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人口300人の集落に、2000人超えの来場者が。廃校舎の敷地全体を使った自由な展覧会

  • 2023年6月14日
  • コロカル
校舎の敷地全体を使ったイベント。5つのエリアに多彩な楽しみが

近隣の閉校した校舎を舞台に13日間開催した『みる・とーぶ展』と『みんなとMAYA MAXX展』が5月14日に終了した。私が代表を務める〈みる・とーぶ〉プロジェクトが、2021年よりこのふたつの展覧会を開催しており、今回で5回目。市内だけでなく、全道から、そして道外からも訪れる人があり、過去最高となる2261名が来場した。

校舎のひさしには画家・MAYA MAXXさんがつくった赤いクマの立体がある。奥が体育館。展覧会中はその前にテントを張り、フードブースが設けられた。

校舎のひさしには画家・MAYA MAXXさんがつくった赤いクマの立体がある。奥が体育館。展覧会中はその前にテントを張り、フードブースが設けられた。

校舎の敷地全体を会場としていて、1階、2階、3階の各教室、体育館、屋外とエリアは5つに分けられる。今回、私が感じたのは、それぞれのエリアごとの個性が今まで以上に際立ってきたのではないかということだった。

MAYAさんの絵がかわいい、みる・とーぶ展会場マップ。

MAYAさんの絵がかわいい、みる・とーぶ展会場マップ。

まず、『みる・とーぶ展』のメイン会場となったのは1階エリア。元職員室があり、ここでは主に地域のつくり手の作品が販売された。焼き菓子、陶芸、木工、織物、ハーブティーやハーブアイテム、スパイス類、本、作品などさまざまなアイテムが揃った。旧校舎での展覧会が始まって以来、継続して参加するメンバーが多く、販売するアイテムがどんどん磨かれていっている。

〈麻の実堂〉の新作。ハーブを蒸留してつくったアロマスプレー。

〈麻の実堂〉の新作。ハーブを蒸留してつくったアロマスプレー。

例えばハーブアイテムを販売する〈麻の実堂〉は、ハーブティーブレンドの種類が増え、アロマスプレーなど新しい商品も登場。スパイス類を中心に販売するカレー屋〈ばぐぅす屋〉も、スナックをラインナップに加えるなど、毎回、工夫を凝らしている。

〈ばぐぅす屋〉は、定番のスパイスとともに、ポテトチップスやスリランカのお菓子「トフィ」なども販売。

〈ばぐぅす屋〉は、定番のスパイスとともに、ポテトチップスやスリランカのお菓子「トフィ」なども販売。

もうひとり、新しい挑戦をしたのは〈つきに文庫〉。美流渡地区で月に2回、古本を販売している小さなお店だ。店主の吉成里紗さんは、これまで『みる・とーぶ展』ではセレクトした古本を並べていたが、何かもっと自分自身の感性を表せるものはないかという思いがあり、今回は本と一緒に「絵本のおやつ」と題してケーキを出すことにした。

今回の『みる・とーぶ展』では絵本を中心とした古本を販売。

今回の『みる・とーぶ展』では絵本を中心とした古本を販売。

選んだ本のひとつは『赤毛のアン』で、牧師さん夫婦をお茶会に招待して振る舞ったレモンタルトからイメージしたケーキをつくった。

「ジャムやフルーツの砂糖漬けでお菓子を作っていた時代なので、レモンソースとメレンゲの素朴なお菓子にしました」と里紗さん。

レモンタルト。

レモンタルト。

もうひとつは、せなけいこさんの絵本『ちいさなうさぎはんしろう』からとったキャロットケーキ。

「母さんがたくさんにんじんを買ってきたのに、食べさせてもらえないはんしろう。いじけていると、母さんがキャロットケーキをつくってくれたというお話から選びました」

レモンケーキは、レモンの甘酸っぱさが口いっぱいに広がる爽やかで上品な味わい。キャロットケーキは、にんじんとくるみ、ひまわりの種がたっぷりと入っていて味わい深くボリュームも満点だった。

吉成里紗さん。小さな古本屋を営むほか、アフリカンダンサーとしても活動中。

吉成里紗さん。小さな古本屋を営むほか、アフリカンダンサーとしても活動中。

元職員室の前の廊下では、自分の山で化石発掘を行っている日端義美さんによる展示が行われた。発掘した化石をパズルのように組み合わせるゲームも用意され、大人から子どもまで、まじまじと石に見入っていた。

写真の右は木の化石。重量級の石を川からやっとの思いで運び出したそう。

化石のパズル。

 

屋外にフード。2階では個展が開かれて

屋外のエリアには飲食ブースが設けられた。定番となった〈Calm Pizza〉の薪窯で焼くピザは今回も人気。

〈ばぐぅす屋〉は日替わりスパイス弁当を提供。タイ、インド、スリランカなど、各国のスパイス料理が楽しめた。

今回、初参加となった岩見沢の小さな居酒屋〈きなり〉はチキンサンドと出汁の効いたスープを出した。おもしろい試みだったのが、サンドとスープのセット「宇宙セット」。サンドをひとくちほおばって、その後にスープを飲むと「これが出合いたかった味だ」と誰もが感じる(=宇宙)というもの。野菜の旨みが溶け出したスープは、日々工夫を加えていて、毎日少し味が違っていてどれもおいしいく、ハマる人が続出した。

何種類もの具材を煮込んだスープ。

チキンサンドとスープのセット「宇宙セット」。

 

階段を上がって2階は、木工室や音楽室など元特殊教室があったエリア。各教室では、前回の連載で紹介した『ミチクルのアニマル展』、アトリエ遊木童による家具の販売と木工のワークショップ、レコードと珈琲『夕焼け音楽室』、陶芸家・こむろしずかさんによる『しずくの森展』が行われた。

音楽室で開催された『夕やけ音楽室』。好きなアルバムをかけてもらえる。

自家焙煎の珈琲も飲めるコーナーも。

 

これまで2階は、主にワークショップスペースとしての利用が多かったが、今回は個展会場にもなり、今までのなかで一番充実した展示空間となった。こむろしずかさんにとって個展は新たな挑戦だった。これまで1階の販売ブースに器やアクセサリーなどいわば商品を出していたが、部屋すべてを使って自分の世界観を表現する作品づくりと向き合った。このように回を重ねながら徐々に高いハードルを設定し、メンバーの成長の場になっているのは、この展覧会のすてきなところだと思う。

こむろしずかさんの『しずくの森展』。

陶器でつくった花々。

動物も制作された。

植物のタネのようなかたちの白い陶器。

 

3階は、3人の表現者によるアートの展示

3階に行くと、ほかのエリアにはない静かなムードが感じられた。2部屋は『みる・とーぶ展』の参加メンバー、アーティストの上遠野敏さんとニコラ・ブラーさんの個展会場。上遠野さんは三笠市にアトリエを持ち、校舎の活用が始まって以来、その活動に毎回のように参加。展覧会のタイトルは『上遠野敏ミニ展』。控えめなタイトルではあるが、空間を埋め尽くすような作品を次々に発表している。

『上遠野敏ミニ展』。

『上遠野敏ミニ展』。

今回はモノクロームの作品が集められた。例えばそのひとつは、壁にかけられた真っ黒なキャンバス作品。一見すると黒一色のようだが、光の当たり方によって像が浮かび上がってくる。その像とは故人となったアーティストの肖像。目を凝らすと消えてしまいそうなその像は、存在しているのかしていないのか曖昧な領域にあるように思える。

ブラックペインティングシリーズ。左端には人物像がうっすらと浮かび上がる。現代音楽の作曲家、ジョン・ケージの肖像が描かれている。

ブラックペインティングシリーズ。左端には人物像がうっすらと浮かび上がる。現代音楽の作曲家、ジョン・ケージの肖像が描かれている。

上遠野さんによると今回の展示のテーマは「死」だという。真っ黒いキャンバスは、あの世へ想いを馳せるきっかけといえるのかもしれない。ほかの作品にも、そうした領域を超えるようなイメージが重ねられていた。

木彫作品も『鏡像:聖なる者の東西と生と死』。手前で横たわるのは向かって右がジョン・エヴァレット・ミレーの絵画『オフィーリア』から。左は九相図の『新死の図』から。いずれも死体が描かれた絵画。奥には菩薩と天使の彫刻がある。

木彫作品も『鏡像:聖なる者の東西と生と死』。手前で横たわるのは向かって右がジョン・エヴァレット・ミレーの絵画『オフィーリア』から。左は九相図の『新死の図』から。いずれも死体が描かれた絵画。奥には菩薩と天使の彫刻がある。

もう一室に作品を展示したのはフランス人アーティスト、ニコラ・ブラーさん。ニコラさんは2019年に美流渡を訪れたことがきっかけで、この地でアートプロジェクトを計画中だ。コロナ禍でなかなか来日は叶わなかったが、これからプロジェクトを具体化させていくプロセスの足がかりとして、教室での展示を行っている。ニコラさんの遠隔の指示をもとに、私たちメンバーが作品を設置。現在は『チーズミュージアム』という、チーズをモチーフにした作品が展示されている。

巨大化したチーズがそこにあるかのように見える壁面。(撮影:佐々木育弥)

チーズがモチーフとなっている美術作品をアーカイブした作品。(撮影:佐々木育弥)

 

3階のそのほかの教室では『みんなとMAYA MAXX展』を同時開催。3つの教室に作品が設置されている。1室は洞窟に見立てた円筒形の段ボールにオランウータンを描いた展示が常設されていて、2室は毎回、新作を展示している。

蛇腹状になったダンボールに描かれた作品。子どもがくぐって通り抜けられる仕掛けも。(撮影:佐々木育弥)

蛇腹状になったダンボールに描かれた作品。子どもがくぐって通り抜けられる仕掛けも。(撮影:佐々木育弥)

この新作の展示については、以前の連載で書いた。そのほかに、さらに1室に「MAYA MAXX Room」を設け、手描きのTシャツやサロペットをはじめ、これまでに制作した小品も展示。身の回りの植物から作品をつくったり、粘土をかたちづくったりという、絵画制作以外の創作を発表する場をつくった。

MAYA MAXX Room。手描きのバッグや立てかけられる絵画などさまざまな作品が並べられた。

MAYA MAXX Room。手描きのバッグや立てかけられる絵画などさまざまな作品が並べられた。

MAYA MAXX Room には、MAYAさんいわく「ときどき現れる、気持ちがヒリヒリとするような感覚の作品」が展示された。

MAYA MAXX Room には、MAYAさんいわく「ときどき現れる、気持ちがヒリヒリとするような感覚の作品」が展示された。

苔を集めていた時期があり、それを模してつくった陶芸作品など。中央の作品はハリネズミ。

苔を集めていた時期があり、それを模してつくった陶芸作品など。中央の作品はハリネズミ。

ギャラリーや美術館でもなく、芸術祭でもない特異な空間

上遠野さん、ニコラさん、MAYAさんは、自身の創作をつねに深化させながら、アートの領域でキャリアを積んできたアーティストたちだ。そうした3名が、ギャラリーでも美術館でもなく、また芸術祭のように現代アートであることを押し出していない、人口わずか300人の集落にあるここで、3年にわたって作品発表を続けていることは、稀有な事例といえるのではないだろうか。

期間中はワークショップも多数行われた。「MAYA MAXXと自画像を描こう」には、大人も子どもも参加。

期間中はワークショップも多数行われた。「MAYA MAXXと自画像を描こう」には、大人も子どもも参加。

この場所に来場するのは、現代アートに日頃から触れている人ばかりではない。『みる・とーぶ展』のショップが目当ての人もいるし、子どもを遊び場で遊ばせたいと思ってくる人もいる。そうしたなかでアートがどう受け入れられるのかは未知数ではあるが、その出合いを楽しんでもらえていることが、今回のアンケートから読み取れた。

近隣の小学校が授業の一環として会場を訪れることも。

近隣の小学校が授業の一環として会場を訪れることも。

「こんなに作品の近くでアートを感じられた体験は初めてです。あたたかい空間、とても居心地良く過ごせました」

「のんびりすてきな校舎で、心が生き生きする展示、食事、運動まで楽しめて、子どもと一緒に良い時間を過ごせました」

1階のショップ。休日には多くの来場者があった。

1階のショップ。休日には多くの来場者があった。

アンケートでは子どもも楽しめたという声は多かった。子どもたちがもっとも長い時間を過ごしたのは、体育館に設けた「ぼうけん遊び場」。おままごともできるし、工作や木工も、そして卓球やバトミントン、バスケットボールもできるスペースもあって、思い思いの遊びが楽しめるようになっている。この遊び場をつくった中心メンバーは林睦子さん。岩見沢市内で子どもが主体的に遊べるプレーパークをつくった経験があり、この体育館の遊び場にも、その経験が生かされている。

睦子さんがみんなに向けて書いたメッセージ。

睦子さんがみんなに向けて書いたメッセージ。

遊び道具はいずれも素朴なものだが、何度も訪ねる家族は多い。今回、ぼうけん遊び場に子どもを連れてきた父親が睦子さんにこんなことを語ったそうだ。

「ここは自由に遊べる。やめなさいって言わなくていい」

木工コーナーには、ノコギリやトンカチがいつでも使えるようになっているし、絵の具で周りを汚しても特にスタッフが咎めることもしない。

体育館に設けられた木工ブース。

大きな紙が広げられていて、自由に描ける。

 

そして、毎日のようにいる展覧会に参加しているメンバーの子どもたちが、新しいお友だちが来ると、遊び方を教えてあげたり、いろいろな場所を案内したりも。睦子さんは、大人が遊ぶ提案をしなくても、子どもたちが良い意味で勝手に楽しんでいて、それがとてもうれしいと語っていた。

5月5日はこどもの日スペシャルということで「おさがりひろば」や「風船で遊ぼう」企画も行った。

5月5日はこどもの日スペシャルということで「おさがりひろば」や「風船で遊ぼう」企画も行った。

地域のつくり手の商品を買う楽しさのある1階。ワークショップがあり、陶芸展やレコードが楽しめる空間もあるなどバラエティに富んだ2階。アーティストたちの独自の視点から生まれた作品が堪能できる3階。地域の食材を生かしたおいしいフードを味わえた屋外。そして、誰もがのびのびと遊べた体育館。

会場のサインはほとんどMAYAさんの手描き。和やかなムードをつくりだしている。

会場のサインはほとんどMAYAさんの手描き。和やかなムードをつくりだしている。

ジャンルもコンセプトもバラバラではあるが、ひとつ共通しているのは、参加したメンバーが、心からやりたいと思うことを、素朴にストレートにやっているということ。そして、こんなふうにいうとメンバーから異論が出るかもしれないが、ビジネスライクな見方が得意ではなかったり、都会に馴染めない不器用さを持っていたりする、独特のゆるさも持ち合わせている。こうした点に、来場者が居心地の良さを感じたり自由さを感じたりしているのではないかと思う。

フィナーレはメンバーの多くが参加している地域のアフリカ太鼓バンド「みるとばぶ」の演奏で締めくくった。

フィナーレはメンバーの多くが参加している地域のアフリカ太鼓バンド「みるとばぶ」の演奏で締めくくった。

今回のアンケートで、本当にうれしかったのが「また来ます」という言葉が多数あったこと。『みる・とーぶ展』『みんなとMAYA MAXX展』が終わっても、また次回を楽しみにしている気持ちを、ずっと持ち続けてくれている、そんなあたたかな言葉に感じられた。

次回の大きなイベントは、新しい試みとなる『みる・とーぶフェスティバル』。7月28日、29日、30日の3日間、グラウンドにたくさんのテントを張って、レギュラーメンバーだけでなく、広く出展者を募り、作品販売あり、音楽あり、ワークショップありの賑やかなイベントにしたいと考えている。新しい風を入れながら伸びやかに変化していくことで、いつも楽しい何かが起こる場所であることを感じてもらえたらと願っている。

writer profile

Michiko Kurushima

來嶋路子

くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、『みづゑ』編集長、『美術手帖』副編集長など歴任。2011年に東日本大震災をきっかけに暮らしの拠点を北海道へ移しリモートワークを行う。2015年に独立。〈森の出版社ミチクル〉を立ち上げローカルな本づくりを模索中。岩見沢市の美流渡とその周辺地区の地域活動〈みる・とーぶプロジェクト〉の代表も務める。https://www.instagram.com/michikokurushima/

https://www.facebook.com/michikuru

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