コーヒーで旅する日本/九州編|紆余曲折あって生まれる豊かなコーヒー体験。その日の気分、雰囲気で楽しむ「日曜日の昼さがり」

  • 2025年5月5日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。
なかでも九州・山口はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州・山口で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

屋号に込めた思いが気になる店
屋号に込めた思いが気になる店

九州編の第116回は大分県別府市にある「日曜日の昼さがり」。穏やかな空気感のある屋号から不思議と引きつけられる。人それぞれに意味合いや捉え方が変わってくる言葉ではあるものの、きっとふんわりとした雰囲気の店なんだろう。店があるのは別府の住宅街の一角と目立つ場所ではないが、老若男女、多くの人でにぎわっている。ユニークな屋号に込めた思い、店に立つ丁子さんにとってコーヒーとはどんな存在か、聞いてみたい。

店長兼ロースターの丁子泰二郎さん
店長兼ロースターの丁子泰二郎さん

Profile|丁子泰二郎(ちょうじ・たいじろう)さん
大阪府出身。高校卒業後、北海道の大学に進学。工学系の学科で学んだあと、東京のシステムインテグレーター企業に就職。およそ5年間、プログラマーとして働く。その時期からコーヒーを日常的に嗜むようになり、豆の産地や焙煎度合いによって味わいが全く異なることにおもしろさを感じる。会社に勤めながら、バリスタの社会人スクールに通い始め、趣味で手廻し焙煎にも挑戦。プログラマーを退職後、知人の縁で北海道のロースタリーカフェの責任者になる。社会人スクールやプライベートでコーヒーの知識を深めていたものの、実際に店を運営、店で出すコーヒーを焙煎するにあたり、壁にぶつかり、挫折も味わう。およそ2年間、ロースタリーカフェの責任者を務めたのち、大分県別府市で飲食店を開きたいオーナーと出会い、別府市へ移住。2024年4月、「日曜日の昼さがり」をオープン。

■屋号に込めた心地よい時間
外壁のコンクリートの経年変化もいい味を出している
外壁のコンクリートの経年変化もいい味を出している

レトロでノスタルジックな街並みが今なお残る大分県別府市。全国に知られた温泉地であり、町湯に浸かったり、景色を見ながらぶらぶら歩くのが楽しい街。そんな別府市街でも相当古いであろうと感じるコンクリート造りの古ビル。遠目に見ると、今はもう使われていない建物かと感じたが、1階部分に「OPEN」と貼られた木の板があり、テラス席らしきものもある。コンクリートの壁に掲げられた文字は「日曜日の昼さがり」。のんびりとした時間が流れていて、どこか心が休まりそうなイメージを抱かせる屋号。聞くと店を営む丁子泰二郎さんが、一番好きな曜日と時間帯だという。

笑顔がステキで、人懐っこい性格。別府ライフを楽しんでいる
笑顔がステキで、人懐っこい性格。別府ライフを楽しんでいる

「会社員時代、趣味でサーフィンをしていたんです。大体、仕事が休みの日曜の深夜に千葉や神奈川の海に向かって東京から出発。早朝から午前中にかけてサーフィンを楽しんで、帰る途中で昼ご飯を食べて帰宅する。そうするとちょうど日曜の13時とか、14時とか、昼下がりの時間帯で、サーフィンを楽しんだ満足感と充実感、ほどよい疲労感にまどろむひとときが大好きで。そんな体験をカフェの屋号に込めました」と丁子さん。
店の雰囲気にもその思いはにじみ出ているようで、訪れているお客さんはみなゆったりと時間を過ごしている。コーヒー片手に本を読んだり、友人と会話を楽しんだり、まさに休日の心地よい昼下がりのようだ。

■動けない1年弱が今の糧に
【写真】テーブルやイスは耶馬渓の木工作家さんに作ってもらったもの
【写真】テーブルやイスは耶馬渓の木工作家さんに作ってもらったもの

店の雰囲気づくりも、メニュー構成も丁子さんが一手に担っているので、てっきりオーナーだと思っていたが、意外にも丁子さんは店長という肩書きだという。
「オーナーは北海道にいます。旅行で訪れた別府に魅力を感じ、『別府で何かしたい』と考えたそう。私とオーナーは仲のよい知人で、コーヒー・カフェを運営した経験があるということでお誘いいただきました。当時、私もいろいろと悩んでいて、一度暮らす環境から変えてみるのもいいかもと考え、別府への移住を快諾しました。2023年5月に別府市に引っ越して来たのですが、当初店をやる予定だったテナントが急遽使えなくなったりで、想定通りにカフェオープンとはいかなかったんですね。焦りもありましたが、自分の力だけではどうにもならない状況に置かれ、逆に焦っても仕方ない、なるようになる、と考えをあらためると不思議と心が落ち着きました。毎日のように別府の温泉に浸かり、海や山を身近に感じる暮らしをする中で、体の不調もよくなっていきました。今考えると、この何にも追われない時間というのは私にとって大きかったと思います」

日記のように日々のことが綴られたメニュー表も温かみがあっていい
日記のように日々のことが綴られたメニュー表も温かみがあっていい

そう笑顔で別府への移住から開業までの間を振り返る丁子さん。そんな充電期間があったからだろう。「日曜日の昼さがり」は丁子さんがやりたいことをしっかり表現できており、そのスタイルがSNSを中心に話題を集め、ファンも着実に増やしている。
予定通りに物事が進まないと焦るというのはどんな業種でもあると思うが、逆にその状況を楽しむこと、その空いた時間でしかできないことをやってみる。それがどんな形で活きてくるか、そのときはわからないが、きっと無駄にはならない。丁子さんが別府で過ごした最初の1年はそんなことを感じさせるエピソードだ。
■一期一会の味わいを大切に
要望があればその日のスイーツに合うコーヒーを提案することも
要望があればその日のスイーツに合うコーヒーを提案することも

そうやって2024年4月にオープンした「日曜日の昼さがり」。開業当初は北海道とのつながりを活かし、生乳からこだわったソフトクリームも出していたが、マシンが故障し、修理も困難なため、現在はコーヒーがメイン。

手廻し焙煎から始めただけに、今も直火式の焙煎にこだわる
手廻し焙煎から始めただけに、今も直火式の焙煎にこだわる

直火式の焙煎機で自家焙煎しており、基本的に深煎り、中煎り〜中深煎り、浅煎りと3種のシングルオリジンを準備。手書きのメニュー表に生産国は書かれているものの、豆の特徴やフレーバーなどは明記していないのが逆にこだわり。「そのときの気分で選べるように最初は挽いた粉を瓶に入れて、それを嗅いでもらって、好きなコーヒーを選んでいただいていました。逆に今は“どんなイメージで焙煎した”という思いを言葉にしてメニューに書き込んでいます。次に考えているのはさまざまな色で描いた絵画をお見せし、どの絵が今の気分に近いかでコーヒー豆を選んでもらうというやり方。ゆくゆくは3つのやり方をミックスして、より気分に合わせたコーヒーを楽しむ豆選びをご提案できたら」という丁子さん。焙煎度合いや生産国で選ぶのではなく、あくまで気分で選ぶという一期一会なスタイルは遊び心があっておもしろそうだ。

コーヒーはすべてハンドドリップで抽出
コーヒーはすべてハンドドリップで抽出

焙煎に際しては、どの豆もどれだけ生豆が持っている甘さを引き出せるかを重視し、さらに「抽出でお客さま一人ひとりの気分によりフィットできたら」と丁子さん。たとえば、同じ豆でもすっきりとしたテイストを強調したいなら挽き目は荒くし、湯温は低め。ガツンと特徴を出したいなら、その逆など、抽出で微妙な味わいの差をコントロールするようにしているという。「それがその方に100%フィットするというわけではないかもしれませんが、できる限り、この店、そのときしか味わえないようなコーヒー体験をご提供できたらと考えています」

■季節感を大切にした大人なスイーツも
コーヒーはホット、アイスともに550円。スイーツは季節替わりで、写真は柑橘の一種、せとかのレアチーズケーキ(600円)
コーヒーはホット、アイスともに550円。スイーツは季節替わりで、写真は柑橘の一種、せとかのレアチーズケーキ(600円)

定休日などに直売所を巡り、地元の旬の食材に積極的に触れていくことも丁子さんが大切にしていること。その大きな理由は旬を感じられるスイーツを作るため。「大分は季節ごとに魅力的な食材がそろっていて、それらを使ってスイーツを作っています。お菓子作りは独学ですが、レシピを考えるうえで気をつけているのが、コーヒーだけじゃなく洋酒などとペアリングしても違和感がないかということ。スパイスやハーブをアクセントに加えるなど、大人っぽいテイストにしたいと考えています」と説明してくれた丁子さん。

一杯一杯、丁寧に抽出する
一杯一杯、丁寧に抽出する

この考え方で手作りされたスイーツが人気を集め、スイーツの店と思われることもしばしば。「お客さまにSNSで拡散いただき、ご来店いただけるのは本当にありがたいこと。今は店を知ってもらうきっかけがスイーツになっていますが、できればコーヒーの店、ロースタリーカフェと認知が広まってくれたらうれしい。オープンから丸1年を経て、今年は自身がもっと自由に動ける時間を少しでも増やしていけたらいいですね」と2年目の目標を語ってくれた。


■丁子さんレコメンドのコーヒーショップは「Cafe 一雨」
「大分県別府市にある『Cafe 一雨』さん。別府に移住して、一人で何も考えずにゆっくりしたいときによく行っていました。一人の時間を全肯定してくれて、どんな過ごし方でも受け入れてくれる雰囲気は『一雨』さんならでは。自分と向き合う時間を作ってくれる大切な場所です」(丁子さん)

【日曜日の昼さがりのコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル直火式5キロ
●抽出/SCSブリューワー(KINTO)
●焙煎度合い/浅煎り〜深煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/100グラム850円〜




取材・文=諫山力(knot)
撮影=坂元俊満(To.Do:Photo)

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