阪神・淡路大震災が起きて30年が経ちました。NHKでは1995年に発生した同震災と地下鉄サリン事件をきっかけに書かれた村上春樹の連作短編集『神の子どもたちはみな踊る』(新潮社)を原作にオリジナルドラマ『地震のあとで』を制作。4月5日(土)22時から4週連続で放送します。
第1話『UFOが釧路に降りる』は、阪神・淡路大震災が起きた1995年が舞台。ニュースを見続ける妻・未名(橋本愛)が手紙を残して疾走し、夫・小村(岡田将生)は茫然自失のまま、職場の後輩から「箱」を預かり北海道・釧路へ旅に出ます。そこで出会ったものとは――。
未名役を演じた橋本愛さんに、オファーされた経緯や地震をテーマにした作品へ出演する思いなどを伺いました。
――『地震のあとで』の未名(みめい)役をオファーされた経緯を教えてください。
橋本 制作統括を務める山本晃久さんからお声掛けいただいたのがきっかけです。映画『熱のあとに』に出演した際、山本さんがプロデューサーを務めていて、「次の作品で、あなたの顔が必要なんです」と言われました。嬉しかったですし、「それはどんな顔なんだろう」と、私自身興味を持ちました。ドラマではその一部が見せられたかなと思います。
――ほぼセリフがなく、とても難しい役柄でしたね。橋本さんの表情が非常に印象的でした。今作に、最初どんな印象を持ちましたか?
橋本 まず原作を読んだのですが、間接的に震災の影響を受けた人たちを描いている点が興味深かったです。神戸に知人がいない人でも、ニュースによって衝撃を受けたり。きっとそれは日本中の大多数の人々の姿で、私もその翌年に生まれたので、その震災との距離感に近いものを感じました。
この作品は被災した当事者を応援する内容ではないから、その意味では「ぜひ見てください」とは、簡単にはお願いしにくいですね。当時を思い出すかもしれないから。もしご覧いただけるのであれば、「安全な状況で見てほしい」とお伝えしたいです。
――阪神・淡路大震災に関して、どんなことを考えましたか?
橋本 地震は、今でこそ「いつどこで起きてもおかしくない」感覚がありますけど、資料などを見ると、当時はそういう意識がなくて、震災はあり得ない出来事だったのだと感じます。そこが現在との大きな違いだと思います。「自分の見ている景色が、確固たるものではない」という、受け継がれてきた意識の起源に触れた気がしています。
1995年という年は、1月に阪神・淡路大震災が、3月に地下鉄サリン事件が起きて社会が大きく揺らいだときでした。1996年に生まれた私という人間は、そういう「揺らぎ」の後に形成されたものなんだと感じました。
――橋本さんが演じた未名は、原作では名前も登場しないキャラクターなんですね。
橋本 ドラマでもセリフはほぼないので、佇まいだけでいろんな言葉や思いが伝わるように努めました。
役作りでは、村上春樹さんの原作と、エッセイ『辺境・近況』を読み込みました。
エッセイは阪神・淡路大震災から2年経った神戸の街を村上さん自身が歩いたときのことを綴っています。その中でバーベキューに興じる家族連れを見かけるんですけど、「平和な風景の中には、暴力の残響のようなものが否定しがたくある」「その暴力性の一部は僕らの足下に潜んでいるし、べつの一部は僕ら自身の内側に潜んでいる。ひとつは、もうひとつのメタファーでもある。あるいはそれらは互いに交換可能なものである。彼らは同じ夢を見る一対の獣のように、そこに眠っているのだ」と書かれています。きっと、私の演じた未名は、地震という暴力によって、自身に潜む暴力も目覚めてしまったのではないかと思うんです。
――自身に潜む暴力、ですか?
橋本 そうです。原作で未名はテレビを見続ける描写がありますけど、本当は何を見ていたのかわかりません。「テレビの前で過ごした」「テレビの前から離れなかった」と書かれていて、「テレビを見ている」とは一度も出てこない。本当は何を見たのか、彼女自身もわかっていないのかもしれません。だからこそ、小村を混乱させる存在になり得たのでしょう。私自身も1つの答えを持たずに演じました。
大地震が起きた直後は現実なのかどうか、認知するまでに時間がかかりますよね。現実だと理解しても、意識と体が追い付かない。東日本大震災が起きた時、私は中学校の卒業式帰りでテレビから現場の様子を知ったんですけど、現実のこととは思えませんでした。表現は難しいのですが……まるでドラマを見ているようで……。私が演じた未名にも、そういう感覚が渦巻いていたんじゃないかなと思っています。
――地震の映像を見てどんな心情になるか、橋本さんご自身が丁寧に追ったんですね。
橋本 当時の息遣いをつかむため、阪神・淡路大震災の映像をいくつも見ました。気がついたのは、恐ろしいことに見慣れた映像だということです。
ずっと見続けていると、自分がその場にいる気がしてくるんです。私は地元・熊本で起きた地震を思い出しました。『辺境・近境』で「建物が倒壊した空き地が、まるで歯が抜けたあとのようにぽつぽつと点在し」と書かれているんですが、熊本地震から数カ月後に帰省した時に見た光景と重なるものがありました。意識と体の分離というか、別離みたいなものを感じて、その痛みは地震というテーマに触れた際にどうしても存在するのだなと思いました。
――完成したドラマを見た感想を聞かせてください。
橋本 ドラマでは、「中身がない」「空っぽ」がメタファーとして登場します。でも正解を導きだそうとすればするほど、矮小化してしまう気がして。共演した岡田将生さんを始め、皆さん今作に対して「言葉にできない」「正解がわからない」とお話されていたんですけど、本当にその通りです。私はわからないまま大切に取っておきたい物語だなと思います。
それにしても、これだけ脚本や原作という文字に触れているのに「言語化できない気持ちを抱く」とは本当に不思議です。「文字じゃないものを書く」という文学の奥深さを感じて震えました。
あと俳優としてうれしかったのは、「つながったんだ」と感じた場面ですね。冒頭の私がクローズアップされる場面で、無意識に少し震えているんですけど、終盤のあるシーンで、岡田さんが少し揺れていたんです。
たまたまか狙ったのかわかりませんが、個人的には嬉しかった瞬間です。
――視聴者にぜひ注目してほしいですね。
橋本 そうですね。純粋な原作ファンとしては、「小説で思い描いた世界が、そのまま映像になった」という感動もあります。地震は私たちにとって現実の出来事ですが、作品は異世界のような世界観が面白くて続きが気になります。
――1話以降も3つのドラマが映像化されます。楽しみにしているものはありますか。
橋本 個人的には、原作で印象的だったシーンがどうなっているのか気になりますね。
『アイロンのある風景』の焚き火シーンで、登場人物の2人が「火が消えて真っ暗になったら、一緒に死のう」と言い出すんです。でも焚き火が消える前に、眠ってしまいそうになる。「焚き火が消えたら起こしてくれる?」と尋ねると、「心配するな。焚き火が消えたら、寒くなっていやでも目は覚める」と返す。そのセリフが大好きで。
――死を見つめているのに、「生」を強烈に感じさせる表現ですよね。
橋本 そうなんです。「目が覚めたらきっと2人は家へ帰るんだろうな」と思わせる描写でした。
ドラマでは原作で描かれていない2025年の世界を表現しているので、どんなお話になっているのかとても楽しみです。
――主演の岡田さんとは映画『告白』以来の共演でしたが、いかがでしたか?
橋本 大人として再会できてうれしかったです。『告白』は私の商業映画デビュー作で、私が中学生、岡田さんは先生役でした。
今作は1つの答えを明示するような作品ではないからこそ、岡田さんの演じた小村役は大変さがあったはず。私が小村役だったら、相当悩んだと思います。未名は、小村(岡田)と目を合わせる場面すらないんですけど、見えない部分で感じる岡田さんの佇まいや立ち居振る舞い、声に、物語の言語化できない世界観が描かれている気がしました。
――撮影現場はどんな雰囲気でしたか?
橋本 岡田さんとは、「ミステリアスな雰囲気が必要かな」と距離を保っていましたし、他の皆さんとも共演シーンが少ないのであまりお話する時間がなかったんです。
でも出演のきっかけをくださった制作統括の山本さんが料理上手で、最高においしいごはんをいただきました(笑)。映画『熱のあとに』に出演した際もごはんをつくってくださったんですよ。
――素敵ですね。印象的だった出来事はありますか?
橋本 撮影で伺った夏の釧路が最高で、大好きな場所になりました。草原のシーンのため1泊したんですけど、雄大な自然が本当に美しくて。満天の星空は忘れられません。
――あの場面、視聴者の印象に残ると思います。
橋本 草原に立つ私を岡田さんが見るシーンは、岡田さんの視線の先に本当に私が立っているんです。いつもなるべくそうしているんですけど、撮影後に岡田さんから、「いてくれて助かった。ありがとう」とお礼を言われて。「自分がしたことに意味があったんだ」と思えて嬉しかったですね。
――演出に関して相談したことはありますか?
橋本 未名がどう座るかはよく話し合いました。体育座りなのか、横座りなのか。ソファーに座るのか、座らないのか。カーディガンを羽織って、動いた形跡を残してみたり。いろいろと工夫しました。
――村上春樹さんの作品に出演することに、どのような意義を感じていますか?
橋本 私、村上さんと誕生日が一緒なんです。お会いしたことはないんですが親近感というか、繋がりを感じています。
今作のように異界と繋がるような感覚が得られる作品は少ないので、これまでと違う挑戦となりました。
村上さんの作品では、自分の可能性を試されましたし、自分自身を発見する機会にもつながりました。
意義のある作品に自分が携われることがすごく嬉しいなと思います。
――作品で描かれる箱の中身は謎のままですが、橋本さんは何が入っていたと思いますか?
橋本 わからないです。私は何も入ってなかったと思っていますけど……。
あの箱の存在って、いい意味で“妙”なんですよ。小村の後輩社員・佐々木(泉澤祐希)や、小村が釧路で出会うシマオ(唐田えりか)とケイコ(北香那)にも通じる奇妙さがあります。人間と宇宙人の狭間みたいな。それがこの作品の面白さでもあると思います。
橋本愛(はしもと・あい)
1996年1月12日生まれ。熊本県出身。2010年、映画『告白』で商業映画デビュー、注目を集める。2013年、映画『桐島、部活やめるってよ』などで第36回日本アカデミー賞新人俳優賞ほかを受賞。テレビドラマや映画に俳優として多数出演するほか、週刊文春の『橋本愛 私の読書日記』をはじめファッションや写真に関する連載を持つ。幅広く活躍中。
文=ゆきどっぐ
撮影=松本輝一