1952年に利根川の上流域で計画された多目的ダム。水害対策(治水)、首都圏の水がめとしての利水、発電という3つの目的をもつ。地元で賛成派と反対派に分かれて激しい議論が繰り広げられたために建設がなかなか進まなかったが、1990年代に国・県と地元が協定を結び、下流の首都圏が相応の負担をする基金が発足し、八ッ場ダム建設に向けて動き出した。2009年の政権交代によっていったんは建設中止が公表されたが、結局、2012年12月に建設継続が決まった。
八ッ場ダムの「八ッ場」とはどういう意味なのだろうか?
地元である群馬県以外の都県が八ッ場ダムをなぜ推進してきたのだろうか?