世界各国のテクノロジーやサービス、ガジェットをお伝えしてきたギズモードだからこそわかる、いま最も「ニッポンのテック(技術)」の“すごみ“を実感できるガジェット&サービスを一挙に紹介する「TECH IN JAPAN特集」。
XRプラットフォーム「STYLY」を運営するSTYLY社CEO山口征浩氏は、STYLYのサービスイン当初からグローバル展開を視野に入れ、独自の戦略で事業を成長させてきました。現在では、STYLYは国内外で注目を集め、行政やクリエイターとの連携、さらには都市型XRプロジェクトに積極的に取り組んでいます。
今回は、山口氏に創業時のエピソードや、日本企業がグローバル市場で成功するための心構え、そしてスタートアップ企業が持つこれからの価値観についてなどのお話を伺いました。
山口 征浩(株式会社STYLY 代表取締役CEO)
2014年「全人類の超能力の解放」を目的にPsychic VR Lab(現・STYLY)を創業し、2016年法人化。2017年、XRクリエイティブプラットフォーム「STYLY」のサービスを開始。3次元空間の"超体験"をデザインするプロジェクト「NEWVIEW」を2018年に発足。クリエイター・事業者との共創プロジェクトを展開し、「空間を身にまとう時代」の創造をめざす。
ーー創業当初は「日本の企業に見えないように、はじめは英語のサイトを立ち上げていた」と、以前お伺いしました。なぜそのように?
山口:日本でSTYLYがどのように受け入れられるのか、当初は不透明だったからです。STYLYはユーザーが自由にコンテンツを作成・配信できるプラットフォームです。このようなプラットフォームでは、ユーザーが作成するコンテンツを、運営側が完全にコントロールすることは困難なんです。
これは、一般ユーザーが動画をアップロードして共有するプラットフォームでよく議論される課題なんですが、対比的な事例としてよく言及されるのが、YouTubeはGoogleに買収されて創業者が億万長者になった一方で、日本ではWinnyの開発者が逮捕された事例がありますね。
このような背景があったため、僕らはまず米国発のサービスとして展開することを考えたんです。日本では、海外発のサービスの方が文化的に受け入れられやすい傾向もありました。日本企業のサービスという印象を避けることで、新しい取り組みへの抵抗感も比較的小さくなると考え、そのような形でのローンチを試みたわけです。
ーー現在、STYLYは39カ国にまたがるクリエイターコミュニティがあり、8万3605人のユーザーを抱えています。また、アプリのダウンロード数は500万以上とのことですが、今も海外展開が中心なのでしょうか?
山口:実は、現在は日本での展開に注力しています。その理由は、これまでの広報活動やリアルな場所での企画実施などを通じて、STYLYの認知度が拡大し、日本のユーザー数や取り組みの規模が、海外を上回ってきたからです。
最近は、特に都市や商業施設との連携企画が増えていますが、こうした実際のリアル空間での展開においては、地域や商業施設、不動産デベロッパー、行政などとの連携が不可欠です。そのため、必然的に日本国内との関係が強化され、取り組みの規模も拡大しているという状況です。
ーー新潟市との包括的な取り組みでは、市の公式プラットフォームとしてSTYLYが採用されるなど、行政との密な連携にも注目が集まっています。
山口:僕らのサービスは地域貢献を目的として活用されていて、行政とのXRプロジェクトは大きく分けて、バーチャルとリアル空間での取り組みの二つがあります。
コロナ禍で現地訪問が難しい状況では、「バーチャル空間での地域の魅力発信」は確かに意義がありました。一方で僕らはARを都市空間で活用することで、より本質的な価値を創造できると考え、さまざまな試みを重ねてきました。本質的な価値とはつまり、実際の来訪者増加に直結できるということです。これにより地域の飲食店での消費や特産品の購入など、実質的な経済効果が期待できます。
次に特に注力しているのが、地域住民自身による魅力発信の仕組みづくりです。具体的なアプローチとして、まずSTYLYのアーティストが魅力的なコンテンツを制作し、それを地域住民や来訪者に紹介します。その上で住民自身がコンテンツを制作できることを伝え、新潟では実際にスクールを開講しています。これにより地域住民がARコンテンツを制作する技術を習得し、自ら地域の魅力を発信できるようになります。
当初は予算化されていなかった教育プログラムも、僕らが自主的に実施した結果、その効果が認められて2年目以降は正式な事業として組み込まれるようになりました。今では育成した地域のクリエイターが、次世代を育成するという人材育成の循環も生まれています。
このモデルは現在、熊本、鳥取、京都、山形など全国各地に広がっています。特に京都や岡山では、地元企業が主体となって行政予算を確保し、アーティストや来場者を招くなど、独自の展開を見せています。僕らはプラットフォームであるSTYLYを通じて、文化と産業の創造を支援し、自走可能な地域活性化のエコシステム構築を目指しています。この動きは国内だけでなく、タイでも活発化しており、現地企業がクリエイターを巻き込んだ取り組みを積極的に展開しています。
ーー現在、STYLYは日本での認知度が非常に高まっているとのことですが、そのきっかけのひとつとしてApple Storeでの紹介も影響があったのではないでしょうか。デバイスメーカーとの関係についてお聞かせください。
山口:僕らはSTYLYの目指す方向性について、思想や価値観、さらには戦略的な側面も含めて情報共有を行なうことでAppleをはじめ、Google、ByteDance、HTC、XREALなど主要デバイスメーカーと密接な関係を築いています。また、このような関係性を築くため、各社の本国に直接足を運んで密なコミュニケーションを図っています。
例えば、台湾や中国のメーカーとは、現地で一緒に食事やお酒を楽しむことで関係性を深めることができますが、実は米国でもそれは同じです。自分たちの取り組みを理解していただくためには、このような地道なアプローチも重要だと考えています。
ーー2024年6月のAWE(Augmented World Expo)で「AUGGIE AWARDS 2024」のBest Creator & Authoring Tool部門を受賞されましたが、2023年から2024年にかけての都市型XRプロジェクトの増加について、どのようにお考えでしょうか?
山口:米国でこの取り組みを最初に発表した際は、同様の活動をしている組織は少なかったのですが、去年のAWEでは都市型XRプロジェクトが増加傾向にありましたね。
STYLYでは、XRを日常的に利用する世界を「空間を身にまとう世界」と呼び、そのような時代の創造をミッションに掲げています。ただ、XRを体験するためのヘッドセットが日常生活に浸透するまでには段階的な過程があると考えています。そして、この実現のためには、都市での取り組みを意図的に創出する必要があります。
そこで不動産デベロッパー、行政、商業施設の方々と共にこの文化を作るための取り組みを始めることにしました。当初、このような考え方は一般的ではなく苦労もありましたが、区の事業として街をXRの実験場とする取り組みを進めている渋谷区など、僕らのビジョンに共感いただいた方々のおかげで、実験的なプロジェクトを進めることができました。
ーーニューヨークやバルセロナでの都市型XRに関する施策に対して、どのような反応がありましたか?
山口:反応は良好です。世界的にもXRを体験したことのある人はまだ少数なので、業界内では当たり前と感じることでも、一般の方々には新鮮な驚きとして受け止められることはやっぱり多いですね。そうした方々がXRに触れる機会は現時点では限られているため、リアルな場所での体験が重要な出会いのきっかけとなっています。これはニューヨークやバルセロナだけでなく、渋谷での取り組みでも同じですね。
例えば去年、渋谷のスクランブル交差点で「100人にARライブ体験してもらうまで帰れません」という企画を実施しました。このようなリアルな場所での企画では、多くの人々が体験している様子を目にしたり、自然な流れで体験できる導線を設けたりすることで、初めての方々にも気軽に参加していただけています。
#でんぱ組.inc コラボの都市ARライブ、100人に体験してもらうまで帰りまてん!!
渋谷スクランブル交差点に私いるのでぜひ体験に来てください!!(来れない方は拡散と応援いただけると嬉しいです笑)#でんぱ組.inc #STYLY https://t.co/9qvtg33As6 pic.twitter.com/qIs4ZM7cXV
ーーXRコンテンツを体験できるデバイスが、まだあまり一般向けに流通していないことも課題ということですね?
山口:その通りです。だからこそ、僕らは早い段階からリアル空間での展開を重視してきました。例えば、渋谷区ではバーチャル渋谷やキズナアイのXRライブなど、バーチャルとリアルの両方で街と連動したイベントを展開しています。また、“街と連動”という点では、去年、Apple Vision Proが日本で発売された際には、カメラ情報と音声を認識してAIが解説するマルチモーダルAIによるコミュニケーション企画も実施しています。
この企画を実施した理由は、今後、僕たちが「空間を身にまとう」と呼んでいるその“空間”が、ARだけじゃなく、“あらゆるモノに意識を持ったAIが宿るような世界が到来する”と考えているからです。STYLYはそうした世界において、AIを身体の一部として活用し、モノに魂を宿すプラットフォームとなることを目指しています。
こうした取り組みは、AWEでの評価に加え、ハーバードビジネススクールのプログラムで僕らが2年連続スタートアップホスト企業として選出されるなど、国際的な注目を集めています。プログラムに参加する学生たちは当初、僕らの都市XRやクリエイター向けの取り組みのビジネス的価値を直感的には理解できなかったものの、詳細な分析を通じて、その戦略の妥当性を認識してくれました。
また、今年アメリカで開催された「MIT Reality Hack」でも、今回STYLYは公式スポンサーとして関与させてもらいました。「MIT Reality Hack」はXR・空間コンピューティングの未来を担うクリエイターや開発者が集まる世界最大級のハッカソンですが、600名を超える方々が参加していて、ボランティアスタッフも含めて非常に熱量の高いコミュニティが形成されていたことは非常に刺激になりました。こうした取り組みを通じて、STYLYは単なる技術提供にとどまらず、空間コンピューティング時代のインフラとして、世界中のクリエイターや企業とともに新しい体験を生み出していきたいですね。
ーービジネス的な強みと言えば、NFT NYCでの7人の日本人アーティスト作品の展示・販売システムの展開など、STYLYは活動範囲の拡大に伴い、IPビジネスとしての側面も重視する方針が見受けられます。
山口:IPビジネスという面では、STYLYを通じて、渋谷と『全裸監督』、YOASOBI、『進撃の巨人』といった、街や商業施設とIPの掛け合わせが可能になります。これは、その場所への来訪者増加や、IPホルダーにとっては新たな露出機会とコンテンツの注目度向上につながります。さらに僕らにとってはSTYLYユーザーの増加も期待できます。
このように、場所を持つ事業者、IPホルダー、そして僕らの三者それぞれにメリットのある形で展開できることが、STYLYの大きな強みだと考えています。
ーーそうしたビジネス面を含めて、海外からの高い評価をどう捉えていますか?また、日本企業が同じように注目を集めるためにはどんなことを意識するべきでしょうか?
山口:海外からの評価については、新しい領域に対して、一般化し多くの人が気づく以前にチャレンジしていることが、最も大きな要因だと考えています。
興味深いのは、米国では「誰もやっていないからやってみよう」というマインドが主流なのに対し、日本では「誰もやっていないからやらない」という傾向が強いことです。新しい試みは特に日本では受け入れられにくい面がありますが、多くの人が受け入れてくれないからといって諦めるのではなく、受け入れられるまで地道に継続することが重要です。これは日本に限らず、どの国でも同様の課題だと思いますね。
ーースタートアップ企業は「自分たちの手で社会を良くしたい」というミッションを掲げていることが多いと思いますが、成功している企業とそうでない企業の差はどこにあるとお考えですか?
山口:最近は「世界や社会を良い方向に変える」という考え方自体が古くなってきていると感じています。現代では課題が明確であればあるほど、さまざまなメソッドやテクノロジーを活用して解決しやすい環境が整っているからです。
例えば、メタバースやWeb3は、経済の仕組みから新たに世界を構築するためのテクノロジーです。ここでは必ずしも従来のように大規模なユーザー基盤は必要なく、100人規模のコミュニティでも独自の価値を生み出せます。このように、若い世代は既存の世界を改善するというよりも、「新しい世界を創造する」という発想を持つようになってきています。
かつては世界がひとつになることが幸福への道筋と考えられていましたが、現在は個人が多様な価値観を持ちながら複数の世界と関わることが容易になりました。こうした環境の変化によって、新しい価値観が生まれていると考えています。
ーーその中でSTYLYが果たしていける最も大きな役割としてはどんなことが挙げられますか?
山口:僕らは「空間を身にまとう時代を作る」というプラットフォームとしての役割を提供しながら、テクノロジーで「人類の超能力を解放する」ことをミッションに掲げています。ひとりひとりが世界創造や自己表現に向き合える環境を整備することが重要だと考えていますが、これこそが僕らの提供できる価値だと思います。
この取り組みを通じて、個人や企業が秘めているポテンシャルを解放し、未来を創造できるようになることを目指していますが、重要なのは、単なる能力の「拡張」ではなく、自分の中に眠っている能力の「解放」という概念です。従来のテクノロジーは能力を拡張するものとして捉えられてきましたが、実際には自己の変化をもたらすことが多いと思います。
例えば、最近のAI技術の進化により、アプリの写真をアップロードするだけで設計からUIのコード生成まで可能になり、さらに問題発見、タスク立案、コーディング支援、実行、テストまで一貫して行なえるようになりました。現在、僕は社長業と並行しながら、エンジニアとして13のプロジェクトで開発に携わることができていますが、これはAIの支援によって能力が拡張されたというよりも、潜在的な可能性が解放された結果だと感じています。
ーー一般的にはAIやXRは能力拡張のツールとして捉えられていることが多い中、「拡張」ではなく、「解放」という発想は斬新な視点ですね。
山口:そうですね、でもこの考え方は、STYLY設立当初から掲げてきた会社としての理念です。AIと空間コンピューティングの急速な進化によって、長年主張してきたこの概念がさまざまな形で具現化してきたことで、「人類の超能力を解放する」という表現自体にも違和感がなくなってきたと感じています。
最近、僕はAIとの新しい関係性を模索しています。例えば、社内で僕と広報担当者をモデルにしたチャットボットをそれぞれ運用しているのですが、これらは僕ら自身よりもポジティブな性格にチューニングされていて、何か質問すると前向きな返答をしてくれます。このようなやりとりを通じて、僕自身もポジティブ思考に変化していくことを発見しました。
うちの広報Umiちゃんの光の成分を錬成してBotを作りあげ社内Slackへ開放した
UmiちゃんBot「STYLYの世界はさ、みんなの想像を形にできる超スゴイ場所なんだよ!あんたの夢やアイデアを自由に表現できて、自分だけの無限に広がる空間を作ることができちゃうんだ!… https://t.co/IeHe2UWDeB
僕にとって自分のチャットボットは、「自分の髪の毛を入れた人形みたいな感じ」というか、自分のコピーでも他人でもなく、完全に切り離されたAIでもない、自分の一部でもあるような独特な存在です。
これはVRやXRが登場した際と似ていて、僕らは当時から“現実の代替”ではなく、新しい表現の可能性を追求してきました。最初は「現実に行けない場所に行ける」という代替的な価値が強調されがちでしたが、現実のコピーは、どうしても現実の劣化版になってしまいます。だからこそ、僕らはVRやXRでしか実現できない表現を追求してきました。同様に、AIも、単なるコピーや代替ではなく、本質的なエッセンスが含まれた独自の存在として捉えるべきだと考えています。
Photo: Victor Nomoto(METACRAFT)