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その数なんと1200種以上。日本に存在するユニークな古来種野菜って?

  • 2024年4月15日
  • コロカル
種をつないできた、果てしない時間軸と多様性

種を蒔き、芽が出て花が咲き、種を採り、そしてまたその種を再び蒔く。長い歳月をかけて、何世代も受け継ぎ、地域の豊かな風土や自然のなかで生まれた「古来種野菜」を届ける八百屋〈warmerwarmer〉を営む、高橋一也さん。

その始まりは、2011年3月の東日本大震災から数日がたった頃。福島県浪江町で先祖代々農家を営んでいる、種採り農家からの1本の電話だった。

「受け継いだ種を子どもたちに引き継ごうとしていたのに、福島第一原発の事故で、畑も種もなくなってしまった」と。

その土地に、家族に寄り添うように、受け継がれてきた種。

そこで種を補償してもらえないかと相談をしたら、電力会社に「たかが種でしょ」と言われてしまったと聞いて、世の中にとって種の重要性はまったく理解されていない。このままではマズイと身震いしたという。

その土地に、家族に寄り添うように、受け継がれてきた種。また震災や災害によって、種が途絶えてしまったら……。

高橋さんはこの現状と向き合い、その年に会社を辞め、日本に昔からあるこの野菜の多様性を、そして種の大切さを、語り継ぐ八百屋として、次代へつなげていくと決めた。

〈warmerwarmer〉高橋一也さん(写真右)、船久保琴恵さん。

〈warmerwarmer〉高橋一也さん(写真右)、船久保琴恵さん。

現在スーパーマーケットなどに流通している野菜の99%はF1種。一代限りだが、大きさや味が均一、日持ちもするなど、大量生産に適しているため、現在の市場で大半を占める。

それに対して、品種改良されず、代々受け継がれてきた種から育つ「古来種野菜」。成長した野菜の種を採り、その種を蒔いて育て、また種を採る。こうして何十年、何百年もくり返されながら、その土地の風土に合った野菜へと定着していく。

品種改良されず、代々受け継がれてきた種から育つ「古来種野菜」。

その数は1200種を超えるといわれるほど、多種多様だ。しかし、極めて収穫量が少なく、流通するには効率的でないという理由で、現在は市場に1%しか存在しておらず、認識されていない。

「それでも、こうして代々種が受け継がれてきたのは、自然の摂理に寄り添った農法でつくられ、風土に馴染む種の生命力と、先人たちの思いがあったからこそ。

一般的には固定種、在来種、伝統野菜などと呼ばれ、生産者などのつくる側、国や自治体などの守る側によっても、その定義はさまざまです」

一般的には固定種、在来種、伝統野菜などと呼ばれ、その定義はさまざま

warmerwarmerでは、それらすべての種、そしてその思いを総称したものを「古来種野菜」と呼んでいる。

「現在は流通が発達し、種の交換会も開催されていることから、この定義を一言では言い表せないのも現状です。そこで、私たちは“古来からずっと続いている”ということに定義をしぼり、『古来種』という造語で呼びはじめました」

1200種を超える、多種多様な個性と美しさに魅せられて

古来種野菜の不揃いな形、異なる色のグラデーション、ひとつとして同じものがない、その個性や美しさに魅了され、そんな野菜たちの姿を、高橋さんは記録に残すようになった。

2019年10月に〈メリーゴーランドKYOTO京都〉で開催された写真展。

2016年6月に台湾台北〈品墨良行〉で開催された写真展。

まずは、古来種野菜を目で見て、知ってもらえるように、その活動に「Piece Seed Project」と名づけ、友人である写真家のS・ジェニーさんに、季節ごとの野菜を撮影してもらい、何度も情報を更新しながら、これまで台湾、京都、愛知で写真展を開催した。

長崎で室町時代から栽培される「木引かぶ」。葉も丸ごと酢漬けや塩漬けにもおすすめ。現在生産しているのは、西康二さんと聡さんの親子だけ。

長崎で室町時代から栽培される「木引かぶ」。葉も丸ごと酢漬けや塩漬けにもおすすめ。現在生産しているのは、1組のご家族だけ。

明治時代から栽培される愛知の伝統野菜「縮緬南瓜(ちりめんかぼちゃ)」。ゴツゴツしたほろ苦い皮に火を入れると、だしが染み込み、ほろ苦い味わいに。

明治時代から栽培される愛知の伝統野菜「縮緬南瓜(ちりめんかぼちゃ)」。ゴツゴツしたほろ苦い皮に火を入れると、だしが染み込み、ほろ苦い味わいに。

福岡の「かつお菜」。博多では正月のお雑煮にも欠かせない縁起物。炒めものや浅漬けにしてもおいしい。

福岡の「かつお菜」。博多では正月のお雑煮にも欠かせない縁起物。炒めものや浅漬けにしてもおいしい。

「いまスーパーマーケットにはよく青首大根が並んでいますが、昔は、ほとんどの野菜が、この古来種だったんです。葉や茎の美しいグラデーション、さまざまな味わい。日本には、とにかく多種多様な大根が存在します」

「大根の研究をしている佐々木壽先生から聞いて驚いたのですが、大根だけで150種以上ある国は、世界をみても日本だけ。シードバンク(植物の種子を収集、貯蔵する施設)には、実に1275種の大根の種が保存されているんです」

千葉県の五木赤大根。同じ種類だとしても、それぞれの個性があり、形や大きさ、色味もばらつきがある。

熊本県在来の五木赤大根。(生産地は千葉県)。同じ種類だとしても、それぞれの個性があり、形や大きさ、色味もばらつきがある。

各地に存在する多種多様な大根は時間をかけて、その土地の風土や環境に合わせて土着していく。

各地に存在する多種多様な大根は時間をかけて、その土地の風土や環境に合わせて土着していく。

「例えば、東北の大根は、極端に水分量が少ない。寒さのなかで育つため、水分量が多いと凍ってしまう可能性があると、野菜みずから知っているから。それに比べて、ほかの地域の大根は水分量も多く、冬でも比較的大きく育ちます」

200年以上の歴史を持つ、鹿児島の「桜島大根」。世界一大きな大根として知られ、1本あたりの重量は10〜20キロ。

200年以上の歴史を持つ、鹿児島の「桜島大根」。世界一大きな大根として知られ、1本あたりの重量は10〜20キロあるものも。

「人は、毎年種を採り、蒔いて育てることを、何世代も繰り返し、個性を生かしておいしく食べる。その地域の土壌や気候に適応した大根が育てられて、そこでいろんな郷土料理や、食文化が生まれているので、ひとつひとつが奥深くて、おもしろいです」

市場に1%しか流通しない、古来種野菜を身近に。

〈warmerwarmer〉を立ち上げたばかりのころ、レストランの軒先で古来種野菜を販売しても、そのまま通り過ぎていってしまう人ばかりだった。

「古来種野菜は個体差が大きく、色や形も揃わず、大量生産ができないので、個数を指定した受注は受けられない、流通にのりにくい野菜です。それでも、その現状を理解してくださり、僕たちの取り組みに賛同してくれた、〈伊勢丹新宿本店〉との取引は、2013年9月から現在も続いています」

取引が始まった当初は、オクラやごぼうなどの、乾燥したサヤを立てかけたり、高橋さんも店頭に立ち、とにかく手にとってもらえるように、工夫した。

取引が始まった当初は、オクラやごぼうなどの、乾燥したサヤを立てかけたり、高橋さんも店頭に立ち、とにかく手にとってもらえるように、工夫した。

「野菜の説明を続けていると、いつもみている野菜とはどこかなんとなく違うことを感じられて、じっくりと観察してくださったり、一度素通りした親子が、また戻ってきてくれたり。百貨店という売り場での、こういったお客さまの小さな反応は、今でも胸に焼き付いています。伊勢丹店での販売がスタートしてから6年ほど、週に1,2度は必ず店頭に立ち、説明をし続けて、なかなか手に取ってもらえない時期もあったが、ありがたいことに今では顧客と呼べるお客様もいらっしゃいます」

2014年3月にワタリウム美術館で、半年に渡って開催された「ルドルフ・シュタイナー展」。併せて企画されたシュタイナーに関連する、マルクト(マーケット)の一環で、美術館のエントランスで販売を行った。

2014年3月にワタリウム美術館で、半年に渡って開催された「ルドルフ・シュタイナー展」。併せて企画されたシュタイナーに関連する、マルクト(マーケット)の一環で、美術館のエントランスで販売を行った。

「この場所に訪れるお客さまは、美術やアートが好きな人ばかりなので、これまで出会ったお客さまと、その反応が違って。ひとつひとつの姿、色や形、古来種野菜の持つ多様性に興味を持ってくれて、それぞれ選ぶ視点が違う」と、場所を大きく変えたところで、直接触れてもらうことは、改めて気づくこともたくさんあった。

2013年の立ち上げの頃に、自費で出版した『マガジン八百屋』。3年かけて4冊発行した。

2013年の立ち上げの頃に、自費で出版した『マガジン八百屋』。3年かけて4冊発行した。

「たった1粒の種が、その地域の気候や風土にあった野菜になる。昔の人たちは、また来年も食べられるように村全体で、ひとつの種や野菜を守り、収穫を祈り、感謝するのが当たり前の時代。

もちろんF1種の技術もすごいと思うし、戦後の食糧難を乗り越え、僕らを日々支えていることは事実であり、必要な種でもある。

ただやっぱり人々がどんな暮らしをして、知恵を持って生きてきたのか。その永続性という観点で、古来種野菜を見直し、少しでも知ってもらう。そんなきっかけをつくっていきたいです」

〈warmerwarmer〉では、年間200種以上の古来種野菜を、飲食店や百貨店に卸すほかに、一般のお客さま向けにオンライン販売をしている。

毎週金曜に、全国から届く野菜を仕分けして、10〜12種類の野菜が入った「古来種野菜セット」と一緒に、調理方法などを説明したリーフレットを入れて、東京から発送する。

毎週金曜に、全国から届く野菜を仕分けして、10〜12種類の野菜が入った「古来種野菜セット」と一緒に、調理方法などを説明したリーフレットを入れて、東京から発送する。

「まず古来種野菜は意外と身近にあるんだと伝えたい。種を受け継ぐ農家さんの日常や、いろんな思いや背景を知って、それをおいしく食べてもらえたら、うれしいですね」

なかでも、長崎県雲仙の種採り農家、岩崎政利さんとの出会いは、高橋さんが古来種野菜に興味を持つ、大きな転機となった。

当時、高橋さんがオーガニック食品を扱う会社で、バイヤーとして全国の畑を駆け回っていた頃、「岩崎さんのつくる野菜を、たくさんの人に紹介したい」そんな話をしたら一度は断られてしまった。だけど、どうしても諦めきれず、幾度となく岩崎さんの畑を訪ねた。

宮崎県椎葉村で800年前から育てられてた「平家大根」。椎葉村のクニ子おばあちゃんから、岩崎さんがその種を受け継ぎ、今なお守っている。

宮崎県椎葉村で800年前から種が続いてきた「平家大根」。椎葉村のクニ子おばあちゃんから、岩崎さんがその種を受け継ぎ、今なお守っている。

「僕たちは販売のプロだから、一切注文をしません、もし出荷できるときがきたら、野菜を送ってくださいと、まずは、その条件だけを岩崎さんに伝えました。

大手の流通は、売り場が軸となっていて、スーパーの棚に空きがでないようにするんだけど、売り場が軸ですべてが動くんだけど、僕たちが届ける野菜は“畑が現場”。

量産できるものでないからこそ、目の前にある野菜たちに対して、今日はどう食べようか、料理しようかって、まずは考えるべきだと。お客さまにはそこから理解いただいて、古来種の野菜を全国に届けています」

野菜を手にした人は、種を守っているひとり、という意識の底上げのためにつくった「LOVE SEED」マーク。立ち上げた頃から、販売する古来種野菜に、ステッカーを貼り続けている。

野菜を手にした人は、種を守っているひとり、という意識の底上げのためにつくった「LOVE SEED」マーク。立ち上げた頃から、販売する古来種野菜に、ステッカーを貼り続けている。

「古来種野菜を食べてくださっているお客さまから『子どもたちに、この古来種が魅力的に思える世界をつくりたいですね』という言葉をかけていただいたことは、とても印象に残っています」昨今の原体験がなかなか難しくなっている子供たちにとって、この野菜たちはどう見えるのだろうか。いつの日か、今よりもっと身近で、魅力的に思える世界に。今でも高橋さんが大切にしているメッセージだ。

地域の風土や自然がつないだ種。受け継がれる思いを届けて

お客さんにそのおいしさを直接届けたいと、いう思いから2023年から月に2回、吉祥寺のイベントスペース〈キチム〉で、古来種野菜を味わうための食堂「スタンドバー」を主催している。

毎月高橋さんの元に届く古来種野菜を使って、自ら厨房に立ち、その季節の料理を振る舞う。

毎月高橋さんの元に届く古来種野菜を使って、自ら厨房に立ち、その季節の料理を振る舞う。

長崎県雲仙の岩崎さんから届いた「黒田五寸人参」。

長崎県雲仙の岩崎さんから届いた「黒田五寸人参」。

「昔から受け継がれてきた一粒の種に、すべての記憶や思いが込められて育ったものを、僕たちが食べる。そこには、果てしない時間軸があって。そういう野菜たちが持つ、いろんな背景を知ってもらう、そんな機会を少しずつ増やしていけたら」

今年3月に開催した「スタンドバー」のメニュー表、販売する古来種野菜に貼る「LOVE SEED」のステッカー。

今年3月に開催した「スタンドバー」のメニュー表、販売する古来種野菜に貼る「LOVE SEED」のステッカー。

写真左から「五木赤大根と自家製梅干しの和え物」(長崎)、「沼山大根のハリハリ漬け」(秋田)、「かき菜の胡麻和え」(長崎)、「千筋晩成水菜のおひたし」(福岡)。

写真左から「五木赤大根と自家製梅干しの和え物」(長崎)、「沼山大根のハリハリ漬け」(秋田)、「かき菜の胡麻添え」(長崎)、「千筋晩成水菜のおひたし」(福岡)。

写真右上から時計回りに「玄米餅」(岐阜)、「のらぼう菜の炒め物」(滋賀)、「青首大根、黒田五寸人参の煮物」(長崎)、「じゃがいもの焼き物」(長崎)、「高嶺芋とたまこひよこ醤油」(長野)。

写真右上から時計回りに「玄米餅」(岐阜)、「のらぼう菜の炒め物」(滋賀)、「青首大根、黒田五寸人参の煮物」(長崎)、「じゃがいもの焼き物」(長崎)、「高嶺芋とたまこひよこ醤油」(長野)、「よもぎ餅」(岐阜)。

野菜を見て、触って。手に持っているのは、福岡の「晩成千筋京水菜」。

野菜を見て、触って。手に持っているのは、福岡の「千筋晩成水菜」。

「僕は料理家ではないので、凝った料理はできないのですが、日本在来の野菜だから、和食にすっと馴染んでくれるものが多い。ただ焼いて、蒸して、茹でて。調味料は塩、醤油と出汁だけでもおいしいし、実際に触れて、味わってみると、意外と身近に感じられると思います」

ただ古来種野菜の栽培は、手間や時間がかかるうえ、収穫量も少なく、毎日食べてほしいとは言えないのが現状だ。

北海道の常呂町で生産されている「ピンクにんにく」。一粒が大きく、ピンク色の皮が特徴。熱を入れると一気に甘くなり、風味豊かで食べやすい。

北海道の常呂町で生産されている「ピンクにんにく」。一粒が大きく、ピンク色の皮が特徴。熱を入れると一気に甘くなり、風味豊かで食べやすい。

このピンクにんにくをつくっているのは本記事の冒頭で取り上げた、東日本大震災の影響による原発事故で、種と畑をなくしてしまった、生産者が栽培したもの。「新しい場所でまた畑をはじめたよ、よろしく」と、あれから6年がたった頃に、北海道から高橋さんの元に届いた。

写真左から「杉箸赤かんぱの糠漬け」(福井)、「横川つばめ大根の煮物」(長崎)

写真左から「杉箸赤かんぱの糠漬け」(福井)、「横川つばめ大根の煮物」(長崎)。

warmerwarmerは、古来種野菜をつくる、生産者が受け継いできた、それぞれの思いをのせて、東京からまた全国へ。「ひとつのプレートに、ほんの少しでもいいから、F1種と少しの古来種野菜が入った食卓が増えてほしい」どちらかひとつではなく、その両方を重ねたところに未来を描く。

information

warmerwarmer(ウォーマーウォーマー) 高橋一也

2011年3月の東日本大震災をきっかけに、〈warmerwarmer〉を立ち上げ、古来種野菜(固定種・在来種)の保存、普及、販売活動を行う。著書は『古来種野菜を食べてください。』(2016年、晶文社)、『八百屋とかんがえるオーガニック』(2019年、アノニマ・スタジオ)。

Web:warmerwarmer

Instagram:@warmerwarmer_2011

writer profile

コロカル編集部

credit

photo:janny suzuki,Terumi Takahashi,Hiromi Kurokawa

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