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ボルティモアの橋の崩落が浮き彫りにする「米国のアキレス腱」

  • 2024年3月28日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

ボルティモアの橋の崩落が浮き彫りにする「米国のアキレス腱」

 ボルティモアのフランシス・スコット・キー橋が崩落した事故は、老朽化した橋を維持する資金と動機が不足しているという米国のインフラの難題を浮き彫りにしたと専門家は考えている。

 ボルティモアの橋は「古くて信頼性の高いインフラであり、ほぼすべての状況下で、あと20〜30年は持ちこたえるはずでした」と米ノースウェスタン大学マコーミック工学院のジョセフ・L・ショーファー社会環境工学名誉教授は話す。「ただし、主要な橋脚を引き抜いたら、橋を救う方法はありません」

 ショーファー氏によれば、ボルティモアの崩落に過失が関与していると考える根拠はないものの、過失がインフラ事故の引き金になることもあるという。その1例として、2022年1月にピッツバーグで起きたファーン・ホロー橋の崩落事故をショーファー氏は挙げた。腐食した鋼鉄製の橋脚を修理すべきだという報告と勧告が無視された結果、長さ約135メートルの橋が崩落し、バス1台と車4台が下の公園に転落したと、米国家運輸安全委員会は結論づけている。

 列車の脱線、高速道路や橋の崩落、ダムの決壊が全米で起きており、専門家は不穏な傾向だと考えている。では、インフラ災害が最も差し迫っているのはどこで、私たちに何ができるのだろうか。

橋の10分の1が損傷、多くが時間切れの状態

 毎日3万台以上の車が利用するフランシス・スコット・キー橋は連邦資金で再建される。

「ここからどうするかという意味では、橋が崩落したら、おそらく再建したいと思うでしょう。では、どのような選択肢があるのでしょう?」とショーファー氏は問い掛ける。

「今後、このような事故の可能性を極めて小さくするか、完全に排除できる興味深い設計がいくつかあります。そして、おそらくそうした新しい設計になると思います」

 しかし全米には、あまり注目されていない重要な構造物がいくつもある。

「あちこちに教訓があります」と語るのは、米国土木学会(ASCE)の会長と米国家インフラ諮問委員会の副委員長を務めるマリア・リーマン氏だ。「全米のすべての郡に、資金があれば明日にでも架けかえたい橋があります」

次ページ:どうなる? 米国のインフラの未来

 全米には61万7000の橋があり、大河に架かる橋だけでなく、高速道路の高架橋や小川に架かる橋もある。そして、実にその10分の1近くが大きく損傷している。

「大惨事という観点で見れば、私たちはすでにその場所にいます」とWAPサステナビリティ・コンサルティング社のインフラ・サステナビリティ担当ディレクターであるアムラン・ムケルジー氏は話す。

 2007年、米国ミネソタ州で「I-35W橋」が崩落し、死者13人と負傷者145人を出した。2021年には、ミシシッピ川に架かる6車線の橋が3カ月にわたって閉鎖され、州間の移動と輸送に支障を来した。重大な亀裂を見逃していたことが原因だった。

 ASCEの2021年の報告によれば、米国民は毎日、構造的欠陥がある橋を1億7800万回も利用している。

 しかし米国では、GDPの1.5〜2.5%しかインフラに投じられておらず、その割合はEUの半分以下だとリーマン氏は指摘する。この長期的な資金不足によって、多くの解決策が時間切れになっている。米国の橋の多くは30〜50年持つように建設されたが、半数近くはすでに、建設から半世紀が経過している。堤防も平均50年、ダムも57年が経過している。

どうなる? 米国のインフラの未来

 新技術の導入は遅々としているものの、米国が抱えるインフラ問題の一部を解決できるとムケルジー氏は楽観視している。ドローンを活用すれば、人が到達できない場所を細部まで見ることができ、人的ミスの可能性を減らすことができる。ミシシッピ川の橋で亀裂が発見される2年前、無関係のドローンが撮影した動画にこの亀裂が映っていた。

 米メリーランド大学カレッジパーク校の社会環境工学教授ビラル・アイユーブ氏は北米の貨物鉄道会社と連携し、コンピューターモデリングで線路の脆弱(ぜいじゃく)性を探している。何千もの駅を詳細に調べ、「損傷が発生した場合、最も大きな影響が予想される地点を正確に特定」できるとアイユーブ氏は説明する。

 専門家によれば、朗報が1つある。2021年、米連邦議会で超党派インフラ法が可決され、米国の社会を支えるシステムの不調に5年間で1兆2000億ドル(約180兆円)が投じられることになったのだ。これは米国史上最大の連邦政府の投資だ。

「過去8人の大統領は皆、インフラに1兆ドル単位の大金を投じるべきだと言いましたが、一度も実現しませんでした」とリーマン氏は話す。

 しかし、定期的に資金を投入しなければ、出血を止めるくらいのことしかできないだろう。国民の生活の大部分を可能にしているシステムがまだ使えるうちに、政府が整備を始めるときが来たとリーマン氏は考えている。

「雨漏りがあれば、屋根に登って穴を見つけ、屋根板を交換し、タールを塗ります」とリーマン氏は話す。「何もせずに放置すれば、少しの修理では済みません。屋根を丸ごと取り換えることになるんです」

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