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写真家から転身したヒーラーが、森の中に開設したヒーリングサロンとは?

  • 2023年9月7日
  • コロカル
森の中のヒーリングサロン

雑誌『TRANSIT』『Number』、AIGLE社と森林保護団体〈more trees〉のチャリティプロジェクトなどで、やわらかな表情のポートレイトや光が印象的にあふれる風景写真を収めてきた写真家、宮本武さん。その彼が、18年にわたる海外生活を経て日本に帰国し、2023年夏から長野県上水内郡信濃町の黒姫高原の森の中で、ヒーリングサロンを開設した。

黒姫の森に佇む宮本さんのサロン〈アトリエ9〉。

黒姫の森に佇む宮本さんのサロン〈アトリエ9〉。

写真、黒姫、ヒーリング。これらの結びつきは唐突のように見えて、宮本さんにとっては、ある種の必然だった。

ポートレイトというプロセス

転機のひとつは、2021年に刊行した宮本さんの初写真集『spectrum』(torch press)だ。10年間、アイスランドに通いながら、森や雪原、植物や鉱物と、男性のヌードをパラレルに撮影した、生命のささやかな息吹のようなものを収めた作品だ。

中央が宮本さんの写真集『spectrum』(torch press)。

中央が宮本さんの写真集『spectrum』(torch press)。

実は宮本さんは、この撮影中、写真を撮ることによって「自分のイヤな部分を癒したかった」のだという。背景にはマイノリティとしての自身のセクシュアリティと、そのために心に抱えてきた、つらいトラウマがあった。 「僕はそれまで、自分自身のセクシュアリティを被らせて、『自分の繊細さ』を肯定できなかったんです。だけど繊細さは、男女限らず誰しも必ず心のなかにあるもの。『spectrum』では被写体の本質に近づくことで、それを世に伝えたかったんです」

以下3点とも、宮本さんの写真集『spectrum』(torch pressより)。(写真提供:宮本武)

宮本さんの写真集『spectrum』(torch press)より。(写真提供:宮本武)

宮本さんの写真集『spectrum』(torch press)より。(写真提供:宮本武)

宮本さんの写真集『spectrum』(torch press)より。(写真提供:宮本武)

ただ、「ポートレイトとは撮影者の鏡である」とよく言われるように、被写体の本質に近づくには、撮影者も「本質的な存在として、そこにいる」必要があったと、宮本さんは言う。つまりこのとき、宮本さんにとって撮影行為とは、自分自身の「イヤな部分」を内省するプロセスだったのだ。

宮本さんの写真集『spectrum』(torch press)より。(写真提供:宮本武)

宮本さんの写真集『spectrum』(torch press)より。(写真提供:宮本武)

「制作中、一度ダミーをつくったときに、『心の明るい部分しか写っていない』って批判されたことがあったんです。それで『暗い部分』を撮り直して、ミックスして、いまのかたちになりました。つまり、自分がポートレイトを撮ることで、自分自身を癒す必要があったんです」

宮本さんのサロン〈アトリエ9〉より窓外の森を望む。

宮本さんのサロン〈アトリエ9〉より窓外の森を望む。

心と体は結びついている

そもそも宮本さんが癒すこと、つまりヒーリングに興味を持ったのは、20代の頃だった。好きでよく訪れていたタイでタイマッサージを受けて、「体はもちろん、ほっこり感というか(笑)、心も豊かになる」ことに、魅力を強く感じたのがきっかけだった。

〈アトリエ9〉の祭壇のような一角に飾られた花。

〈アトリエ9〉の祭壇のような一角に飾られた花。

また宮本さんは、会社勤めを辞め、写真の勉強のためにオーストラリアに渡り、28歳でフリーランスの写真家としての活動を始めようとしていた。ただ、自分の前途に対して緊張感や不安感が募り、「もしカウンセリングに行っていたら、うつ病や何かの症状だと診断されていたかも」という心の状態に陥ったが、友人を介してヨガを体験し、症状が改善した。

過去にタイマッサージやレイキヒーリングを学んだ経験もあるという宮本さん。

過去にタイマッサージやレイキヒーリングを学んだ経験もあるという宮本さん。

「それで、マッサージや体を動かすことは、身体的なことだけではなく、心とも結びついているということが、なんとなくわかって、興味を持ったんです」

2009年、宮本さんは渡仏し、写真家として目覚ましいキャリアを積んでいく。一方で2014年から、写真家としての活動と並行してタイマッサージとヒーリングの施術家としての活動も、パリの自宅でひっそりと個人サロンを開いて始めていた。しかし宮本さんは、それでも「心の不安やストレス、不安定さはずっと続いていた」というが、その後、ヒーリングの技術的な未熟さもあってクライアントの持つ症状に逆に自分が影響を受けてしまったこと、そして細菌性の大病を患って心臓の開胸手術を経験したことが大きなきっかけとなり、自分自身をもう一度癒す必要性を感じ、『spectrum』刊行後、ヒーリングの学校に入学する決意をした。

心を整える

宮本さんが学校で使用している教科書。学術的に体系立てられている。

宮本さんが学校で使用している教科書。学術的に体系立てられている。

いま宮本さんが学び、実践しているのは、〈エネルギー療法〉というヒーリングだ。これは、古代インドや古代中国の文献にすでにあるように、人間の体にエネルギーや気が通っていることを前提とし、流れている気を調整することで、心を整えていくものだ。

ヒーリングを行う宮本さん。背景の森がゆっくりと時を刻む。

ヒーリングを行う宮本さん。背景の森がゆっくりと時を刻む。

またさらに、施術を通してクライアントが自分の「心の認識のパターン」に気づき、新しい認識に至る機会を与える働きもあると、宮本さんは言う。

「誰しも、人生で何かしらいろいろなことが起きていて、パズルが組み合わされていないから、モヤモヤしたり落ち込んだりするんです。だけどヒーリングを通じて、 ヒーラーがパズルを戻すのではなく、自分が整うことでパズルが戻って、点と点がつながり、新しい認識が生まれるんです」

「気や心を整えるだけでなく『新しい気づき』を促すのもエネルギー療法の重要な一面」と語る宮本さん。

「気や心を整えるだけでなく『新しい気づき』を促すのもエネルギー療法の重要な一面」と語る宮本さん。

宮本さんの施術を受けた何人かからは、「心が解放された」「心に風が通ったようだ」「新しい気づきが得られた」「人生が好転した」という声が寄せられたという。実際、筆者が宮本さんの施術を受けた際、抱えていた心の「暗い部分」に、それまでとは違った認識が連想ゲームのように頭に浮かび、心が軽くなった感覚になった。悩んでいた事柄の受け止め方が変わった、という感じだろうか。

施術中の様子。深い内観の時間が訪れる。

施術中の様子。深い内観の時間が訪れる。

「ヒーリングでは『人と人との関係性でしか心は癒されない』と、よく言われるんです。自分だけでは、心の認識はできるけれども、完全には癒されない。『私とあなた』が存在して、あなたと新しい認識やコミュニケーションをすることで、癒されていくんです」

癒しとしての写真

宮本さんがヒーラーとして歩みだした当初は、「『スピリチュアルな方向に行っちゃったのね』みたいに言われるんじゃないか」と、自分がヒーラーであることを世間に公表することに、恐怖や恥ずかしさがあったと、振り返る。

豊かな光に包まれた〈アトリエ9〉の様子。

豊かな光に包まれた〈アトリエ9〉の様子。

「それまでは、写真家としての自分と、ヒーラーとしての自分が、結びついていなかったんです。だけどヒーリングの学校で、『自分の創造するものは自分というひとつの体から生まれている』と教わって。写真を通して人とつながるとき、癒しが起きるかもしれないし、それは一種の愛情表現と言えるかもしれない。これは心の癒しであるヒーリングと同一なんです」

癒しとしての写真。「僕にとって写真とは、自分と他者をつなげるための、 癒しの循環のような表現」だと、宮本さんが確信に至った瞬間だった。

施術中の様子。体に触れることを通して心が整っていく。

施術中の様子。体に触れることを通して心が整っていく。

現在はヒーリングに集中しているため、写真作品を撮影することは特にしていないという。ただ、写真を通した仕事については今後考えていることがあると、宮本さんは語る。

「心の癒しの一環として、ご家族や大切な人とのポートレイトを撮影するんです。例えば写真を撮られるのが苦手な人とは、まず一緒にその方の長所を見つける対話をする。『その表情は、あなたの本当に素敵な一面ですよ』と会話を通して、撮る。すると、その人がその写真を見て、その瞬間を振り返ることで、癒しが必ず起きるんです」

アトリエからほど近い宮本さんのご自宅。一角にはカナイフユキさんの絵が配されている。

アトリエからほど近い宮本さんのご自宅。一角にはカナイフユキさんの絵が配されている。

フランスから長野・黒姫の森へ

2022年、フランスから帰国した宮本さんは、知人の編集者の縁で、黒姫高原の森に佇む小屋に住むことになる。さらに少しして、近隣の住民から勧められて、そこからすぐ近くにあるもう一軒の小屋を使わせてもらうことになった。これが現在の宮本さんのヒーリングサロン〈アトリエ9〉だ。

黒姫高原の深い森に位置するアトリエ。

黒姫高原の深い森に位置するアトリエ。

「自然のなかで心の癒しを実現することを許す体験ができる場所を求めていたんですが、いろいろなご縁があって、この場所にたどり着きました。これまでは都市生活ばかりでしたが、経験したことのない日本のすばらしい大自然のなかで身をもって暮らすことで、自分が癒されればいいんじゃないか、と」

取材時は猛暑が続く8月だったが、森の中はひんやりと涼しかった。

取材時は猛暑が続く8月だったが、森の中はひんやりと涼しかった。

森という環境に加え、近隣の野尻湖はナウマンゾウの化石が発掘されたことでも全国的に知られるが、そうした土地の歴史がつながっているためか、宮本さんのアトリエの近くから、なんと7万年前の地層が発見されたことにも、自然の持つ力との不思議な縁を感じたという。

森に息づく小さな命もまた美しい。

森に息づく小さな命もまた美しい。

また黒姫の周辺の、野尻湖国際村や妙高高原、赤倉温泉などには、別荘を所有していたり移住してきたりする外国人が多いが、例えば彼らを相手にヒーリングをすることも、長い海外生活を経験した宮本さんには会話の支障がない。「この大自然にいながら、ひとりでグローバルなことをしたい気持ちもある」と、宮本さんは言う。

高速道路を挟んで、森からは黒姫山が見える。

高速道路を挟んで、森からは黒姫山が見える。

豊かに生きるという体験

今後は黒姫と、とはいえ「簡単に来れる場所ではない」ため、東京・目黒にも場所を持ち、2拠点で活動していくという。

「新型コロナウイルスのときに、みんなが『心の豊かさや、それを整える時間や空間が必要だ』と知ったと思うんです。エネルギーという言葉自体、『よくわからない』と思われているでしょうが、人と交流したり、お料理を食べたり、歌を歌ったりすることにも、それが表れているんです。アトリエ9は、それを実際に体験し、感じられる場所にしたい」

宮本さんが取材陣にふるまってくれた料理。トウモロコシは地域の名産品だ。

宮本さんが取材陣にふるまってくれた料理。トウモロコシは地域の名産品だ。

だから「ヒーリングのための場所」と限定せず、おいしい食事や、アートの鑑賞や創造、体を動かすことといった、多面的なアプローチをしていきたいと、宮本さんは思い描く。並行して、学校に通いながらも、エネルギー療法にマッサージを採り入れた、「オリジナルのヒーリング」を追求していく考えだ。

〈アトリエ9〉の様子。横井山泰さんの絵の向こう、大きな窓から森の緑が飛び込んでくる。

〈アトリエ9〉の様子。横井山泰さんの絵の向こう、大きな窓から森の緑が飛び込んでくる。

だがやはり、だからこそ、ヒーリングという表現を得た宮本さんの、新たな写真作品も、いつか見てみたいと思う。

「自分が住んでいる黒姫の森の中で、意識的に自然を捉えたり、自分がその風景に見ている心の投影だったりを、自分が見ている森の風景のなかで撮ってみたい」

それが実現する日が来るまで、ゆっくりと。

黒姫の森。近くを流れる沢の音も心地よい。

黒姫の森。近くを流れる沢の音も心地よい。

profile

Takeshi Miyamoto 宮本武

みやもと・たけし●1974年生まれ。写真家として、『TRANSIT』『Number』『NEUTRAL COLORS』などの雑誌、カタログ、広告写真など国内外で活躍。2021年、初写真集『spectrum』(torch press)の刊行後にヒーラーとしての活動を本格化し、2023年に長野県・黒姫高原に〈アトリエ9〉を構える。

information

アトリエ9

住所:長野県上水内郡信濃町、黒姫高原(非公表・要問い合わせ)

web:アトリエ9

writer profile

Kotaro Okazawa

岡澤浩太郎

おかざわ・こうたろう●1977年生まれ、編集者。『スタジオ・ボイス』編集部などを経て2009年よりフリー。2018年、一人出版社「八燿堂」開始。19年、東京から長野に移住。23年、長野県東部=東信ローカルのポッドキャスト「sprout!」を開始。文化的・環境的・地域経済的に持続可能な出版活動を目指している。

photographer profile

Osamu Kurita

栗田脩

くりた・おさむ●1989年生まれ、写真家、長野県上田市在住。各地で開催しているポートレイト撮影会「そうぞうの写真館」主宰。ちいさなできごとを見逃さぬよう、写真撮影や詩の執筆を行う。二児の父。うお座。

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