3月17日から21日まで開催された、NVIDIAの、NVIDIAによる、みんなのためのGPUテクノロジーカンファレンス「NVIDIA GTC 2025」。今年も基調講演から、CEOのジェンスン・フアン氏によるNVIDIAが目指す未来が指し示されたわけですが。
その内容を一言で示すと。
「覇王NVIDIAに隙なし。」
CUDAエコシステム、AIデータセンター、次世代GPUアーキテクチャの NVIDIA Blackwell Ultra、AIにより実現できた新次元のロボットなどなど...SFの話なのかと思えるくらいの、新たな産業革命の兆しを感じさせるトークでした。
急増するAI需要に対して、GPU/NPUの重要性はうなぎのぼりなのですが、そこに甘んじることなく矢継ぎ早に、新たなビジョンを僕らに見せてくれました。
そんなNVIDIA GTC 2025の基調講演について、半導体の専門家、安生健一朗(あんじょう けんいちろう) さんに解説していただきました。
──GTCの基調講演、すごかったですね。安生さんから見て、率直にどう感じられましたか?
安生:まず、彼らの「フォトニクス(Photonics)」技術には2重に驚かされました。
──半導体の中に、電気ではなく光を通す回路を組み込む技術ですね。
安生:はい。まず、シリコンフォトニクス自体は特に目新しい技術ではなく、インテルやブロードコムなど他社でも開発されています。これは、おっしゃるように電気から光に変換して信号を伝送する方式です。しかし、従来はネットワークインターフェースとして作られていたのに対し、今回の発表では、GPUとフォトニクスを同じ半導体パッケージに混載してしまったのです。
用途は2パターンあると考えられます。ひとつはクラウドのノード内通信、もうひとつはノード間通信です。当然ですが、ノード内通信よりもノード間通信の方が通信経路の距離は長くなります。
ゲーマーの方ならご存知かもしれませんが、NVIDIAのグラフィックスカードには、かつて2台のGPUを直結して処理能力を倍加させる「NVLink SLI」という技術が採用されていました。ノード内通信には、このSLIを発展させた「NVLink」という通信方式が使われており、この物理レイヤーとしてシリコンフォトニクスが使われるのだと思います。
一方、ノード間通信では、2020年にNVIDIAが買収したMellanoxの持つInfinibandを中心としたデータセンターにおいて、GPU同士を接続して高い性能を引き出すために、高帯域かつ低レイテンシーな伝送技術が必要とされます。それを実現するため、彼らはネットワークハードウェア企業のMellanoxを買収し、Spectrum-Xという製品に発展させて、イーサネットを進化させています。この物理レイヤーにも、シリコンフォトニクスは適用されるでしょう。
──シリコンフォトニクスを採用することで、どのようなメリットがあるのでしょうか。
安生:光による通信のメリットは、「距離のデメリット」をキャンセルできることです。
電気による通信も光とほぼ同じ速さで行われますが、距離が伸びると電気信号は減退し、レイテンシが生じます。PCくらいのサイズならその影響は少ないですが、たくさんの半導体を広い土地に並べるデータセンターでは、特にノード間の通信レイテンシは無視できない。
今回のNVIDIA-TSMCの方式では、GPUのパッケージから直接光信号を出して、パッケージ同士を光で接続します。GPU同士を高速な光信号でつなぐことを実現してのけたことには大変驚きました。ここまでプロセッサーと密に結合させた例は、私の知る限りなかったと思います。
この方式では、GPUから電気信号の出力を無駄に基板に出さなくて済むので電力ロスが減らせて、省エネかつレイテンシを抑えた状態で、複数のGPUを接続することができます。
──講演の中でフアンCEOは「スケーリング則*はいぜん有効だ」といったアピールをしました。その裏側には、こういうテクノロジーの裏付けがあったんですね。
スケーリング則:半導体やAIにおいて、規模が大きくなるほど性能も上がるという法則。
安生:今までの半導体の発展は微細化が中心で、同じチップサイズにより多くのトランジスタ(回路)をつめこむことで、スケーリング則に沿って性能を上げよう...という考え方でした。しかし、半導体の微細化にはそろそろ上限が見えつつあります。そこで、フォトニクス技術によって、複数の半導体を接続することでスケーリング則を維持してパフォーマンスを上げていこう、という発想なんですね。
発展している2つの都市を思い浮かべてください。2つの都市をつなぐ道路が細いと、人や物資を行き来させようにも渋滞が起きて、それぞれの都市はうまく連携できません。それが、たくさんの車線を持つ高層道路になれば、2つの都市はまるで1つの大都市のように活動でき、発展するでしょう。光通信は、今までとは比べ物にならないくらい大規模な連絡道路のようなものです。
大量のGPUが組み合わさるAIデータセンター事業は、このシリコンフォトニクス技術が支えていくのではと考えています。NVIDIAが光通信を導入する目的が明確で、納得感が強い発表でした。
もうひとつ驚いたのは、この技術をファブレス(製造工場を持たない)企業のNVIDIAが開発したという点です。
──NVIDIAの半導体は、TSMCが製造しています。
安生:自身で製造施設を持たない企業でも、製造企業(今回はTSMC)と高いレベルで協業することで、シリコンレベルの最適化・効率化を実現した。半導体設計のトップであるNVIDIAと半導体製造のトップであるTSMCのタッグは、ある意味では恐ろしい組み合わせなんですよね。
例えば、インテルは半導体の設計と製造を一社で手がけてきたからこそ、設計に最適化された半導体の製造技術を研究・開発できるとされました。でも今や、設計だけを行うファブレス企業でも、半導体の最適化をやってのけた。これは凄いことです。
これを実現しているのは、NVIDIAの驚異的な販売力と、AI向け半導体市場で強いライバルがいないがゆえの競争力だと考えています。
そして、彼らは得た利益をさらに研究開発に投資し、テクノロジーを前進させ続けている。TSMCも、NVIDIAと組んだことで、ファウンダリーの王者の風格が出てきている。この状況は、現在の半導体業界の象徴的なシーンだと感じますね。この体制は盤石すぎると感じました。
──シリコンフォトニクスのほかに気になった発表はありますか。
安生:ジェンスン・フアン氏がひたすら、「AIファクトリー」の導入事例をアピールしていたことですね。
AIファクトリーという考え方は去年のGTCで発表されたものです。これはパブリックに提供されているサービスを使うのではなく、特定の組織が、自分たちのためだけに使えるカスタムAIを提供するサービスの集合体ですね。
──NVIDIAの事例ではないのですが、東洋経済がAIサービス「四季報AI」のために50体のAIモデルを連携させて、出力する情報の精度を高めたというニュースがありました。
安生:あれもすごかったですね。今回の発表は、カスタムAIの製造をNVIDIAが手掛けている、というのがポイントだと考えています。
NVIDIAは、NVIDIA NIMという推論マイクロサービスを提供しています。このサービスは高性能なAIモデルをパッケージ化し、企業からの要望に応じてファインチューン、カスタムAIとして運用できるようにしたものです。
ポイントはこの、ファインチューンの部分ですね。たとえばOpenAIは、世界でも数えるほどしかいないレベルの天才エンジニアが集う企業です。彼らの頭脳で、新しい推論モデルを次々と開発しています。
しかしNVIDIAは、OpenAIレベルでなくとも、自分たちで勉強し続ける秀才レベルのエンジニアであれば十分強力なAIを開発できる仕組みを用意しました。NVIDIA NIMの推論モデルをチューニングしながら、目的に応じたAIを作れる、高いユーザビリティを備えたサービスです。
これには、オープンなAPIを使わないので、情報漏洩のリスクが低いというメリットもあります。
中小企業は従来どおり、OpenAIなどの一般的なAIサービスを活用していくとは思うのですが、大組織になればなるほど、「独自のAIを使って、より高い効果を生み出したい」と考えていくでしょう。社外秘なデータを活用し、AIをファインチューンし、自分たちのビジネスに役立つベストな知見を得たい。けれども、レベルの高いAIを作れるノウハウを持つ人材は、世界を見渡してもひと握りです。
そのような現状でも、NVIDIAのAIファクトリーを利用すれば、「じゃあうちの会社でも、ちょっと頑張ってAIをやってみようか」という機運につながります。いうなれば、AIテクノロジーを開放するオープン戦略なのです。
これはNVIDIAにとってリスクヘッジの意味合いもあります。もし仮にAI開発のトップ企業たちが自社開発のカスタムチップを用いるようになり、NVIDIAの半導体をそれほど必要としなくなったとしても、AIファクトリーがあれば自社のチップのニーズを保つことができるわけです。
もちろん、この考え方はまだ始まったばかりです。ファインチューニングでカスタムAIモデルが作れるといっても、求められる人材のレベルは依然として高い。おそらく、SIer企業などが開発を請け負うとは思います。NVIDIAとしてはAIエンジニアが育ちやすい環境を用意し、AI時代で勝たせていく世界をイメージしているんじゃないかなと感じました。
──ハードウェア、開発環境ともに隙がないですね。
──いま、AI半導体においてNVIDIAに並ぶライバルはいなさそうですが、今後、対抗できるプレイヤーが現れるとしたらどういった候補が考えられますか?
安生:対抗とまではいきませんが、OpenAIは、独自のAIチップを作るという噂ですし、NVIDIAへの依存を減らすのではないか、という動きはありますね。GoogleはTensorチップを独自開発しました、Amazon(AWS)やMeta、Teslaもカスタムチップを開発している。
NVIDIAのCUDAが便利すぎて、いまはみなNVIDIAから離れられない状況ですが、もし、これらの独自AIチップが外販されることが起きたら、特に数量も多く、ますますニーズの高まる推論用途では、高価なNVIDIAの半導体を使わず、これらの独自AIチップを買ったほうがいい、という流れは起きるかもしれません。
また、ソフトバンクグループとOpenAIが軸となって進めている、AI技術のインフラ整備プロジェクト「スターゲート」に参画している、Oracle、MGX、Arm、Microsoftといったところから強力なライバルが生まれていくかもしれません。もっとも、このプロジェクトにはNVIDIAも参加していますけどね。
要するに、NVIDIAの足元が揺らぐことが起きるとすれば、地政学リスクから来るものではないか、とも考えられますが、スターゲートプロジェクトへの参画でそれに手を打っているわけです。
NVIDIA+TSMC+AI。この組み合わせが強力すぎることがよくわかったGTC 2025だったのではないでしょうか。
未来に、どんなことが起きるかなんて、誰にもわからないと思うんです。ただ、きちんとシナリオを立ててリスク分析をして、ひとつひとつ手を打って、開発者やユーザーに新たな世界を見せ続ける。そんなNVIDIAの戦略をあらためて感じました
安生 健一朗 (工学博士、株式会社 K-kaleido 代表取締役)
NECにて研究者として半導体回路からプロセッサーアーキテクチャーまで広い研究分野に9年間従事。その後、インテル株式会社にて17年間にわたり、主にパソコン製品の技術責任者として、日本におけるPC向け製品・技術戦略をリードしつつ、スポークスパーソンとして、製品発表やマーケティングイベントにて製品の魅力を解説。さらに、ゲーミング・クリエイター・AI PCというPCの新規マーケット活性化プログラムを推進。
現在はサイバーセキュリティ企業に従事する傍ら、2024年12月には株式会社K-kaleidoを起業し、技術コンサルティング事業やAI PC向けのアプリストアを中心としたビジネスを展開( https://k-kaleido.com )。
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