしいです。

取材・文=鳴川和代

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