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市営住宅の建て替えを初めて公民連携で実現した、画期的なプロジェクトとは?

  • 2023年8月31日
  • コロカル

この連載は、日本デザイン振興会でグッドデザイン賞などの事業や地域デザイン支援などを手がける矢島進二が、全国各地で蠢き始めた「準公共」といえるプロジェクトの現場を訪ね、その当事者へのインタビューを通して、準公共がどのようにデザインされたかを探り、まだ曖昧模糊とした準公共の輪郭を徐々に描く企画。

第2回は、大阪府大東市にある市営住宅の建て替えを、民間主導の公民連携型で進めた国内初のプロジェクト〈morineki〉。2022年度グッドデザインを受賞したこのプロジェクトを手がけた大東公民連携まちづくり事業株式会社(現〈株式会社コーミン〉)の入江智子さんと、グランドデザイン設定から建築デザインまでを担った〈株式会社ブルースタジオ〉の大島芳彦さんのふたりに話を聞いた。

morinekiのある大東市は、大阪市の東に位置する人口約12万人のまち。JR学研都市線四条畷駅から徒歩5分、生駒山系の自然と清流に守られたエリアに2021年3月にできた、まさに「準公共」と呼べるプロジェクトだ。古いまちを、デザインによってどのように市民のための新しい居場所に変えたかを探る。

民間主導による国内初の公民連携プロジェクト

矢島進二(以下、矢島): 〈morineki〉は、多々ある公民連携プロジェクトのなかでも、独自で新規性のあるスキームによって実現したと思いますが、なぜ実現できたかをお聞きします。まず最初にプロジェクトの概要を教えてください。

入江智子(以下、入江): morinekiをひと言でいうと、大阪府大東市による「市営住宅の建て替えを民間主導の公民連携型で進めた国内初のプロジェクト」です。市と民間が連携してPPP*手法を用いて、古い市営住宅があった約1ヘクタールの市有地を、民間賃貸住宅、オフィス、商業施設や芝生の都市公園などにつくりかえ、賑わいの場を創出し、地域全体のリノベーションの起点となるプロジェクトです。

市民にとって、ちょっと自慢ができる風景をデザインすることで、市にも土地の賃貸料収入や固定資産税などが新たに入り、地価も上がり、人口減少の歯止めにもなっています。

*PPPとはパブリック・プライベート・パートナーシップの略で、行政(Public)が行う行政サービスを、行政と民間(Private)が連携(Partnership)し、民間の持つノウハウを活用することで、行政サービスの向上、行政の業務効率化などを図るスキーム。PPPの中に、PFI(プライベイト・ファイナンス・イニシアティブ)、指定管理者制度、さらに包括的民間委託などのアウトソーシングなども含まれる。

PPPエージェントである大東公民連携まちづくり事業株式会社(現〈株式会社コーミン〉)が市のビジョンに基づき、テナントリーシングを行い、特定目的会社である東心株式会社が大東市とコーミンからの出資及び、金融機関からの融資で事業を実施。建物は東心株式会社が所有し、大東市はその民間賃貸住宅を市営住宅として借り上げるほか、公園・河川・周辺道路の整備を行う。(画像提供:コーミン)

PPPエージェントである大東公民連携まちづくり事業株式会社(現〈株式会社コーミン〉)が市のビジョンに基づき、テナントリーシングを行い、特定目的会社である東心株式会社が大東市とコーミンからの出資及び、金融機関からの融資で事業を実施。建物は東心株式会社が所有し、大東市はその民間賃貸住宅を市営住宅として借り上げるほか、公園・河川・周辺道路の整備を行う。(画像提供:コーミン)

〈コーミン〉代表取締役の入江智子さん。

〈コーミン〉代表取締役の入江智子さん。

矢島: 入江さんは市役所職員でしたが、このプロジェクトを実現させるために退職され、まちづくりのための会社に移籍したと聞きます。当時はどんな部署にいて、なぜこのプロジェクトはスタートしたのですか?

入江: 私は兵庫県宝塚市の出身で、京都工芸繊維大学を卒業後、大東市役所に入庁し、建築技師として市営住宅や学校などの営繕を担当していました。市営住宅の建て替え担当者は、交付金を使いごく普通のマンション形式にするのが通常の業務だったのですが、「本当にこのやり方でいいのか?」といった課題意識をずっと抱いていて、何か違う手法を探していました。

市営住宅の建て替えは、国交省による交付金制度できっちり固まっています。morinekiのような面倒な手続きをしなくても、粛々と建て替えができるシステムが用意されているのです。ですがそれでは「どこにでもある市営住宅」しかできません。

そうしたなか、市長がまちづくり専門家の木下斉さんの講演会に行き、岩手県紫波町での、国の補助金に頼らない公民連携の成功例〈オガールプロジェクト〉を知ったのです。

折しも第2次安倍政権によって「まち・ひと・しごと創生本部」が内閣に設置され、地方も自ら人の流れをつくり、稼ぐことが求められていました。大東市は、創生総合戦略に1.市民や民間を主役に据える、2.大阪市にはなく大東市にあるものを磨く、というふたつの政策的な視点を掲げ、その実行部隊として、市役所に「地方創生局」を新設しました。

その局長が、木下さんらが始動した「公民連携プロフェッショナルスクール」(現・都市経営プロフェッショナルスクール)の1期生として参加したのが大きな起点です。

〈morineki〉は、約3000平米の公園と、74戸の住宅のほか、レストラン、アウトドアショップ、ベーカリー、アパレル、雑貨などの店舗が軒を連ね、2階はテナント〈ノースオブジェクト〉の本社事務所になっている。

〈morineki〉は、約3000平米の公園と、74戸の住宅のほか、レストラン、アウトドアショップ、ベーカリー、アパレル、雑貨などの店舗が軒を連ね、2階はテナント〈ノースオブジェクト〉の本社事務所になっている。

morinekiの名は、「森」と、河内弁で“近く”を表す「ねき(根際)」をあわせた造語。〈UMA/design farm〉原田祐馬さんデザインのロゴマークは、mの字形と3本の新芽を表す。

morinekiの名は、「森」と、河内弁で“近く”を表す「ねき(根際)」をあわせた造語。〈UMA/design farm〉原田祐馬さんデザインのロゴマークは、mの字形と3本の新芽を表す。

オガール版デザイン会議と公民連携基本計画をトレース

矢島: その後すぐに、入江さんはお子さんと一緒に紫波町に移り住んだのでしたよね。

入江: はい。2016年春から夫を残してオガールに赴任し、オガール代表の岡崎正信さんのもとで9か月間、研修を受けました。morinekiは、当初からオガールをモデルにすると決めていたので、PPPのスキームなどを、現地でじっくり学びました。その間に、オガールで成果をあげた「デザイン会議」設置や、「公民連携基本計画」策定などのプロセスをトレースしていきました。そして、大東市版「公民連携基本計画」の作成に着手し、「デザイン会議」を開き、大島さんにも参加してもらいました。

山を借景としたランドスケープは、若い世代の流入に確実につながった。

山を借景としたランドスケープは、若い世代の流入に確実につながった。

矢島: 大島さんが大東市に初めて来たときの印象はどうでしたか。

大島芳彦(以下、大島): 市営住宅を見に来たら、想像以上に老朽化が進み、明るい雰囲気はなく、どうしようかとかなり悩みました。周辺にある高齢者施設や青少年センターなども、どれも半世紀ぐらい経った施設で、手を入れないといけないものが多く、これはチャレンジングなプロジェクトになると思いました。

〈株式会社ブルースタジオ〉クリエイティブディレクターの大島芳彦さん。

〈株式会社ブルースタジオ〉クリエイティブディレクターの大島芳彦さん。

矢島: 大島さんは、このプロジェクトでディレクション担当になるのでしょうが、どういう立場でどんな役割で関わったのですか。

大島: 私はまず「リノベーションまちづくり」の専門家として呼ばれました。すてきなデザインの建物を考える前に、対象地のある「北条エリア」のグランドデザイン、エリアビジョンの構築に取り組んだのです。この地域にどれだけ潜在的な魅力があるのかを検証し、炙り出し、再編集する。そしてその仮説とも言えるエリアビジョンをもとに市民の方々と「デザイン会議」を通じた意見交換をする。

その後、市民のみならず民間企業の共感をも促す「北条の樹」というまちづくりのコアとなるビジョンを完成させました。これはプロジェクトの初期段階で多くの人を巻き込むためのキッカケとなることを意図したものです。実際にまちをくまなく歩き、宝物を発掘し、歴史や文化、自然環境も含めたさまざまな文脈からこの地だけのストーリーをつくっていきました。

その後、入江さんらがこのビジョンをもとに始めたパートナー候補企業へのコンタクトや事業計画を積み立てている間、僕らはいったん現場を離れ、具体的な事業決定の段階になってから再召集され、建築設計やランドスケープのデザインを開始しました。

その段階ではすでに入居するテナント(パートナー企業)は確定しており、目指すべきビジョンを共有する彼らの意見をとり入れながらの設計でしたので、竣工後の運営イメージも具体的に議論するような有益なコミュニケーションができました。

morinekiは、住宅エリア、公園エリア、民間事業エリアの3つからなり、日常的に「住む人」「働く人」「憩う人」が混じり合って交差する。

morinekiは、住宅エリア、公園エリア、民間事業エリアの3つからなり、日常的に「住む人」「働く人」「憩う人」が混じり合って交差する。

グランドデザインをどう描くか

矢島: 大東市は昭和47年と50年に水害に襲われ、水害対策が優先され、平成のはじめには「赤字日本一」になってしまい、まちづくりが遅れたと聞きます。そうしたなかで、このデザイン会議は、どのように進めていったのですか。

大島: デザイン会議のあり方はさまざまだと思いますが、僕たちは市民の意見をただうかがうというより、専門家として仮説を立て、それを市民に提示し、これを活発な議論を生むためのきっかけとする。そんな手法をとっています。

この手法はとても有効だと思っています。多くの声、要望をまず集めてしまうとその答えは最大公約数的なものになってしまう。僕らのような客観的な視点を持つ第三者がまず先行して「こういうことではないでしょうか?」と仮説のストーリーを提示します。当然反対意見も出るのですが、それがむしろ進歩的な議論のきっかけになるのです。市民とのデザイン会議を単なる「ないものねだり」のヒアリングの場にしないということです。

この演繹的なアプローチは、民間のビジネスモデルデザインのやり方と一緒で、まず多角的なリサーチを行ったうえで、ビジョンやグランドデザインとして僕らなりの大胆な仮説を立て提案する。それをもとに、クライアントや市民の活発なディスカッションを促す方法です。

ほぼ毎日、子どもから大人まで楽しめるワークショップを開くスペースもあり、賑わいと市民の交流の場になっている。

ほぼ毎日、子どもから大人まで楽しめるワークショップを開くスペースもあり、賑わいと市民の交流の場になっている。

矢島: 市長は反対などはしなかったのですか。

入江: 市長はすぐに「これはどこの行政でもやっていない画期的なプロジェクトだ」と認識され、応援してくれました。

矢島: 実際にmorinekiは、国内初の「民間主導の公民連携型で進めた市営住宅の建替」を実現しました。

大島: 市営住宅はセーフティーネットとしての側面が大きいので、その計画を行ううえで極端に現実から乖離した理想的な住環境のあり方や、 抽象的な理念を掲げる機会は一般的に少ないものです。単純に「建て替え」という目的だけなら、ここまでやる必要はなかったのですが、この計画をきっかけにエリア全体の住環境としての魅力を向上していきたいという、入江さんや市長の思いを受けて僕らは仕事をしました。

公営住宅は全国に217万戸ある。法律「公営住宅法」には、「国と地方公共団体が協力して、健康で文化的な生活を営むに足りる住宅を建設し、これを住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で賃貸すること」と規定されている。

公営住宅は全国に217万戸ある。法律「公営住宅法」には、「国と地方公共団体が協力して、健康で文化的な生活を営むに足りる住宅を建設し、これを住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で賃貸すること」と規定されている。

入江: 私も「まちづくりの視点」を入れたいと考えました。例えば、家の前の庭にキレイな花を育てるなど、入居者に当事者意識をもってもらうことで生活の質が上がっていきます。そうした視点は、単なる「箱」をつくる交付金制度にはまったくありません。ハード面でのバリアフリー対応は完璧なのですが、 自立支援などソフト面での取り組みはないんですね。私たちはひとりひとりの住民が心身ともに元気になって、周辺の住民にもそれが波及するような建て替えにしたかったのです。

「環境の器」としてデザインされた芝生広場。右側には親水空間が用意され、水辺に近づくこともできる。

「環境の器」としてデザインされた芝生広場。右側には親水空間が用意され、水辺に近づくこともできる。

大島: 市民とのデザイン会議で一番考えたことは、「地域のプライド、シビックプライドをどう取り戻すか」でした。どこの地方都市もそうですが「このまちには何もない」「年寄りばかりで若者はみんな出ていってしまう」という感覚の人だらけでした。会議を通じて地域の魅力を再認識し、暮らしている人たちがみんなで一緒の未来を見られるようなエリアビジョンをつくる。それが会議の目的でした。

調べてみると、大阪平野でも北条という地域は、京橋から17分という都心からの交通の便の良さに加えて、生駒山系の麓にあって自然環境が豊かなことはもちろんのこと、この地域ならではの多くの魅力があることがわかってきました。

1000年以上前から人や物が行き交う東高野街道沿いの北条は、古くから農業が盛んで、ここには「だんじり」などの豊かな文化が脈々と継承されていたり、背後の飯盛山が戦国末期に畿内を平定した大名、三好長慶の居城だったりと、大阪のほかの地域と比べても北条には誇るべき史実が多いことがわかったんです。それらを2016年度に複数回開催された公開のデザイン会議で、市民と共有していきました。

そして「大東市公民連携基本計画」を策定し、デザイン会議の成果物のひとつとして、市営住宅の建て替えを機に「北条の樹」を生駒の山々に向かって育てていく、という北条地域のエリアビジョンをつくりました。これがグランドデザインです。

morinekiの敷地は、すぐ背後の飯盛山を水源とする清らかな権現川に面しており、さらにかつて鎌池という農業用水のため池だった場所でもあるので、この辺りの農作物や人々の暮らしそのもののさまざまな“糧”を生み出す源があった場所と言えます。なので、この場所を起点、つまり「根」として、飯盛山に向かって幹・枝を育て、その先には暮らしの花を咲かせ、果実も実らせるような樹を育てようというのが「北条の樹」のコンセプトです。

大島さんが描いたグランドデザイン「北条の樹」。morinekiをもとに、地域内に点在する有休資産を「果樹」に見立て、まちの将来像を市民と共有した。(画像提供:コーミン)

大島さんが描いたグランドデザイン「北条の樹」。morinekiをもとに、地域内に点在する有休資産を「果樹」に見立て、まちの将来像を市民と共有した。(画像提供:コーミン)

公共サービスを市民、民間と一緒につくる

矢島: ちょうど2017年1月にNHKの番組『プロフェッショナル仕事の流儀』に大島さんが出演され、最新の取り組み事例として、北条まちづくりプロジェクトの経過が紹介されましたね。

入江: 子育て中のママたちをターゲットとしたアパレルメーカーの〈ノースオブジェクト〉社の社員のひとりが、その番組で映ったスケッチが気になり、連絡をくれたのです。社長に何度もお会いして、このプロジェクトのほかにはない魅力を伝えました。その結果、大阪の繁華街にあった本社を移転し、ここのキーテナントになってくれたのです。

大島: 彼らは一緒にまちをつくる仲間になりたいと参加してくれました。私たちは“リーシング”でなくて、事業に対する“ビジネスパートナー”を先行して探していたので、本当に幸運でした。これがハコモノ先行ではないグランドデザイン先行の効果なのです。ビジネスパートナーをはじめとした共感の輪を培うビジョンや理念が大事なのです。

ノースオブジェクトが運営する、複数のショップがまちのように並ぶ商業施設〈Keitto〉。こちらは北欧の暮らしをテーマにしたライフスタイルショップ〈Keitto Asua〉。

ノースオブジェクトが運営する、複数のショップがまちのように並ぶ商業施設〈Keitto〉。こちらは北欧の暮らしをテーマにしたライフスタイルショップ〈Keitto Asua〉。

ライフスタイルベーカリー〈Keitto Leipa〉も幅広い層に人気。毎月アパレルデザイナーが考えた暮らしのテーマをもとに、職人がオリジナリティあふれたパンを提供する。

ライフスタイルベーカリー〈Keitto Leipa〉も幅広い層に人気。毎月アパレルデザイナーが考えた暮らしのテーマをもとに、職人がオリジナリティあふれたパンを提供する。

矢島: その後すぐに、入江さんは市役所を退職され、大東公民連携まちづくり事業株式会社(現・株式会社コーミン)に出向したのですね。

入江: はい。正確には「公益的法人等への一般職の地方公務員の派遣等に関する法律」というのがあり、それに則り「退職派遣」ということになります。株式会社コーミンは市も出資する第三セクターで、私は「公民連携エージェント」になったのです。その間お給料などは市からは出ませんが、3年を限度にまた市役所に戻ることができます。

矢島: その法律は2000年にできたもので、準公共を広げる「手段」にもなるかもしれません。入江さんは1年半を残して完全に市役所を退職しました。そうしなければならなかったのですか?

入江: 地元の人たちの覚悟を思ってのことでしたが、みんなが私のように市役所を辞める必要はありません。中にいてもできることは多々ありますし、私が辞めたからできたものでもないと思います。さまざまな制度を使い、市とエージェントがチームとなって取り組むことが大事だと思います。

入江さんのまちづくり会社は、株式会社としては全国初、基幹型地域包括支援センターを受託し運営している。また毎月、JR住道駅前でマルシェ事業「大東ズンチャッチャ夜市」も企画運営している。

入江さんのまちづくり会社は、株式会社としては全国初、基幹型地域包括支援センターを受託し運営している。また毎月、JR住道駅前でマルシェ事業「大東ズンチャッチャ夜市」も企画運営している。

境界を曖昧にする

大島: morinekiは、市営住宅の建て替え、都市公園の整備に加えて民間企業向けの賃貸建物の開発が一体化したもので、一般的には個々に扱われるプロジェクトになるのですが、それらを「北条の樹」という同じビジョンの上で相乗効果を期待しながら同時に進めることで、まちを変えていく契機にしたかったのです。

多くの人が関われる状況をデザインし、周辺に連鎖反応を起こさないといけない。そんな環境づくりにはデザイナーや事業主だけでは限界があります。住んでいる人、お店を営んでいる人、そこを訪れる人などが、自分たちでまちの当事者として能動的に行動を起こしたり、お互いに影響を与え合っていかないと、まちは変わりません。

矢島: そのために大島さんが考えたキーワードが「曖昧な境界」ですね。これを説明してください。

大島: そういった環境づくりの大前提が「境界を曖昧にする」ことです。明確な境界線があってプライバシーやそれぞれの権利を優先してしまったら、相互の居場所はほかの人にとって侵食してはならない場所になってしまいます。お互いの居場所の一部がコミュニケーションを目的として誰もが参加できる場所だと認識してもらうためには、「曖昧な境界」が必要なんです。

都市公園と市営住宅、商業・事務所などのテナントの敷地の境を曖昧にしたことで、公園に散歩に来た人が、入居者と気軽に会話を交わすような風景を日常的につくろうとしました。事務所なのか店舗なのか、また市営住宅は住民同士の暮らしの領域も曖昧です。物理的なものだけでなく、機能の境界も曖昧にしています。

1住戸の中の「パブリックとプライベートの境界」も曖昧にしています。それぞれの住戸専有部分には玄関先と一体の土間とたたきがあって、そこには個別のベンチがあって、前庭があって、公園につながっています。お隣同士も緩やかにつながっています。立ち話で終わらず、少しだけ座って話をするような。

また、玄関を「引き戸」にしました。引き戸の良さは「開けっぱなし」にできること。風の通りもいいですし、声も聞こえるので、お互いの存在を感じ合えるのです。大阪の古い長屋の玄関はそもそも引き戸ですから、ご高齢の方にとっては身近なイメージのはずです。プライバシーやセキュリティも重要ですが、他者との関係性をつくるための「きっかけとなる装置」が引き戸や軒先のベンチなのです。

グッドデザイン賞の審査委員会では「今後、植えられた木が成長するとともに、この地が皆の暮らしと憩いの場として維持・活用されていく展開が期待される」と評価された。

グッドデザイン賞の審査委員会では「今後、植えられた木が成長するとともに、この地が皆の暮らしと憩いの場として維持・活用されていく展開が期待される」と評価された。

入江: 最初は引き戸に抵抗があった方もいましたが、慣れていきました。全部で74戸あるのですが、ひとり世帯が44戸と多いので、お互いを見守る役目も果たしています。遮光カーテンをかけた部屋では、それが開いたら元気に起きているサインにもなり、ずっと閉まったままだと、私に連絡が入るようになっています。

大島: お互いが暮らしの気配を感じることが、一番のミソだと思うのです。 昔の長屋の玄関引き戸には型ガラスなどが入っていたのですが、それも内と外の気配を感じ合うための機能を果たしていたんだと思います。

「自分の植木や盆栽を並べることで、誰かに見てもらえる機会になり、コミュニケーションを誘発するきっかけにもなる」と大島さん。

「自分の植木や盆栽を並べることで、誰かに見てもらえる機会になり、コミュニケーションを誘発するきっかけにもなる」と大島さん。

矢島: さきほど部屋を見せてもらったときに、1階にいたおばあちゃんが「見学料をちょうだい」と冗談を言ってくれるのは、それだけ他者(社会)との接点が近く、日常生活の一部になっているのですね。

大島: 同じようなことを民間の共同住宅で実践し、コミュニティ形成上、極めて良い効果を生んでいる実績を私たちは数多く持っていました。ただし、高齢者が大多数の公営住宅建て替えでの実践は初めてでしたので、そもそも積極的なコミュニケーションなど期待していない人が入居するのであって、これがうまくいくかどうかはあくまで定性的な仮説でした。大阪のお年寄りのかつての長屋の良い関係性の記憶に賭けたわけです。

矢島: 今後は昔の長屋を知らない次の世代に入れ替わっていく際に、抵抗感はでませんかね。

入江: 図面だけしか見ていなかった人の中には「うえー」と思われる方もいるようです。ですが、住んでしまえば「そういうもんだ」と思うのでしょうし、いったん、コミュニケーションをとるカルチャーが根づけば問題はないでしょう。

住宅エリアは住民同士の緩やかなつながりが生まれるようなデザインになっている。

住宅エリアは住民同士の緩やかなつながりが生まれるようなデザインになっている。

“ありえない景色”をデザインする

矢島: このプロジェクトができたことで、変化したことはほかにありますか。

大島: 今日はなんでもない平日の昼ですが、この賑わっているレストランの風景や、当たり前のように外でベビーカーを押して時間を過ごしている家族の姿などは、morinekiができる前は、地域の多くの人にとって“ありえない景色”でした。当然エリアのグランドデザインとして計画初期に仮説を立てたわけですから期待はしていましたが、いまの状況はその想像を遥かに超える状況が誕生しています。こうした幸せそうなファミリーが広場に集うシーンは、いろいろなプロジェクトの計画時のプレゼンテーションのスケッチやCGで見かけますが、morinekiでは本当にそのシーンが実現した感じです。

北欧をテーマにしたファミリーレストラン〈Keitto Ruokala〉。平日も子連れ客などで賑わう。

北欧をテーマにしたファミリーレストラン〈Keitto Ruokala〉。平日も子連れ客などで賑わう。

矢島: ここができたので、引っ越してくる方が増えたということはあるのでしょうか?

入江: 明らかに地価が上がりました。そして、戸建ての建て替えが増えたり、小学生の人数の下げ止まり、未就学児が回復したと聞きます。

まずは公民連携で考えてみよう

矢島: 最後にこのプロジェクトの今後の展開をお聞かせください。

入江: いろんなイベントをやっていきますし、マウンテンバイクのコースをつくったり、ほかの市営住宅のリノベーション計画もあります。民間でもブックカフェの計画があったり、少しずつですが、まちが変わってきています。「北条の樹」の絵のような芽が出てきた状態になりそうです。

矢島: そして住民のみなさんが、このまちを良くしよう、それに直接関与していこうと機運がでるといいですね。

大島: エリアのグランドデザイン、エリアビジョンとは最初から全部を決めてしまうマスタープランとは違います。ハコから仕組みからすべてを事前に決めてしまうと、意識を持った人たちも、それを「消費する人」に陥ってしまうことが多いのです。「消費者」ではなく、「当事者」になってもらいたいので、ビジョンにも曖昧さが必要なのです。解釈の幅、余白を持せておくと、同じ目的を共有しながらも参加する人々は自分なりにそのビジョンを発展させられるので、当事者性や能動性を生むのです。クリアーなビジョンで、やわらかさを持ったグランドデザインを発展させていってもらうために。

入江さんは「まち並みが変わるのではなく、住んでいる人の意識が変わることが大事」と言う。

入江さんは「まち並みが変わるのではなく、住んでいる人の意識が変わることが大事」と言う。

矢島: 各地の行政に「公民連携室」が増えていますが、どう思いますか。

大島: かたちばかりでなく、実行のための制度的なものも覆さないといい成果を生み出せないのではないでしょうか。旧来の契約や発注の仕方なども障壁になるので、それを超える必要があります。

入江: morinekiは発注方法を工夫したので、実現したのです。いまの時代、行政も発注方法の限界に挑まないと、画期的なものは生まれません。行政は「何のために?」を常に考えていく必要があります。入居者の生活の質を上げるとか、市民の良質な財産を構築するとか。それを実現するにはどんな「手段」がいいのかを考え、今回はPPP、公民連携、エージェント方式を選びました。市役所のほかの部署でも「まずは公民連携で考えてみよう」という思考が出てきたのも、morinekiの効用かと思います。

「『行政か民間か』ではなく、『行政も民間も』、ただしそのときに、行政は経営的視点を、民間は公共的視点を持って、ということです」と入江さんの著書『公民連携エージェント』に書かれている。

「『行政か民間か』ではなく、『行政も民間も』、ただしそのときに、行政は経営的視点を、民間は公共的視点を持って、ということです」と入江さんの著書『公民連携エージェント』に書かれている。

morinekiが提示する「曖昧な境界」

入江さんの著作『公民連携エージェント』には以下のような記述がある。

自治体職員は、自らは『稼ぐ才能がない』ことを自覚して、やりたいことをやってしまわないようにまずは気をつけなけばなりません。そして外注主義をやめ、自らの足でまちへ出て民間の言語を習得し、『やりたいこと』のある良い民間と出会い、公にしかできない『やるべきこと』を見つけるのです。

入江さんは公務員だったが、高いクリエイティビティをお持ちの方だと話を聞いてわかった。こうした格好いい方が、リーダーとなりさらに活躍されると、公務員のイメージも変わるし、その地域もより良くなると強く感じた。

大島さんは、「公共」と言わず、「公」と「共」を分けたほうがいいと言う。「公」というのは本当にオフィシャルなもので、民間は入れない。「共」はコモン、パブリックなので、民間も担うことが可能なものだと。

「準公共」というのは、従来の「公共」ではなく、かなり曖昧なイメージがあるので、線引をしたり定義をしないといけないものかと考えていた。が、大島さんがmorinekiのキーワードにした「曖昧な境界」という言葉を聞き、かえって曖昧な余白があったほうが、誰もが関与できるノリシロが生じ、当事者意識が芽生えることになるのだと気づいた。「準公共」という言葉もしばらくはゆるやかなままにしておこうと思った。

information

morineki 

Web:morinekiプロジェクト

information

Keitto 

住所:大阪府大東市北条3-8-1

営業時間:Keitto Ruokala(レストラン)11:00〜21:00(食事20:00L.O.、ドリンク20:30L.O.)

Keitto Asua(ライフスタイルショップ)10:00〜19:00

Keitto Leipa(ベーカリー)8:30〜19:00(カフェ18:30L.O.)

定休日:火曜

Web:Keitto

writer profile

Shinji Yajima

矢島進二

公益財団法人日本デザイン振興会常務理事。1962年東京生まれ。1991年に現職の財団に転職。グッドデザイン賞をはじめ、東京ミッドタウン・デザインハブ、地域デザイン支援など多数のデザインプロモーション業務を担当。マガジンハウスこここで福祉とデザインを、月刊誌『事業構想』で地域デザインやビジネスデザインをテーマに連載。「経営とデザイン」「地域とデザイン」などのテーマで講演やセミナーを各地で行う。日本デザイン振興会

credit

撮影:西岡潔

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