緑のgooは2007年より、利用していただいて発生した収益の一部を環境保護を目的とする団体へ寄付してまいりました。
2017年度は、日本自然保護協会へ寄付させていただきます。
日本自然保護協会(NACS-J)の活動や自然環境保護に関する情報をお届けします。
地球上のあらゆる種類の生物は、他種の生物とさまざまなかかわりを持ちながら生きています。このかかわりを通して地域特有の生態系が成り立っていますが、もしある地域でひとつの種の個体数が著しく増加した場合、生態系全体にはどのような影響が表れるのでしょうか。
近年、全国各地で急激に個体数を増加させ、森林の生態系にさまざまな影響を及ぼしている生きものにニホンジカ(以下、シカ)がいます(写真1)。シカの影響は彼らの餌となる植物に対して顕著に表れ、例えば、シカの好きな植物は過度の採食圧によりほとんど姿を消してしまいます。その結果、林床は裸地化したり、シカの嫌いな植物が優占するようになります。急斜面では、下草がなくなることで表層土壌が雨などにより流出してしまう場合もあります。また、シカの樹皮剥ぎにより樹木が枯死する現象も大きな問題です。このようにシカが増え過ぎると植生構造や景観が大きく変貌してしまいますが、シカの影響はそれだけにはとどまりません。植生が変われば、今までその環境を利用してきた動物たちにも影響が表れてきます。
▲写真1:ニホンジカ
私たちが調査を行っている栃木県の奥日光では、シカによる植生への影響を軽減するために16㎞ほどの「防鹿柵」が設置されています(写真2)。柵の内側にはシカが入れないため、シカの主要な餌資源であるミヤコザサが優占していますが、柵外ではシカの影響によりササ類はほとんど枯死してしまいました。その結果、現在、柵外の林床のほとんどがシカの嫌いなシロヨメナの群落や裸地などに置き換わっている状況です。このような植生の変化は動物たちにどのような影響を与えているのでしょうか。
▲写真2:奥日光のシカの防護柵
シカが侵入しない柵の内側(写真左側)にはササ類が生育しているが、柵の外側(写真右側)ではササ類が枯死し、シカの嫌いなシロヨメナが繁茂している。
まず、ササ類が消失したことで減少してしまった動物たちがいます(図1青)。たとえば、春に藪などに営巣するウグイスが挙げられます。藪をつくるササ類がなくなったことで、ウグイスは巣をつくれなくなり、著しく減少してしまいました。同じように、ササ類がなくなると、避難所(カバー)を失うネズミ類も減少傾向にあることが分かってきています。
一方で、シカが増えたことにより増加した動物たちもいます(図1赤)。例えばミミズ類が挙げられます。ミミズ類は腐食した落葉などを食べますが、植物の種類に明確な好き嫌いがあります。詳しく研究を進めると、ミミズ類はシロヨメナに対する嗜好性が高いことが分かりました。一方、ササ類はミミズ類の餌資源としては不適である可能性も見い出せました。つまり、シカの増加によりササ類が消失し、シロヨメナが増加したことによってミミズ類が増加したということになります。また、シカの樹皮剥ぎにより樹木が枯死すると、そのような枯れた樹木を営巣場所や採食場所とするキツツキ類は増加する傾向にあります。さらに、シカの増加により排泄されるふんの量が増えると、それらを餌資源として利用するセンチコガネなどの糞虫類もまた増える場合があります。
図1 奥日光でシカの増加がほかの生きものに与える影響
ここまでのことから、シカの影響により減る動物もいれば増える動物もいることが分かります。では、このようにシカの影響によって動物の個体数が変化すると、その動物たちを餌資源として利用する捕食者にはどのような影響が表れるのでしょうか。
詳しく調査を進めると、ミミズ類や糞虫類が増加したことで増えた捕食者がいることが分かりました。昔話などでもよく登場するタヌキです。タヌキは晩春から初秋にかけて、ミミズ類や昆虫類をよく食べます。つまり、シカはこれらの餌となる生きものを増加させたことで、タヌキの増加に間接的な影響を及ぼしたということになります。そして、もうひとつ忘れてならないのが、タヌキはシカの死体も食べるということです。シカの密度が高くなれば、シカの利用できる餌資源はそれだけ減ってしまうので餓死する個体が出てきます。タヌキにとっては思いがけないご馳走が得られるというわけです。また、アナグマもミミズ類や昆虫類をよく食べるので、タヌキと同じように増えていることが分かってきています。
一方で、フクロウはシカの多い防鹿柵の外で少ないことが分かりました。なぜフクロウは柵外で少ないのでしょうか。私たちはその要因のひとつにネズミ類の減少があると考えています。フクロウはネズミ類を好んで食べるという報告があるので、ネズミ類が減少した柵外では少なくなったのではないかと考えています。
しかし、キツネとテンの場合には話が少し複雑になります。というのも、彼らはネズミ類だけでなく、昆虫類やミミズ類、さらにはシカの死体などもよく食べるからです。つまり、シカは、キツネとテンに対しては、増減両方の影響を及ぼしているということになります(図1黄)。そのため、個体数の増減については、タヌキやフクロウのような顕著な傾向というのは出てきていません。
▲写真3:センサーカメラに映ったシカの足をくわえているキツネ
調査では、キツネとテンはセンサーカメラを用いたカメラトラップ法、ネズミ類はシャーマントラップを用いた捕獲により、防鹿柵内外の相対密度をそれぞれ算出した。
シカの影響は植生改変に始まり、植物を利用する動物たち、またその動物たちを利用する捕食者たちといったように森林生態系全体に及んでいます。たった一種の動物の個体数が変化するだけでも、計り知れない影響力があることが分かります(図2)。
図2 シカが増加した場合の森林生態系への影響