カール・アンドレ×環ROY、休館を前にした「DIC川村記念美術館」。ミニマルな円環の記憶

  • 2025年4月17日
  • Gizmodo Japan

カール・アンドレ×環ROY、休館を前にした「DIC川村記念美術館」。ミニマルな円環の記憶
Photo : Takehiro Goto

FUZE 2025年3月27日掲載の記事より転載

カール・アンドレのミニマル・アート作品が静かに並ぶ展示室。その空間で、ラッパー・環ROY(たまき・ろい)が“声だけ”を武器に、即興パフォーマンスを繰り広げる――そんな光景を想像できるだろうか。

DIC川村記念美術館(千葉・佐倉)でかつて開催された「カール・アンドレ」展では、まさにその“奇跡”のような瞬間が現実となった。

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『場』と『声』の言語実験

私自身、佐倉に暮らしていた時期があり、新型コロナ感染症の拡大をきっかけにまた佐倉市にUターン移住している。さらに妻がDIC川村記念美術館のスタッフとして働いていたこともあって、この美術館には少なからぬ愛着がある。

広大な庭園とともに、国内外のさまざまな現代アートを長年にわたり紹介してきたこの場所は、単なる“美術鑑賞スポット”とは一味ちがう深みを帯びていた。

そんな美術館で、「カール・アンドレ」展の会期中にラップの即興パフォーマンスを行うという話を聞いたとき、正直なところどんな化学反応が起きるのかまったく想像がつかなかった。

Photo : Takehiro Goto

カール・アンドレは鉄板や木材ブロックを床に直置きするミニマル・アートで有名だ。作品と“場”の関係性を強調する手法は、鑑賞者の動きや音までを作品の一部として捉える。

それに対して、環ROYはヒップホップという場で培った即興性を武器に、言葉や音をインスタレーションと親和性の高いスタイルで操れる稀有なアーティストだ。しかも今回は、ビートすら用いない“生の声”だけで挑戦する。

一見まったく異なる世界のようでいて、どこか通底するものがある──そんな予感が漂っていた。

「赤ん坊」と「iPhone」。ラップによる言葉遊び

開演前の展示室には、カップルや赤ん坊連れの家族、年配の方など実に多彩な観客が詰めかけ、適度にざわざわしていた。声や足音が交錯する中、環ROYはゆっくりと、まるで作品を鑑賞するかのように場内を歩きながら、最初のひとこと「声」という言葉を発する。

そこから始まるフリースタイルは、ヒップホップライブの常套手段であるバックトラックもブレイクビーツも使用しない、限りなくミニマルなパフォーマンスだ。

Photo : Takehiro Goto

やがて、赤ん坊の泣き声が微かに混じる。普通なら“ノイズ”と捉えられそうなその音を、環ROYは瞬時に取り込みながらこう紡いでいく。

「声、鳴き声。鳴き声。声、意味言葉、鳴き声。

形作られ、整理されて音、いい言葉、俺、君、いい声。」

周囲のささやき声や足音までもが即興の素材になる中、さらに観客の一人(実は筆者自身…)がiPhoneを床に落とし、カランと響いた瞬間には「iPhoneが落ちる音」までがラップに取り込まれ、テクノロジーや宇宙開発の話題へと連想が波及する。偶発的な事象が次々に言葉へと変換される様子は、まるで“ミニマルな空間がもつ余白”が即興のエネルギーを増幅させているかのようだった。

後日、筆者が所属するギズモード・ジャパン編集部の公式アカウントで「iPhone落下事件」として言及された。

Photo : Takehiro Goto

環ROYさんがカール・アンドレ作品の展示場内で即興ラップを披露したイベントは優秀なキュレーターさんが考えた素晴らしい試みでした。見惚れて派手にiPhoneを落としたら、そのアクシデントもライムに組み込まれた。あれは僕です(爆)。 #ギズ編集長日記 #DIC川村記念美術館 #環ROY https://t.co/p7Mnd8kU7j

— ギズモード・ジャパン(公式) (@gizmodojapan) August 29, 2024

「まさか落としたスマホがラップのネタになるとは」という驚きの声が寄せられたことも、実にこの日の象徴的なエピソードと言える。

言葉の円環構造が示すナラティブ

環ROYのフリースタイルは、テクノロジーや宇宙への憧れを経由しながら、最終的に再び「声」へと帰ってくる。彼自身、「太陽月、一と二東西、東西太陽月、太陽、月満ちてかける月、満月、半月、公園、鳴き声」と天体や季節の映像を散りばめつつ、

「繰り返す1と2、二つの拍 繋がりを持った 言葉は音楽に変わった

そして音に戻り、時と場に溶け、時と場は物語を紡いでる──」

と語り、自然のリズムと自身の声の循環を重ね合わせる。カール・アンドレの作品が“場”を取り込みながら成立するのと同様に、環ROYは偶発的に生じるあらゆる音や存在を言葉にしてしまう。

全編インプロビゼーションで紡ぎ出される言葉はしかし、ここにきて、環ROY自身の楽曲「ことの次第」からの「引用」によって構成される。

参考:「ことの次第/環ROY 」の歌詞

しかし、そこには二拍=ニ進法=コンピューティング、のような深読みしようとすればいくらでもできてしまう奥行きがそこに存在している。それらが、いずれも純粋な「音」に還元されていくこの構造は、まるでスタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』さながらの、地球から地球へという“円環”を体現していた。

Photo : Takehiro Goto

私にとってDIC川村記念美術館は、妻がかつてスタッフとして働いていたという縁もあり、特別に思い入れのある場所だ。そんな佐倉の地で起きた、カール・アンドレと環ROYの思わぬ邂逅は、美術館イベントという枠を超え、むしろ“作品の一部”として忘れがたい記憶を残している。

フリースタイルの核心──「声」だけで描き出される世界

レポートとして改めてフリースタイルの流れを追うと、冒頭の「声、鳴き声」から、赤ん坊やiPhoneの音、季節や自然、イーロン・マスク、ロケット、そして宇宙やテクノロジーへと自在に広がったあと、環ROYはまた“整理される前のこと”へと立ち戻っていく。

「声、言葉、鳴き声、意味、形作る、近く、遠く……

鳴き声は整理され声に変わる。声は言葉となって、意味をまとう。意味は時と場を僕らに与え、時と場は物語を紡いでる──」

こうして円環的にまとめられる言葉の流れは、ミニマルな美術作品に囲まれた空間と呼応しながら、その場にいた人々の鼓動や呼吸、感情すらも“作品”へと巻き込んでいくかのような力を宿していた。

Photo : Takehiro Goto Photo : Takehiro Goto Photo : Takehiro Goto

かけがえのない「場」を生み出すアートの力

後になって佐倉市の美術館閉鎖や六本木・国際文化会館への移転が報じられたが、あの日の即興パフォーマンスは、その前触れなどなかった頃のDIC川村記念美術館を象徴するような、自由で柔らかな空気を凝縮した瞬間だったと言えるだろう。作品・空間・観客・音、それらすべてが溶け合う時間を生み出せるのが、アートのもつ底知れない可能性だ。

Photo : Takehiro Goto

そして、ビートのない「声だけ」の世界がいかに多層的で深みのある表現を可能にするか、環ROYの即興パフォーマンスは見事に証明していた。赤ん坊の声もiPhoneの落下音も、最後には「声」へと回帰し、見事な「円環の物語」を描く──それこそが、カール・アンドレ× 環ROYの邂逅がもたらした最高の軌跡だったのではないだろうか。

そうして残されたのは、再現不可能な「その瞬間だけのミニマルな空間」の記憶である。移転の話が出た後も、それ以前の自由闊達な空気感を思い起こさせるように、あの円環(ループ)は今なお私たちの中で鳴り響いている。

【庭園の開放について】
美術館は3月31日で佐倉市での運営を終了いたしますが、庭園の一部を縮小し、5月1日より開放いたします。なお、4月1日から30日は整備のため休園いたします。

無料送迎バス、東京駅からの高速バスは、今月末をもちまして運行を終了いたします。https://t.co/vB6c20fkzI

— DIC川村記念美術館 (@kawamura_dic) March 26, 2025 Photo : Takehiro Goto

環ROY 最新の活動

絵本「よなかのこうえん」(福音館書店) 環ROY 文 / MISSISSIPPI 絵

舞台作島地保武と環ROYによるパフォーミングアーツ『あいのて』

U-zhaan×環ROY×鎮座DOPENESSでのライブ活動

人類学者の川瀬慈との対話

雑誌「暮らしの手帖」へ随筆を寄稿(読みたい方はこちらから)

ファッションショー(meanswhile 2025 A/W)の音楽を制作

Source : DIC川村記念美術館 / 環ROY | Tamaki Roy

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