心とろかす動物の赤ちゃんたち、ナショジオの写真家が語った感動

  • 2025年5月5日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

心とろかす動物の赤ちゃんたち、ナショジオの写真家が語った感動

 過去18年間「Photo Ark(フォト・アーク、写真の箱舟)」のために撮影してきた写真の中で、「一番のお気に入りは何ですか?」とよく聞かれる。私(筆者で写真家のジョエル・サートレイ氏)の答えはいつも同じだ。「次に撮る一枚です」と、微笑みながら返している。結局のところ、大小すべての生きものを大切にしなければならず、差別はできないと考えるからだ。

 しかし、内心ではいつも、ある写真がすぐに思い浮かぶ。極めてシンプルな写真なので、なぜこんなものがと思うのだが、私にとっては特別な一枚だ。

 米ミネソタ動物園にいるマレーバク(Tapirus indicus)の赤ちゃんの写真だ。

 この赤ちゃんバクに出会った日のことを私はよく思い出す。ミネソタ動物園にいたのは他の動物を撮影するためだった。その日の撮影を終えようとしていた時、2人の飼育員が、生後わずか6日の赤ちゃんバクの写真をぜひ撮ってほしいと強く勧めてきた。

 私は、すでに米ネブラスカ州オマハのヘンリードーリー動物園で何年も前におとなのマレーバクを撮影しており、すべての動物の赤ちゃんを撮っていたら「Photo Ark」は永遠に終わらないだろう、と伝えた。

 それでも、飼育員たちは諦めなかった。そのため、私たちは動物園内を進み、マレーバクの飼育エリアにある出産用の小屋へ向かった。私が角を曲がるのを見て、誰もが満面の笑みを浮かべていた。それも当然だった。

 わらが敷き詰められた簡素な部屋の中に、まるで私を待っていたかのように、マレーバクの母親と子どもが立っていた。「バーティー」という名の母親は食事中で、「アミラ」と名付けられた赤ちゃんは私を見つめていた。私の心はたちまちとろけてしまった。

 その幼いバクは食パンほどの大きさしかなかった。かわいらしいだけでなく、これまで見たことのない姿をしていた。

 バーティーは大人のマレーバクの特徴である白黒の体色をしていたが、その赤ちゃんバクは闇夜のように真っ黒で、白い斑点と縞模様で覆われていた。私は目を疑った。

 これは偶然ではない。母なる自然がこのような模様をデザインしたのには理由がある。野生下では、太陽の光がまだらに差し込む林床に横たわると、この赤ちゃんバクは文字通り姿を消してしまう。さらに、赤ちゃんバクは一日中、母親が餌を食べ終えて帰ってくるのを待っているため、このカムフラージュは捕食者から身を隠すのに最適なのだ。

 赤ちゃんバクは数カ月後、十分に大きくなって自分で戦える(逃げられる)ようになれば、母親とそっくりになるだろう。

 撮影はほんの数分で終わり、私は自分の車へ向かった。飼育員たちが写真を撮るように勧めてくれたこと、そして滅多に見られないものを目にできたことがどれほど幸運だったかを考えながら、ずっとにこにこしていた。その赤ちゃんバクは、長年にわたり「Photo Ark」で最も人気のある動物の一つとなった。

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 2011年のあの瞬間以降、自分が「Photo Ark」をつくる人間であることがいかに恵まれているかを常に考えてきた。若いものから年老いたもの、大きなものから小さなものに至るまで、自然の驚異を文字通り最前列で見てきた。特に生まれたばかりの動物たちが私のカメラレンズをじっと見つめてくれる時、感動し、驚嘆してしまう。

 また、かわいらしさが野生下で生き残るための仕組みとは全く関係がないことを学んだ。マレーバクは身を隠すための一つの戦略を示したが、幼少期の弱さを克服する方法は無数にある。私の考えでは、弱肉強食の世界で若者として生き残るためには、方法は主に3つ。周囲に溶け込むか、逃げ出すか、親に守ってもらうかだ。

 身を隠すことは、多くの動物にとって理にかなっている。海岸にすむ鳥は、砂利や砂の中に簡素なくぼみをよく作り、そこに溶け込むような卵を産む。孵化したヒナも、ほとんど斑点模様で、カムフラージュされている。文字通り、足元に巣があっても気づかないほどだ。

 水生無脊椎動物は、小川の底にある岩の下に姿を消すことができる。幼いヤモリは、木のコケに完璧に溶けこむ。

 逃げ出すという選択肢もある。ヌーやシマウマなどの有蹄類は、生まれてから数分で歩けるようになる。ダチョウやライチョウなど早成性の鳥類は孵化し、乾くとすぐに母親について行く準備ができる。母親は彼らに何を食べればよいか、どのように嵐から身を守ればよいか、そしてどのように外敵から逃れるかを教える。

 私にとって、最も面白いのはムール貝の赤ちゃんだ。母親は自分の身で、ミミズや小魚のように見えるおいしそうなルアーを作り、小川の魚を誘き寄せる。しかし、そのルアーはトロイの木馬よろしく小さな幼生で満たされている。魚がその餌に食いつくと、何千もの微細な赤ちゃんムール貝が爆発的に飛び出すのだ。

 ほんの一握りしか魚に取り付く幸運に恵まれないが、取り付いたものは数週間後に宿主の魚から落ち、別の場所で新たな生活を始める。ムール貝は自分自身では移動できないため、このような巧妙な方法で上流に種を移動させている。

 そして、私たち人間や多くの哺乳類が行っている方法がある。長期的な育児だ。

 赤ちゃんバクのように、生まれたばかりのトラは母親の乳を飲むためにその場にとどまる。親は、子どもたちが自分で狩りができるようになるまで、食べ物を与える。サル、オポッサム、コウモリなどは、文字通り子どもたちを連れ歩き、その道中で安全と学ぶ機会を子どもたちに与える。シャチ、イルカ、ゾウ、ゴリラなどの子どもは、私たち人間と同じように、何年も親と一緒に暮らす。

 これらの戦略はすべて当然のことのように思えるかもしれないが、そのどれもが時間をかけて磨き上げられ、何千世代にもわたって受け継がれてきたものだ。もしその戦略が有効であれば、その後も残る。そうでなければ、消え去る。単純なことだ。

 最後に、ヘンリードーリー動物園水族館から、もう一つ赤ちゃんの話を。

 私はずっとアフリカのサバンナゾウを白い背景で撮りたいと願っていた。それを実現するには赤ちゃんゾウが必要だった。

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