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カリフォルニア出身、東京在住。そして焼津市との二拠点生活を始めた編集者とは?

  • 2024年2月9日
  • コロカル
焼津での生活は予期せぬものだった

ルーカスB.B.。伝説的なユースカルチャー雑誌『TOKION』を創刊した人であり、現在も20年以上続くトラベル・ライフスタイル誌『PAPERSKY』の編集長を務める、“つくり続けている”人だ。

東京を拠点に各地を旅するように活動するルーカスさんが、静岡県焼津市との二拠点生活を始めたと聞いて、焼津にある彼の家へと向かった。日本各地を取材で訪れるルーカスさんは、なぜ焼津を第2の拠点としたのだろうか。

民家が並ぶ道路を走っていると、突如ほかの民家とは明らかに異なる前庭を持つ民家が現れた。明るい白系の石が敷き詰められた駐車場、庭にはミモザやオリーブの木が植えられ、タイルで囲われた小さなプールもある。一目でそれとわかるルーカスさんの家だ。

ルーカスさんが住む焼津の家。家の正面左に見えるガラスの扉を開けると、ルーカスさんのオフィススペースがある。

ルーカスさんが住む焼津の家。家の正面左に見えるガラスの扉を開けると、ルーカスさんのオフィススペースがある。

「僕はカリフォルニア出身だけど、庭はその雰囲気に寄せてるんだよね。サボテンやソテツもある。オフィスの窓を開けるとそこから植物の様子がよく見えていいんだよ」

出迎えてくれたルーカスさんは、異国情緒あふれる庭のこだわりを語ってくれた。ルーカスさんがスケッチを書き、庭師さんに見せてイメージを共有しアイデアをもらうというキャッチボールを繰り返した。

石の間には本当はクローバーを敷き詰めたいのだそう。「それはまだまだこれからだね」。

石の間には本当はクローバーを敷き詰めたいのだそう。「それはまだまだこれからだね」。

庭の植物

ルーカスさんのこだわりと遊び心はこの庭だけでなく、どうやら家の随所に生かされているようだ。家の中にお邪魔すると、新しくリノベーションを施した部分と、もともとの日本家屋の雰囲気が見事に調和した空間となっている。

そもそもこの家は、ルーカスさんのパートナーの香織さんの実家だというが、どうして焼津と東京の二拠点生活を始めることになったのか。ルーカスさんに案内されたオフィススペースをインタビュー場所に、まずはその経緯を訊ねた。

「この家には妻の父親と祖母がもともと住んでいたんだけど、おとうさんが脳梗塞になってしまって、介護施設に入ることになったんだ。だけどそうなるとおばあちゃんひとりになってしまうから、僕らが一緒に住もうということになったんだよね。妻は実家に戻ることをあまりイメージしてなかったみたいだけど、僕はいいんじゃないかと思った。それがだいたい3年ぐらい前かな」

ルーカスさんの横顔

そうして東京と焼津を行き来する生活が始まったが、あるひとつの問題が浮上した。

「この家には近所の人やおばあちゃんの友だちがやってくるのね。僕は玄関横の部屋でよく仕事をしていたんだけど、みんな僕が仕事していると思ってないから、おばあちゃんたちの話し声とか笑い声がすごい(笑)。リモートで打ち合わせしてるときにもその声が入っちゃったりするから、家の中で問題なく仕事できる場所がほしかったんだ」

築70年近く経っていた家の改装と合わせて、ルーカスさんは焼津における自らの快適な仕事場をつくろうと考えた。

トライ&エラーでじっくりつくり替えていった家

家のリノベーションは静岡県掛川市を拠点に活動する建築家の横山浩之さんが手がけた。

「例えば東京にいる建築家に頼んで、数回家を見て作ってもらうかたちだと、この家は難しいと思ったんだよね。頻繁に僕らとコミュニケーションをとって、そのプロセスに一緒に付き合ってくれる人じゃないと頼めないと思った。それで近所に住む友だちに相談したら、横山さんを紹介してくれて。ちょうどコロナ禍だったことも逆に幸いしてか、横山さんは僕らのプロジェクトにしっかり付き合ってくれた。じっくり進めることができたんだ」

“じっくり”とルーカスさんが表現したように、リノベーションを決めてから着工には1年ほどかかった。月に1回、ルーカスさんと香織さんと横山さんで家でお茶を飲みながら、理想の空間づくりに向けての話し合いが行われたという。

「本当に長い旅だよね。いろいろゴミがあったから、それを処分するのにもすごく時間がかかったし。でも今回リノベーションをやってみて、新築ってすごい楽だと思ったよ(笑)。だってゼロから描くだけだからね。でもこういう古い家は思い描いていた通りにならない。トライ&エラーで少しずつ良いものにしていくしかない。その時間がすごく楽しかったんだけどね」

ルーカスさんにリノベーションで生まれ変わった家を案内してもらった。

ルーカスさんがいる場所がオフィススペース。もともとは暗い畳の部屋だったそう。土間だが、床暖房が配備されているため寒くはない。

ルーカスさんがいる場所がオフィススペース。もともとは暗い畳の部屋だったそう。土間だが、床暖房が配備されているため寒くはない。

オフィススペースに設けられた棚にはお気に入りのインテリアやアートが置かれていた。

オフィススペースに設けられた棚にはお気に入りのインテリアやアートが置かれていた。

オフィススペースと居住空間の間には扉を設け、プライベートと仕事の境目をはっきり分けられるようにした。これでおばあちゃんの友だちが来ても、双方気兼ねなく各々の時間に没頭できる。その扉のデザインも、ルーカスさんと香織さんで考えたという。

「オフィスはモダンだから、あんまり古風な感じにしたくもない。光が入るようにしたいけど、全部は見えて欲しくないなあとか。そういったことを考えながら扉をつくるのはおもしろかったよ」

新たに設けたトイレはオフィスからも居住スペースからも入れるように、扉がふたつ付いている。

新たに設けたトイレはオフィスからも居住スペースからも入れるように、扉がふたつ付いている。

かつては座卓のある居間でルーカスさんは仕事をしていた。畳は一般的な家庭では見られない、合わせ目が十字になる並べ方。座卓は足を切り落としモダンなデザインにつくり替えた。

かつては座卓のある居間でルーカスさんは仕事をしていた。畳は一般的な家庭では見られない、合わせ目が十字になる並べ方。座卓は足を切り落としモダンなデザインにつくり替えた。

縁側もゆったりと安らげる場所に。奥にはおばあちゃん専用のデスク。

縁側もゆったりと安らげる場所に。奥にはおばあちゃん専用のデスク。

床の間には空間を威圧しないよう、木工作家さんにつくってもらったという小さな仏壇が。掛けられているのは画家・GOMAさんの絵。仏壇との見事な調和を見せる。

床の間には空間を威圧しないよう、木工作家さんにつくってもらったという小さな仏壇が。掛けられているのは画家・GOMAさんの絵。仏壇との見事な調和を見せる。

居住空間は、ベースの空間を生かしつつも随所にリノベーションが施されていた。畳や床の間、座卓。そうした日本的な部屋の要素をルーカスさんたちは独自の解釈で再構築し、和の空間に新鮮な開放感をもたらしていた。

2022年の春頃から始めたという工事は、今では家も庭もほぼ完成しているように見えるがルーカスさんは「もう完成だとは思いたくないね」と笑いながら語る。

「完成といわれると寂しくなっちゃうね。裏にも庭があるから、これからハーブとか野菜をつくったり。永遠にメイキングのままでいたいね」

外国人を引き寄せる焼津の不思議な魅力

家の中には所々テーブルや座布団、椅子が置かれており、ルーカスさんはオフィススペースだけでなく、そうした家の中に点在する“職場”を移動しながら日々仕事をしているという。

「家の中を動きながら仕事をするのはすごく楽しいよ。この家に暮らしながらゆっくりリノベーションを進めていけたから、朝から夕方まで、時間帯によって家にどのように日が入ってくるかも考えることができたんだよね」

家の正面の窓辺には机を設置して、綺麗なサンセットを眺めながら仕事ができる。

家の正面の窓辺には机を設置して、綺麗なサンセットを眺めながら仕事ができる。

縁側の椅子でも。昼過ぎには心地いい日差しが差し込んでくる。

縁側の椅子でも。昼過ぎには心地いい日差しが差し込んでくる。

現在は取材がないときは東京が6、焼津が4の割合で二拠点生活をしているそうだ。住むようになったのはここ数年だが、香織さんの故郷ということもあり20年以上も前から焼津をよく訪れていたというルーカスさん。そんなルーカスさんに、焼津の魅力を尋ねてみた。

「漁師のまちだから、もしかしたら結構怖いイメージを持っている人が多いかもね。でも実際はいい心を持った人がたくさんいる。実際に住んで、このまちに入り込むほどにすごくそういうのを感じるね。愛情がすごくあるまち」

PAPERSKYの文字が印字されたルアーは、地元の海ゴミからアップサイクルされたもの。

PAPERSKYの文字が印字されたルアーは、地元の海ゴミからアップサイクルされたもの。

「港があるから、漁業関係で働く外国人も結構多いんだよ。おもしろいのは『ジャマイカ情報センター』という観光局的なNPO法人が焼津にあってね。ジャマイカ人の理事長が言うには、焼津の港と故郷のキングストンの港が似ていたから焼津にしたんだって。それと僕は小泉八雲が大好きなんだけど、八雲も夏休みを焼津で過ごしていたんだよね。彼の故郷はギリシャなんだけど、ジャマイカの彼と同じで、何か懐かしさを焼津に感じていたらしい。そんなふうに、みんなの故郷や思い出につながるものが焼津にはあるのかもね」

だいたいのことは遊びから始まる

「お気に入りの場所に案内するよ」

車で数分の場所にあったのは綺麗に整備された芝生と、その先に太平洋の雄大な景色が広がっている光景。

「ここは石津海岸公園というんだけど、焼津にいるときは朝ここらへんを散歩するんだ。海から太陽が出てきて、天気がいいと富士山が向こうの山の奥に見えるし、伊豆半島も見える。海と山があって、おいしい魚が食べられて、空気が綺麗。おしゃれなスポットとかはないけど、気持ちいい場所だよ、焼津は。日本だけじゃなくて世界中いろいろ旅してきたけど、住むなら焼津でいいんじゃないかな(笑)」

石津海岸公園。この日は残念ながら見えなかったが、駿河湾越しの富士山が望める絶景スポット。

石津海岸公園。この日は残念ながら見えなかったが、駿河湾越しの富士山が望める絶景スポット。

福井の「鯖街道」や大分の「国東半島峯道ロングトレイル」など、『PAPERSKY』で日本各地のトレイルを歩く連載をしているルーカスさん。実際に名前のあるトレイルを歩くだけではなく、自らがトレイルを「つくる」ことにも興味があるそうで、焼津でもこの石津海岸公園を起点に新たなトレイルを“発掘”したという。

「川根のまちと焼津の海をつなぐ『鰹トレイル』を今つくろうと動いてるんだ」

太平洋に面した焼津と南アルプスのふもとに位置する川根をつなぐ道を、ルーカスさんは「鰹トレイル」と名付けた。

「日本には鯖街道とかぶり街道とか、魚を運ぶトレイルが結構ある。川根と焼津も山と海だから何かトレイルがあってもいいなと思ったんだ。川根は山のふもとだから鰹は獲れないでしょ。じゃあきっと川根の人たちは鰹を食べたいと思って、焼津から鰹を届けるような道があったんじゃないかなと考えた。川根で採った木が、焼津で船づくりに使われていた歴史もあるから、そういった背景を意識しながら新しいトレイルをつくろうかなと今動いてる」

現状のざっくりとしたルートは、石津海岸公園からスタートし、焼津と静岡の間に位置する満観峰という山を上がり、川根の方面へ向かうというもの。トレイルの開拓は役場職員など、ルーカスさんのアイデアをおもしろがってくれた地元の人たちと協力して行われている。

この焼津で新たなルーカスさんの仕事が始まるんですね。ワクワクした気持ちでそう述べると、ルーカスさんは即座に否定した。

「仕事じゃないよ。完全に今は遊び。だいたいのことは僕は遊びから始まる。で、ラッキーなときは仕事になる。でも、そのほうが自然だと思うけどね」

2022年にはPAPERSKYが企画する自転車ツアープロジェクト「ツール・ド・ニッポン」を焼津で行った。

2022年にはPAPERSKYが企画する自転車ツアープロジェクト「ツール・ド・ニッポン」を焼津で行った。

「別に焼津に住み始めたことで僕の仕事のスタイルが変わったわけじゃない。焼津で過ごす時間が長いから、自然と鰹トレイルみたいなおもしろいものに出会える時間が増えているだけで、どこに居ても僕はおもしろいものを探しているんだよ」

焼津で暮らし始めたからといって、雑誌づくりに大きな変化があったわけではないと語るルーカスさん。ルーカスさんにとって、ローカルとは特別なものではない。どこにでも、クリエイティブの種は埋まっているのだ。

夢を“見る”ことが大事

東京と焼津の二拠点生活は、決してルーカスさんが前々から計画していたものではなく、予期せぬものだったはずだ。しかし、ルーカスさんは二拠点生活を始めて「本当にいいことばかり」と、心から今の生活を楽しんでいる。

「逆に家の事情があって、焼津での生活を決断しなきゃならなかったことがよかったんだよね。日本に来てからずっと東京に住んでいて、もちろん東京も大好きなんだけど、もうひとつ拠点となる場所がずっと欲しいと思ってた。でも取材でいろいろな場所に行くから、逆にどの場所もいいなと思っちゃって住む場所はなかなか決められなかった。多分、今回のような問題が出てこなかったら、まだまだ二拠点生活は始めてなかったと思う」

おばあちゃん専用のデスク。ここで本を読んだり絵を描いたりしているそうだ。

おばあちゃん専用のデスク。ここで本を読んだり絵を描いたりしているそうだ。

「おばあちゃんと一緒に生活するのもすごく楽しいよ。おばあちゃんは93歳なんだけど、僕とは“軸”がまったく違うから、ある意味毎日違う旅に出かけるような感じになる。

世界が違うんだけど、それがおもしろい(笑)」そう笑って、おばあちゃんとの同居生活を語るルーカスさん。日常のなかに旅を感じる感性が、二拠点生活をより豊かなものにしていることに間違いはないだろう。

石津海岸公園からうっすらと伊豆半島が見える。その伊豆の山々のはるか先、太平洋を超えたところにルーカスさんの故郷・カリフォルニアがある。きっと、今ルーカスさんが日本にいることも、自らの気持ちに動かされて、旅するように心地よく生きてきたことの結果なのだろう。

石津海岸公園のベンチにて。

石津海岸公園のベンチにて。

「二拠点生活」という言葉には大きな魅力がある。ローカルの暮らしや魅力が再発見されている今、その言葉に大きな夢を抱き、そしてある種それを目標にして暮らしている人も多いのではないだろうか。ルーカスさんは『PAPERSKY no.69』の巻頭エッセイでこんなことを書いている。

最近、人々は“ゴール”と“夢”を混同し始めているのではないかと感じることがある。僕らが知るように、ゴールとは達成しようとするもの。一方、夢には、心が動かされて行動する以上の理由はない。ゴールには達成が伴い、多くの場合、プレッシャーや障害が伴う。片や、夢には、軽やかなハートと豊かな想像力、健やかな心と身体、そして自分自身と他者へのたくさんの愛が詰まっている。

「夢がストレスになっている人が多いんじゃないかと最近すごく感じるよね。もしかしたら『二拠点』という言葉もそういうプレッシャーがある言葉になってきているのかもしれない。夢がゴールになってしまったら、ストレスを抱えて生きることになる。そうじゃなくて、夢を“見る”ことが大事」

その言葉を聞いて、ハッとした。ローカルで暮らすことを、どこか「手段」のように考えていたかもしれないと思ったからだ。それはルーカスさんが「夢」と「ゴール」の混同を憂いたことにつながると思った。「手段」はいつか、ストレスや障害を招く。

自転車の引くルーカスさんの後ろ姿

「ローカルで暮らす」や「二拠点生活」は、とりあえず「夢」のままにしておこう。ルーカスさんのように、心の思うままに軽やかに。そうすればいつか……、自然と自分のいる環境が、自分にとっての一番いい場所になるはずだ。

「こうじゃないとダメって考えたら生きるのが難しくなる。そうじゃなくて、自分の環境のなかでみんな、楽しく生きることができると思うんだよ」

Creator Profile

ルーカスB.B.

1971年、アメリカ・ボルティモア生まれ。サンフランシスコ育ち。12才で雑誌制作を始めてから現在まで、読者の視野を広げ、インスピレーションを与えるメディアを制作し続けている。1993年、カリフォルニア大学を卒業し、卒業式の翌日にバックパックひとつで来日。1996年に日英バイリンガルのカルチャー誌『TOKION』を創刊。2002年にトラベル・ライフスタイル誌『PAPERSKY』を創刊。

Web:PAPERSKY

Instagram:@lucas_khm

writer profile

Rihei Hiraki

平木理平

ひらき・りへい●静岡県出身。カルチャー誌の編集部で編集・広告営業として働いた後、2023年よりフリーランスの編集・ライターとして独立。1994年度生まれの同い年にインタビューするプロジェクト「1994-1995」を個人で行っている。@rihei_hiraki

photographer profile

Atsutomo Hino

日野敦友

ひの・あつとも●フォトグラファー。愛知県名古屋市出身。会社員、スタジオマンを経て、若木信吾氏に師事。2023年に独立。現在、東京の片田舎で鳥2羽と生活中。取材を通じてさらに田舎へ行こうと画策中。ATSUTOMO HINO

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