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第34回 鈴木エドワードさん
見えるカタチは見えない大切なコトをつくること

  • 2017年11月10日
  • NPOローハスクラブ
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建築家/鈴木エドワードさん

Profile
1947年埼玉県生まれ。ノートルダム大学、ハーバード大学大学院アーバンデザイン建築学部卒業後、1974年バックミンスター・フラー・アンド・サダオ、イサム・ノグチスタジオ、1975〜1976年丹下健三・都市建築設計事務所を経て、1977年鈴木エドワード建築設計事務所設立。さいたま新都心駅や渋谷警察署宇田川派出所、下鴨の家など、公共施設から個人邸、集合住宅まで幅広く手がけ、グッドデザイン賞、エコビルド賞など数々の賞を受賞している。科学、原子構造、哲学、形而上学などにも造詣が深い。

 フルブライト奨学金でハーバード大学大学院を卒業後、バックミンスター・フラー氏や丹下健三氏のもとで学んだ後、独立して40年。現在も作品を生み出し続ける一方、スポーツと物理学が大好きで、好奇心は建築学上の構造に留まらず、「原子構造」を独自の発想でモデル化し国際学会誌に投稿した論文が掲載され、本業と並んで物理学がライフワークになっているという鈴木エドワードさん。早速お話を伺ってみましょう。

建築家の原点は「想像ごっこ!?」

建築家になられたきっかけはどんなことでしたか。

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8歳のときのドローイング
 僕は終戦直後、埼玉県狭山市稲荷山公園というところで生まれ育ち、姉2人いますが当時そんな環境のなかで我々の顔立ちが珍しく、いじめに遭うこともあり、外で喧嘩しているか、林の中で一人想像ごっこしてるか、家でひたすら絵を描いていました。
 両親が外車のディーラーを営んでおり、近くにある米軍基地からの中古のアメリカ車を埼玉から都内に届けるのが母の役目でした。いつも僕は車の助手席に座らされ、代官山や青山の街並み、リッチな家々を眺め、すてきだなぁと思っていました。
 同じ頃、アブラハム・リンカーンの漫画小説を読み、大きくなったらアメリカ大統領になりたいと思って住む家(ホワイトハウス)を設計したりしていました。
 その後、大学に進む際には「絵を専攻しても食べていくのが難しい」と思い、美術に近いフィールドとして建築関係の勉強を試してみたら楽しかったというわけです。

学校はインターナショナル・スクールだったでしょうか。

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現在のセント・メリーズ・インターナショナル・スクール 校舎棟(2009 鈴木エドワード建築設計事務所作品)
 日本の小学校は3年の1学期まで行っていました。その頃、両親は姉たちのためにインターナショナル・スクールを探していたのですがなかなか見つからず、たまたま間違えて母が男子校を訪ねてしまい、そのとき僕が一緒にいたこともあってセント・メリーズ・インターナショナル・スクールに行くことになったんです。日本の学校ではいじめに遭ったりしましたが、セント・メリーズはありとあらゆる国の子がいて、みな平等でそこは天国でした。
 8歳で入り18歳で卒業の時、当時面接に立ち会った校長先生が、入学当時の裏話「本当は入学を断ったんだよ」と教えてくれました。

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