福岡県北九州市で建築設計事務所を営み、転貸事業や飲食店運営を行う田村晟一朗(たむら せいいちろう)さんによる連載です。
今回はついに最終回。福岡県古賀市にて2023年7月にオープンした食の交流拠点〈るるるる〉をテーマにお届けします。〈るるるる〉は古賀市が主導する〈古賀駅西口エリアの活性化プロジェクト〉の一環で誕生しました。プロジェクトの概要からオープンまでのプロセスを振り返っていきます。
古賀駅西口エリアの活性化プロジェクトいま、古賀がアツいんです。古賀市は僕が拠点とする北九州市から車で約45分、玄界灘に面する、海と山に挟まれた自然も産業も豊かなまちです。
そんな古賀市で進行中の古賀駅西口エリアの活性化プロジェクトは、市の主導で2020年に立ち上がりました。JR古賀駅西口エリアは、かつてはまちの中心地として商業が栄えていましたが、近年は国道沿いのショッピングモールや福岡市都心部への消費の流出、高齢化などによって、中心市街地の空洞化が進んでいます。
そこで本質的なエリアの活性化を目指し、市民、地元関係者、民間団体のほか中心市街地活性化等の専門家が市と連携して、将来のビジョンを作成し、エリア価値の向上に向けてプロジェクトが動き出しました。
そして、プロジェクトのエンジンとして、木藤亮太さん(以後、キトさん)を代表にまちづくり会社〈株式会社4WD〉が設立されました。メンバーはキトさんのほか、地元の魅力を発信するメディア〈古賀マガジン〉編集長の松見達也さんと、地元をはじめ近隣エリアの飲食業界をつなぐ〈ノミヤマ酒販〉の許山浩平さん、キトさんの会社のディレクターでもある橋口敏一くんという4名です。
株式会社4WDのみなさん(左からキトさん、許山さん、橋口くん、松見さん)。
僕がこのプロジェクトに関わったのは、2014年に〈日南市油津商店街〉の活性化事業でキトさんとご一緒したことがきっかけでした。それ以降もキトさんと一緒に多数のまちづくりプロジェクトに取り組み、今回の古賀市でもお声がけをいただいたというわけです。
古賀駅西口エリアの活性化プロジェクト 第1号〈Koga ballroom〉4WDという名前のとおり、4輪駆動でじっくりと確実に進むこのまちづくり会社。古賀駅西口エリアの活性化プロジェクトの第1号として元ダンススタジオをリノベし、多目的シェアスタジオ〈Koga ballroom〉をつくることになり、僕は設計監修として関わらせていただきました。
その過程で橋口くんが中心となり塗装ワークショップなどを開催してまちの関係人口を増やしていたのですが、そのワークショップに作業着を着た元気な男性が参加されてるなぁと思って挨拶したら、なんと古賀市の田辺市長でした(笑)。市長は僕がお気に入りのノミヤマ酒販さんの角打ちスペースにもふらっと立ち寄られ、同じ目線でまちについて話せたりもします。
古賀がアツいというのは、市長自ら市民と一緒になって場をつくっていくところだったり、まちの魅力的なお店で公人とフラットに会話ができたり、そして、まちにおもしろい店やコンテンツがあって、それらを地域のみなさんが楽しんでいるところです。完成したKoga ballroomでも、たくさんのイベントや文化的コミュニティが生まれています。
Koga ballroomの塗装ワークショップの様子。手前のカリアゲが田村。
塗装ワークショップには古賀市の田辺市長(左)も参加されました。
ノミヤマ酒販さんの角打ち。まちのコミュニティ(飲みュニティ)になっています。ナチュラルワインのセラールームもあり、田村はここの大ファン。
Koga ballroomではさまざまなイベントが開催されている。
Koga ballroomで開催されたイベントの様子。
Koga ballromで開催されているヨガ教室。
Koga ballroomに続いて、古賀駅前の空き店舗を活用した4WDの活動拠点〈まちの企画室〉が誕生しました。1階には西口エリアのプロジェクトの進捗をお知らせするパネルが展示され、誰でも気軽に入れる場所となっています。
これらの古賀駅西口エリアのプロジェクトを中心的に企画し、調整しながら動いているのが橋口くんです。2021年12月に福岡市から移住し、まちの企画室の2階で暮らしながら、まちの皆さんとどっぷりコミュニケーションをとり、活動を進めています。
駅から徒歩30秒の最強立地にある〈まちの企画室〉。
実は僕と橋口くんは長い付き合いであり、クライアントでもある橋口くんを「くん」づけで呼んでいるのは、彼が大学生のときにリノベ業界に入ってきて以来、いろんな機会で会い、気心が知れた仲でもあるから。Koga ballroomのネーミングを考えるときも、喫茶店でオモシロ話を交えて真剣にふざけながらふたりで案を出し合いました。
元請け下請けを感じさせずに楽しく計画を進めながら、僕自身も的確な設計ができているのは、彼の人柄があってこそ。実際にめちゃくちゃ頑張るし、いい男です。
古賀のスナックにて。ノミュニケーションでも盛り上げてくれる昭和の歌謡曲が好きな橋口くん。おもしろいので写メを撮られてる。
古賀駅西口エリアの回遊性を高める新規プロジェクト〈るるるる〉やっとここから本題である〈るるるる〉のお話に入ります。Koga ballroomやまちの企画室に続いて、新しく古賀駅西口エリアの回遊性を高めていくための拠点づくりが始まりました。
舞台となったのは元音楽教室。1階が約180平米、2階が約120平米、鉄骨2階建て+木造平屋の混構造という建物です。僕も企画から参画し、まず現場調査した際に木造部分の構造に欠陥があったので、修繕計画から着手します。
着工前の旧音楽教室。
現場調査した際の修繕ポイントメモ。
このエリアのシンボルとなるプロジェクトなので「何がここにあれば人やコトが動き出すのか」を考えていきます。橋口くんが「古賀には老舗飲食店やお菓子屋さんが点在していて、食品工場も多いので既存のモノを生かしつつ、まちを回遊できる仕かけにしたいです」と提案し、シェアキッチンを中心にした場所にしようと設計が進んでいきました。
まずは、お得意の未来予想図から入ります。
未来予想図の外観。
未来予想図の俯瞰スケッチ。右側2区画が木造平屋部分で、中央ホールから左側は鉄骨造2階建て部分。
1階がオープンキッチンとテナント4区画、2階がスタジオやオフィスの4区画。1階の中央部分には約30席のホールを設けています。プロジェクト名を仮に「まちの食交場」としました。食を中心に人々が交わる工場(コウバ)にかけています。
入居や仲間募集のリーフレット。エリアの回遊の仕かけを説明し、市の関連事業として、テナントは公募として呼びかけられた。
リーフレット2。区画の展開イメージや家賃などを説明。
リーフレット3。4WDも直営の区画をもち、仲間を募集している。
リーフレット4。田村もデザインチームとして紹介してくれました。
グラフィックデザイナーの谷口竜平さんが加わり、名前やコンセプトをブラッシュアップしていきました。名前はたくさんのネーミング案から〈るるるる〉に決定。食べる、集まる、しゃべる、つくる、などたくさんのコトが生まれる意味が込められ、「“る”って音符にも見えるよね!」と企画会議では妄想も広がり、本当に楽しいものでした。いいプロジェクトって企画の段階ですでに笑顔がたくさん出るんですよね。
安全性とオリジナリティを求めた空間づくりそうこうしている間にも工事施工者の入札を開催し、金額調整で大幅な仕様変更もありましたが、なんとかスケジュールに間に合うかたちで着工にこぎつけました。
施工中の様子。
木造部分には耐力壁を増やした。ここはブレス筋を施した様子。
この壁にはW筋交いを増設した。
リノベーション物件では、築年数が経っていて増改築も繰り返されていれば、元の構造強度が失われているケースも少なくありません。僕ら建築士は意匠やデザイン能力も必要ですが、一番大切なことは見えない部分であり、安心、安全な建物をつくることだと思っています。床下や壁の中はふさげば隠れてしまうからこそ、構造耐力はしっかり調査したうえで修繕、改修し、そのうえで機能的なデザインを考えていきます。
そんななか、橋口くんが「タムタムさん、地域の人たちでつくれるいい感じの家具を知りませんか?」と相談があったので、僕の大阪の仲良しな先輩が展開する〈プラモ家具〉さんを紹介しました。プラモ家具さんは木工加工機〈SHOPBOT〉を使った企画型オリジナル家具を提供されていて、自由なデザインでプラモデルのように家具をつくることができます。コンセプトもデザインも古賀にぴったりで、橋口くんも大喜びでした。
現場でプラモ家具を組み立てるワークショップの様子。
プラモ家具さんで企画してもらった椅子やテーブル。オリジナリティの高い、るるるるらしいデザイン。
食の交流拠点〈るるるる〉がオープンこうして完成した〈るるるる〉は2023年7月にグランドオープン。4WDさんが直営するパンや植物、雑貨などを販売する店舗のほか、焼き菓子屋さん、ビストロ、洋服のリフォーム屋さん、ピアノ教室やドローン撮影専門のスタジオなど、多様なお店が揃いました。平日はシェアキッチンに日替わりでスパイスカレー店などの飲食店が入ります。
グランドオープンの様子。キトさんの挨拶。
1階のホールの様子。日替わりでさまざまな飲食店が出店している。
4WDが直営する店舗。
こうして古賀市にはKoga ballroom、まちの企画室、そしてるるるるが完成しました。ノミヤマ酒販さんや、老舗の飲食店さんなど新旧のまちのコンテンツが入り交じり、近隣にもすてきな本屋さんが移転してきたりと波及効果も生まれ、どんどん回遊できるまちになっています。
弊社が運営するバー〈tamtam7〉(vol.6参照)もノミヤマ酒販さんから仕入れていたり(笑)、古賀に行くことが楽しみでなりません。こうして記事を書いているときにも橋口くんから次のプロジェクトのお声がけがきました(笑)。まだまだ続く4WDさんの駆動はワクワクするばかりです。
まちづくり事業の視察に行くなら古賀はオススメですよ。移住にもイチオシです! 飲み食べ歩きをしながら、スナックで橋口くんの歌謡を一緒に聞きませんか?(笑)
るるるるオープン時に関係者や協力者のみなさんと。
僕の連載は今回で最後になります。これまでの活動を振り返りながら、活字にして伝えるということはとても大変でしたが、すごく楽しめました。編集者さんにはたくさん迷惑もかけてしまいましたが、やさしく諭してくれて感謝の気持ちでいっぱいです。
そしてまた皆さんにお伝えできるプロジェクトが増えるように頑張ります! またの機会にお会いしましょう! 約1年間の連載でしたが、ご愛読いただきありがとうございました!
information
るるるる
住所:福岡県古賀市天神1-4-35
Web:るるるるInstagram
information
古賀駅西口エリア活性化プロジェクト
Web:古賀市HP
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株式会社4WD
Web:株式会社4WD Instagram
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古賀マガジン
Web:古賀マガジン
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ノミヤマ酒販
Web:ノミヤマ酒販
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プラモ家具
Web:プラモ家具
profile
Seiichiro Tamura
田村晟一朗
たむら・せいいちろう●株式会社タムタムデザイン代表取締役。国立大学法人 九州工業大学 非常勤講師。1978年高知県生まれ北九州市在住。建築設計事務所に勤めつつ商店街で個人活動を広げ2012年タムタムデザインを設立。建築設計監理や飲食店経営、転貸事業を軸とした不動産再生プロジェクトも企画・運営しており、まちづくりや社会問題の解決などに向け活動中。商店街再生のキーマンとして、2021年1月にはテレビ東京『ガイアの夜明け』にとり上げられた。アジフライと鍋が好き。http://tamtamdesign.net/
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編集:中島彩