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動画:気候の壮大さを弦楽四重奏に、『極域エナジーバジェット』

  • 2024年5月3日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

動画:気候の壮大さを弦楽四重奏に、『極域エナジーバジェット』

 音楽は私たちの心を動かし、ときに行動に駆り立てる。ある日本人科学者は、音楽の力を借りて、気候変動の背後にある地球システムへの理解を音楽の力で広げようとしている。

 それが、立正大学の地球環境科学者で音楽家でもある永井裕人(ながい ひろと)氏が作曲した弦楽四重奏曲第1番『極域エナジーバジェット』だ。永井氏は、地球環境の科学的な仕組みを人々が頭ではなく心で捉えられるように、「ソニフィケーション(可聴化)」という手法を用いて、北極域と南極域の衛星データを6分間の曲にした。

「環境問題だけでなく、複雑に組み立てられた地球のシステムと、その背後にある45億年の物語をまるごと伝えたいのです」と氏は語る。地球環境への意識を高めることが差し迫った課題となっている今、「人々に地球の仕組みの複雑さと壮大な秩序に注目してほしいのです」と氏は言う。

 この曲を生み出した研究プロジェクトに関する解説記事が2024年4月18日付けで学術誌「iScience」に掲載された。

極域のエネルギー収支をテーマに作曲

 この曲は、2本のバイオリンと1本ずつのビオラとチェロのための四重奏曲になっている。永井氏は4つの楽器のメロディーとして、グリーンランド氷床上の観測点、ノルウェー領スバールバル諸島の衛星通信施設、南極の2つの観測基地という極域の4カ所で1982年以降に収集された観測データを割り当てた。

 そして、コンピューターのソニフィケーションプログラムを使って、日射量、大気からの赤外線の放射量、地表の温度、雲の厚さ、降水量などのデータを音の高さに変換し、時間変化を表現した。

 永井氏は、極域のエネルギー収支をテーマに作曲したと言う。極域は気候変動の影響を非常に受けやすいため、気候変動と太陽エネルギーが地球全体に及ぼす深刻な影響を早い段階で察知することができるのだ。

「地球温暖化が注目されていますが、その背景には複雑なエネルギー伝搬のメカニズムがあります」と永井氏は説明する。「温室効果ガスが増えてそのバランスが崩れると、予期しない気候や気象の変化を招く可能性が高まります」

 この6分間の曲は、2023年3月に東京の早稲田大学で永井氏の講演とともに発表された。日本の弦楽四重奏団PRT Quartetによる演奏の映像もYouTubeで公開されている。

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感情を動かす

 データを音に変換するというアイデアは、他の科学分野でも大きな効果をあげている。例えば米航空宇宙局(NASA)は、ソニフィケーションの技術を利用して銀河や星雲などの天体の特徴を音にしている。

 気候科学者のスコット・セント・ジョージ氏は、「音楽は世界共通の言語であり、気候科学者が用いる通常のツールにはできないやり方で多くの人々の心にメッセージを届けることができます」と言う。

 氏は、作曲家のダニエル・クロフォード氏と米ミネソタ大学のチームとともに、気候データに基づく作品として評判になった先駆けの曲『温暖化する地球の歌(Song of Our Warming Planet)』と『惑星のバンド、温暖化する世界(Planetary Bands, Warming World)』を創り上げた。

「私たちは、気候変動について普通の方法で伝えようとしてきました。それはある程度は成功しましたが、私たちが求めるレベルには達していませんでした」とセント・ジョージ氏は言う。

「私たちは気候変動について考えたり聞いたりしますが、気候データを音や、よりちゃんとした音楽にすると、気候変動を心で感じられるようになります。音を聞いたときの本能的な反応こそが、この種のプロジェクトを成功に導くのです」

 永井氏の作品では、芸術的解釈の役割がより大きくなっている。氏は自身の手法を「ミュージフィケーション(音楽化)」と呼び、音の強弱を変化させたり、音を長くしたり、メロディーラインを強調したり、リズムを発展させたりといった一般的な音楽でみられる作曲技法を駆使して緊張と緩和の感情表現を展開し、感情の解放を生み出している。

「元のデータが同じでも、メロディーの雰囲気は、作曲家が設定したパラメーターに基づいて大幅に操作することができます」と氏は言う。

 永井氏は、自分の研究が気候データを芸術に変えようとする人々のヒントになることを願っている。

「データから音楽を創り出す方法論を提案し、実際にやって見せることで、地球科学データへの認識を高めたいのです」と氏は話す。

「地球科学データは、芸術家に無限のインスピレーションを与える未開拓の資源です。かつて手付かずであった金や石油の掘り出し方を確立した時代のように、人間の発想を超越したメロディーラインやリズムを科学データの中から採掘する技術が発展すれば、音楽や芸術の表現の幅がさらに広がるはずです。私は、科学者以外の人々がまったく新しい目的のために地球科学データを自由に操れる時代を切り開くことが不可欠だと信じています」

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