「自分を正しく届けるためにエッセイを書いている」という松井玲奈さん。「松井玲奈」ではない別人格を演じるお芝居と執筆とは、どのように取り組み方を変えているのでしょうか。エッセイにたびたび登場する食べ物への思いもお聞きしました。(全2回の後篇。)
――「松井玲奈」を表現するエッセイと、「松井玲奈」以外の人格を演じるお芝居の仕事。それぞれ、どのように意識を切り分けているのでしょうか。
まず、お仕事のお話をいただいた段階で「この仕事では、私は何を求められているのか」を考えるようにしています。
たとえばお芝居では、「松井玲奈であること」を消すことが役目だと思っているので、「このキャストが玲奈ちゃんだと思わなかった」と思われるような演技を心がけたりしていますね。
これは小説も同じで、「松井玲奈が書いた小説」だと思われないことをいちばんに意識しています。今書いている小説は芸能界をテーマにしていますが、自分からは完全に切り離した目線で書いているので、逆に「これって実体験ですよね」と思われたら失敗だなと自分では思っています。
でもエッセイは逆で。「松井玲奈らしさを100%出す」という意識で書いています。自分の半径5メートル以内のことを、「私を正しく知ってほしい」という思いで書いているつもりです。
――大勢でひとつの作品をつくりあげていくお芝居と、自分ひとりで自分のなかに向き合って文章を書いていく小説やエッセイでは、向き合い方も異なります。どう両立させているのでしょうか。
自分で「えいっ」とスイッチを切り替えなくても、それぞれ環境が違うので、自然に切り替わります。たとえば家の仕事用の机の前に座ったら「文章を書く」というモードに変わりますし、現場に行ったらお芝居をする自分に切り替わる。そんな感覚です。
自宅の仕事机は、ただ本棚とパソコンがあって、文字を書けるスペースがあるだけなのですが、作業場が欲しくてつくりました。セリフもだいたいここで覚えています。
――執筆の時間も、ある程度決めているのですか?
決めてはいないんです。自分のなかにモヤモヤが溜まって、「これ書けそうだな」という思いが強まり始めたら、何日か前から「この日に書こう」と決めて、書く。そんな感じです。
書く時間は、午前中の方がはかどりますね。夜になるほど怠けてしまうので、「書く」と決めた日は、朝起きてすぐ書く。そして書き終わってから好きなことをやるようにしています。
昔は夜型だったのですが、仕事を始めてからは、なぜか朝型になりました。
――お芝居の時と書いている時の「松井玲奈」に違いはありますか?
お芝居の時は、現場の波に乗ってお芝居をしているので、まわりに委ね、起きたことに対して受け身で反応している部分が大きいです。
それに対して、書く時、特にエッセイを書く時は、自分から波を起こして、その波に乗っていかなければいけません。ですから、自家発電なのかそうじゃないのか、というところが大きな違いだと思っています。
――今回のエッセイではいろいろな角度から「波」を起こされています。テーマはどんなふうに見つけているのですか?
私は自分の好きなことにはのめり込む反面、興味のないことにはとことん興味がないので、常日頃アンテナを張っているというよりは、自分がそのときに興味・関心があることについて書いているように思います。
たとえば「ベイキング」を書いたのは、「今はもうベイキングにしか興味がない」みたいな時でした。いまはもうベイキングは“卒業”して、編み物にハマっているのですが、あの時は生活の半分以上をベイキングが占める毎日を過ごしていたので、自然と「よし、ベイキングのことを書こう」という流れで書きました。
凝り症なところがあるのですが、関心がないことはほとんど忘れてしまうので、自分の意識が向き、フォーカスしやすい状態のなかから生まれてくる作品ばかりが残っているのではないかと思います。
――松井さんの食べ物のエッセイは、食べ物への愛を感じて、読んでいてとても楽しいです。
ありがとうございます。多分私のなかでは、美味しいものを食べている時が、一番気持ちや脳が活性化しているからだと思います。
友人が全然覚えてない食事の内容を「あなたはこれを食べて、これが美味しいって言ってたよ」と覚えていたりするのも、私が美味しい食べ物に強い興味があるからなんだろうなあと思います。
いつ、どこで、誰と食べて、どんな盛り付けで、味付けはどうだったか、などを事細かに覚えているのですが、それは、美味しいものを食べる時は、幸せで記憶にインプットされやすいからだと思います。だから書いている時も楽しくて幸せで、それがそのまま文章に出ているのかもしれませんね。
――昔から食べることは松井さんにとって特別だったのですか?
そうですね、子どもの頃から映画でも絵本でも物語でも、食べ物が出てくる作品がすごく好きでした。でもそれは、私が偏食で、小学校入学までほとんど食べられるものがなかったから、という理由もあると思います。親はホットケーキに野菜を混ぜるなど、かなり食事に苦労していたそうです。
そんな子どもだったので、自分が本当に美味しいと感じたり、食べる楽しさを人と共有したりという経験がなかったんですよね。なので、大人になって友達と同じものを食べて「これ、すごく美味しいね」と共有できる時間を、すごく特別な体験に感じます。
――食べることが「楽しい」と思えるようになったのはいつ頃からですか?
大人になって、自分で自分の食べたい量を食べたい時に選択できるようになったくらいからでしょうか。
あとは、一人暮らしを始めて、自分で料理をするようになってからですね。とはいえ、料理なんてまったくできなかったので、近所のスーパーでいろいろな食材を買ってきて、ひたすらずっと煮込む鍋料理オンリーでしたが、好きなものしか入っていない自分だけのオリジナル鍋なので、毎日具材も味も違って楽しかったんです。
そういうところから、少しずつ食べることが楽しくなってきて、もっとこういうものを作ってみたいとか、外で食べたパスタがすごく美味しかったけど、食べきれなかったから、家で自分が食べられる量で作ってみよう、など工夫するようになりました。
――「私だけの水槽」では、一人でコースディナーを楽しんだことも書かれていました。緊張するのかと思いきや、意外にゆったりと心安らぐ時間を過ごせたようですね。
そうなんです。もちろん、友達と一緒にご飯を食べるのも好きなのですが、誰かと一緒だと、その人に食べる速度を合わせないといけないと変に気を遣ってしまい、食事そのものを楽しめないこともあります。
その点、お一人様コース料理は、気楽に味わえる、大人だからこその贅沢な食事だと思いました。それにコース料理は、品数は多いけれど一品の量は少なめなので、「早く食べないといけない」という心理的負担が少ないように感じました。
――大人になるとできることが増えますが、時間には限りがあり、全部をやりきることは不可能です。そんな中、松井さんはどのように優先順位をつけているのでしょうか。
最近は朝起きたときに、その日やりたいことを書くようにしています。使っている日記兼手帳の、日付欄の横にチェックボックスが5つあるので、そこにたとえば、「ここまでのメールは返す」「小説を書くためのアイデア出しをする」など、まずは仕事の予定を5つ書くようにしています。
「映画を観る」「編み物で帽子を完成させる」など、自分が好きでやりたいことは、仕事とは別欄に書いておき、時間があまったらそのときできるものを選択しています。予定達成できた時にチェックボックスに×を入れる瞬間がすごく幸せなのですが、5つ全クリできた日は「ちゃんと自分の決めたことができた」という達成感が得られて、「今日は充実した一日だった」と自分を褒められるので、おすすめです。
――今年1月にご結婚されました。これまでとは違う忙しさもあるのではないでしょうか。
相変わらず自分らしく生活しているので、大きな変化はあまりないです。でも、犬が増えたことは大きな変化ですね。飼い猫のノヴァとルナのそれぞれの反応の違いも面白くて、今までは猫の話をよくエッセイに書いていましたが、今後は犬も登場するだろうなと(笑)。
猫がいる生活はいいものでしたが、犬もいる生活はもっといいものだったので、今後はそういった話も書いていけたらいいなと思っています。
衣装クレジット
ジレ 104,500円、スカート 41,800円/ともにエズミ(リ デザイン)、カットソー 31,900円/プント ドーロ(ブランドニュース)、アクセ、靴/スタイリスト私物
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文=相澤洋美
写真=佐藤 亘