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コーヒーで旅する日本/九州編|半世紀以上コーヒーと深く関わってきて今、小さなアパートの一室へ。「ぶんカフェ」

  • 2023年8月22日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも九州はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

九州編の第77回は福岡市にある「ぶんカフェ」。福岡のコーヒー業界に身を置く人ならば、同店のマスター・吉留修二さんの名前は耳にしたことが多いと思う。吉留さんはもともと福岡の老舗喫茶、珈琲舎のだに34年勤め、責任者として現場に立ち、多くの後進を育成に携わってきた人。その実績が目立って取り立たされることはないし、吉留さん自身もほとんど語ることはない。ただ、ある意味では昭和期から平成期まで、福岡のコーヒー業界の礎、とくに人材を育てるという点において吉留さんが果たした功績は大きいと感じる。珈琲舎のだにおいて確固たるポジションを築き、若手たちからも慕われた吉留さんが「ぶんカフェ」を開いたのは54歳のとき。そのタイミングで新たな挑戦を決めたのはなぜか。吉留さんが考えるコーヒーの魅力を含めて聞いてみたい。

Profile|吉留修二(よしどめ・しゅうじ)
1951年(昭和26年)、鹿児島県日置市出身。18歳で建築関係の会社に就職。最初は九州勤務だったが仕事ぶりが認められ、東京本社に異動。ただ、東京での暮らしが肌に合わず、退職。当時、喫茶店が好きで日常的に通っていたことから、ちょうど求人が出ていた珈琲舎のだに就職。同店で働くなかで、もっとコーヒーの知識、技術を磨き、蓄えたいと独自に勉強を重ねる。そんな中、珈琲美美の故・森光宗男氏と出会い、同氏の探究心、無欲さに感銘を受け、ともに生豆の産地であるイエメンにも訪問。その間も珈琲舎のだに勤め、多くの後進を育成。珈琲舎のだを退職後、2005年(平成17年)、博多駅南に「ぶんカフェ」を開業。2020年12月、警固のアパートの一室に移転、今に至る。

■アパート一室の隠れた名店
「ぶんカフェ」があるのは警固の古アパートの一室。普通のアパートのため室内の様子を見ることはできないが、アパートの入口付近に大きく看板が掲げられ、筆文字で書かれた「ぶんカフェ」という親しみやすい書体もあり、不思議と入りづらさはない。ドアを開けると、「いらっしゃいませ」と優しい笑顔で迎えてくれたのがマスターの吉留修二さん。蝶ネクタイとパリッとしたシャツ、ベストという出で立ちで、いかにもおいしいコーヒーを淹れてくれそうだ。

店はアパートをそのまま利用しているため、友人の家にふらっと遊びに来たような感覚で、居心地が良い。メニューはハウスブレンド(450円〜)、ストレートコーヒー(500円〜)をメインに、カフェオーレ(550円)、アイスカフェオーレ(600円)とコーヒー系ドリンクのみ。ただ、ネルドリップで淹れるこだわりの自家焙煎コーヒーが450円から飲めるのはリーズナブルだと伝えると、吉留さんは「常連さんがほとんどですからね。値上げするにもしづらくて」と笑う。こんなやり取りだけで、吉留さんの優しく、穏やかな人柄が伝わってくる。

■自分が理想とするコーヒーを
もともと珈琲舎のだのマネージャーとして多くの若手を育成してきた吉留さんの噂は、同連載で取材した珈琲人町の竹下さんなどからも耳にしていた。みんなが口を揃えるのが「吉留さんは本当に良い人。なにより優しいんです」ということ。今も現役で珈琲舎のだで働くバリスタさんからも「吉留さんがいたから、つらいことがあっても頑張れた」といった話を聞いたことがある。それだけ人望が厚く、若手に慕われていた吉留さんだけに、34年勤めた前職を辞めるのは悩んだだろうし、勤め先からも強く引き止められただろうと想像できる。それでも54歳にして独立を選んだのはなぜか。

吉留さんは「珈琲舎のだで過ごした時間はとても楽しかったですよ。人を育てることにもやりがいを感じていましたしね。ただ、珈琲美美の森光さんなど、同業の方々とたくさんの話をするにつれ、私も自分なりのコーヒーをお客様に飲んでいただきたいと強く思うようになりました。その思いは年々強くなり、50歳を過ぎていましたが、自分の店を持つことに決めました」と教えてくれた。

50歳を過ぎて独立開業するのは相当な勇気が必要だったろうし、開業にあたりエネルギーも消費したはず。そうまでして吉留さんが自分なりに表現したかったコーヒーとはどんなものだったのか。

■何歳になっても固定概念にとらわれないこと
「ぶんカフェ」のコーヒーは自家焙煎。さらに抽出はネルドリップを一貫している。昭和期から昔ながらの喫茶店で長くコーヒーと関わってきていることもあり、焙煎度合いも比較的深めのものが多いかと思っていたが、そうでもない。むしろ、深煎りのイメージが強いイエメン・モカ イブラヒムは「ぶんカフェ」ではやや浅めの中煎りで、ストレートコーヒーはフルーティーな酸味を前面に押し出した銘柄が多い印象。その理由を聞いてみた。

「私が考えるおいしいコーヒーは、いかにバランスがとれているか否か。すっきりときれいな酸味、雑味のないクリアな苦味、余韻に感じる甘味などが口の中でうまいことまとまってこそ、おいしいと感じると思うんですね。そう考えると中深煎りや中煎り、もしくはそれよりもやや浅めの焙煎に仕上げた方が良いバランスになると考えていて。ネルドリップにこだわっているのも同じ考えで、ネルで淹れると味わいが上手にまとまるんです。一般的には深煎りで出すことが多い豆も、当店ではあえて浅めに焙煎することもあり、お客様からは初めて飲む味わいと喜んでいただくことも多い。それは純粋にうれしいですし、なにより私自身が楽しいですね」と吉留さん。

ともすれば人は、30年以上同じ環境下で仕事をしていれば、知らず知らずのうちに固定概念にとらわれることは往々にしてあると思う。ただ吉留さんは常に「もっと、おいしいコーヒーを」という思いを胸に、前に歩き続けている。だから54歳にして自身の店を開くという新たな冒険に挑戦することができたのだろう。吉留さんと話していると前向きな気持ちになれた。

■吉留さんレコメンドのコーヒーショップは「筑紫野珈琲」
「珈琲舎のだ時代に一緒に働いた藤崎さんが営む『筑紫野珈琲』。筑紫野市の住宅街でひっそり営む小さな自家焙煎店です。藤崎さんはとても真面目で、コーヒーにも彼の性格がよく出ていると思います」(吉留さん)

【ぶんカフェのコーヒーデータ】
●焙煎機/COFFEE DISCOVERY 250グラム
●抽出/ネルドリップ
●焙煎度合い/浅煎り〜深煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/100グラム600円〜




取材・文=諫山力(knot)
撮影=大野博之(FAKE.)

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