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協力醸造の日本酒も出荷 被災から約4か月。歩みを続ける能登の老舗酒蔵〈松波酒造〉

  • 2024年5月11日
  • コロカル
蔵から救い出した日本酒や酒米が被災した酒蔵の進む力に

2024年1月1日16時10分に発生した能登半島地震。被害が大きかった奥能登の輪島市、珠洲市、能登町には11の酒蔵があります。そのひとつ、能登町の〈松波酒造〉は地震発生直後に家屋や蔵が倒壊。地元での酒づくり再開の目処が立たないなか、無事だったお酒や取り出せた酒米で仕込んだ日本酒を少しずつ販売しています。

冬は日本酒づくりが忙しい季節。松波酒造の若女将、金七(きんしち)聖子さんは今年も元日だけがゆっくりできる予定でした。大きな揺れに襲われたのは、初詣を午前中に済ませ、3階の自室でのんびり過ごしていた午後のこと。

能登は2020年12月以降群発地震が発生していて、最初は「またか」と思ったといいます。しかし十数秒後、これはいつもとは違うと察して日頃から何かのときの命綱だと感じていたスマートフォンとパソコン、電源ケーブルだけを抱えて階下へ。

100年以上経っている建物に増改築を繰り返してきた店舗兼住まいは、そのときすでにあちこちに被害が出ていました。

松波酒造の被害の様子。

松波酒造の被害の様子。

ケガをして動けなくなっていた妹さんや98歳の祖母を含めて自宅にいた家族7人は外へ。金七さんと社長である父・政彦さんは、それでも蔵の様子を見に行きました。黒い瓦ぶきの蔵は「巨人が倒れていたようだった」と金七さんはその様子を振り返ります。

蔵には代表銘柄〈大江山 おおえやま〉のもろみや搾った新酒と瓶詰めされた半製品、およそ3トンの酒米、そして長期熟成酒〈双心〉が保存されていました。なかでも金七さんが気掛かりだったのは〈双心〉です。2005年、2006年、2015年に仕込んで熟成された日本酒〈双心〉をラグジュアリーな酒として販売するプロジェクトが進行中で春先には瓶詰めをする予定だったからです。

ラグジュアリーな日本酒〈双心〉。

ラグジュアリーな日本酒〈双心〉。

「絶対生きている酒はあるはず。酒は出す」という強い気持ちとともに家族と一緒に避難所指定の松波中学校に辿り着きました。

数日後、金七さんは財布も身分証明書となる運転免許もない状況で金沢のホテルへ二次避難。明治元年から続いてきた酒蔵はどうなるのか事業に欠かせない実印や重要書類などを取り出せないものかと方々に相談するうちに災害レスキューと呼ばれるNGOのひとつ、〈災害NGO結〉が協力してくれることになりました。

蔵から救い出した酒米はやさしい味わいの〈大江山 GO 純米大吟醸〉に

1月中旬、現場にいるNGOの人から送られてくる映像を頼りに金沢にいながら敷地の様子を確認。すると、ご当地酒米〈百万石乃白(ひゃくまんごくのしろ)〉を含む酒米約100袋が取り出せる状況にあることがわかりました。

運搬に必要なトラックや重機、保管場所、人手などを伝手を頼って確保して、酒米を運び出したのは1月末のこと。

運び出した酒米は能登町から約150キロ離れた小松市の酒蔵〈加越〉に運び込まれました。以前から付き合いのあった加越の社長と杜氏が快く引き受けてくれたからです。2月中旬からは加越の蔵で、救い出した酒米を使って協力醸造酒として酒を醸すことになりました。一部の作業には金七さんも参加しました。

加越の山田英貴社長と金七聖子さん。

加越の奥田杜氏と金七聖子さん。

そして4月上旬に出来上がったお酒の名前は〈大江山 GO 純米大吟醸〉。“GO”には、新しい一歩、たくさんの人の力が合わさった“合”、“酒豪の豪”、強さの“強”、“郷里”などさまざまな意味が込められています。

〈大江山 GO 純米大吟醸〉は「最初はフルーティーで、やさしい風が吹いてくるような甘さがあります。飲み進めると、すっと辛口が消えてキレがいいです」と金七さん。

杜氏の奥田和昌さんにはレシピと味のイメージを伝えていたそうですが、予想以上の味わいに仕上がったと金七さんは嬉しそう。

「加越さんは、杜氏さんも蔵人さんもやさしくて、できるお酒の味わいもやっぱりやさしいんです」と満面の笑みで付け加えました。

〈大江山 GO 純米大吟醸〉は松波酒造のECショップほか、石川県内の酒販店や、東京駅近くの石川県の新しいアンテナショップ〈八重洲いしかわテラス〉でも販売されています。

〈大江山 GO 純米大吟醸〉。

〈大江山 GO 純米大吟醸〉。

日本酒を愛する人たちによる複数のプロジェクトが進行中

松波酒造の蔵からは、瓶詰めされていた4000本近いお酒も多く救出され、インフルエンサーが募集したボランティアの力もあってきれいにしてレスキュー酒として販売されました。

そして震災当日から金七さんがいちばん気にしていた長期熟成酒〈双心〉はどうなったかというと、一部タンクが傾いていたものの3月には移送完了することができました。

約5000リットルのタンクが3本、約1800リットルのタンクが1本、合計4本のタンクに入っていたお酒の大部分を救出。プロジェクトを共同で進めている関係者と協議の上、体制を整えて瓶詰めなどを行なっていくことになっています。

松波酒造は群馬県の〈土田酒造〉、愛知県の〈伊東株式会社〉とも協力して酒づくりを行っています。これは能登で被災した5つの酒蔵を支えようと全国各地の酒蔵が協力を申し出たmakuake〈能登の酒を止めるな〉プロジェクトの一環です。

 救い出した酒米でお酒づくりをする様子

群馬の土田酒造にて、救い出した酒米でお酒づくりを。

 星野杜氏と金七さん

土田酒造の星野杜氏と金七さん。

発送作業もスムーズとはいかない状況が続くなか、金七さんは、金沢を拠点に小松や能登町を何度も行き来。ボランティアや酒販店の助けもあって、注文を受けた日本酒を手作業で発送しています。

「義援金に頼って暮らすのでなく、お酒を販売してお金がいただけることは、本当に嬉しいこと。 自分の仕事ができるということが、ありがたいと思います」という金七さん。

「少しずつですけど、能登は進んでいます。ぜひ見に来てください」という金七さんの明るい声には力強さもありました。

information

松波酒造

住所:石川県鳳珠郡能登町松波30-114

Web:松波酒造

ECショップ

writer profile

Saori Nozaki

野崎さおり

のざき・さおり●富山県生まれ、転勤族育ち。非正規雇用の会社員などを経てライターになり、人見知りを克服。とにかくよく食べる。趣味の現代アート鑑賞のため各地を旅するうちに、郷土料理好きに。

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