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ヤマザキマリと楽しむ「テルマエ展」 2000年の時を経て…日本人と 古代ローマ人の驚くべき共通点

  • 2024年5月9日
  • CREA WEB

 東京「パナソニック汐留美術館」で、古代ローマの公共浴場(テルマエ)に焦点を当てた展覧会「テルマエ展 お風呂でつながる古代ローマと日本」が開催されています。ヤマザキマリさんの漫画『テルマエ・ロマエ』をきっかけに古代ローマの文化に触れ、興味を抱いたという人も多いのではないでしょうか。

 今回の展覧会にも協力されているヤマザキマリさんに、見どころをはじめ、私たちを惹きつけてやまない古代ローマの魅力を伺いました。


古代ローマ時代の高度な建築・土木技術も見どころ


市民のために公衆浴場を造営した「カラカラ帝」の胸像と貴重なツーショット。

――今回の展覧会は、古代ローマ研究の第一人者でもある山梨県立美術館館長・青柳正規さんと、ヤマザキさんとの会話からアイデアが生まれたと聞きました。


ヤマザキマリさんの『テルマエ・ロマエ』に着想を得て「テルマエ展」が実現。

 そうなんです。5年ほど前、青柳先生にお会いした際、「いつか『テルマエ』をテーマにした展覧会をやりたいね」とおっしゃっていた。青柳先生のひとたらし的魅力と話術による説得力、そして優秀なブレーンによってこのような展覧会が実現に至ったということですね。

――改めて「テルマエ展」の魅力について教えてください。

 これまでにも古代ローマ文明をテーマにした展覧会は何度も開催されていますが、“お風呂”だけに特化した展覧会は、おそらく日本でしか実現できないでしょう。

 私が『テルマエ・ロマエ』を描いたきっかけとして、イタリアや中東など長きにわたる海外暮らしの間、なかなか浴槽のある家に暮らせなかったジレンマやストレスというのがあるのですが、海外には日本のような日常的にお風呂に浸かるという入浴文化がありません。

 古代ローマという歴史に対し、敷居が高いと感じたり、古代史や西洋の歴史と聞くとアレルギー反応を示す人がたくさんいるのを見て、“お風呂文化“を入り口にしたらもっと興味を持ってもらえるんじゃないかと感じたことがそもそも漫画の発想につながっていますが、それくらい古代ローマ人が日常の入浴を愛していたということです。

 単に体をきれいにするだけでなく、心身を癒し、リセットし、活力とするための“お風呂”という概念は、私たち日本人と古代ローマ人が唯一、激しく共有できるテーマなんですね。


《ヘタイラ(遊女)のいる饗宴》1世紀 フレスコ ナポリ国立考古学博物館蔵 Photo©Luciano and Marco Pedicini

《銅製把手付ガラス壺》3〜4世紀 ガラス MIHO MUSEUM蔵

――ヤマザキさんが考える、本展の最大の見どころはどこでしょう?


《入浴道具》1世紀 青銅 ナポリ国立考古学博物館蔵 Photo©Luciano and Marco Pedicini

 なんといっても、漫画にも登場した「ストリギリス(肌かき器)」をはじめ、古代ローマの浴場で実際に使われていた色々な道具が、日本にいながらにして観られることでしょう。

 今回の展覧会ではイタリア・ナポリ国立考古学博物館が所蔵する作品が数多く展示されていますが、あちらの担当者は「他にも貴重な資料がたくさんあるのに、なぜお風呂に関連する作品ばかり借りていくんだろう?」と不思議に思っていたのではないでしょうか(笑)。


「テルマエ展」では古代ローマ時代に実際に使われていた様々な道具を展示。写真左は水道のバルブ。

 ポンペイ遺跡から出土した1世紀頃の「水道のバルブ」が展示されていますが、2000年前にこんなにインフラが発達していたなんて、と驚かされます。

 日本人の感覚では信じられませんが、古代ローマでは水道・土木建築が発達していただけでなく、「蒸気」が奴隷の力に変わる動力になると感じていたエンジニアもいたくらいなので、もし完成していたら産業革命は2000年早く起こっていた可能性もあります。

 本当は実際の浴槽を見てもらいたかったのですが、それは遺跡の現場で見ていただくしかありません。でも、浴場に設置されている、体を洗うために水を組む水盤は再現されています。

 ポンペイ遺跡には、いまでもお湯を溜めたら絶対に入れるだろうな……という浴槽がいくつも残されているんですよ。

「お風呂」は古代ローマと日本の最大の共通点


「イタリア人の夫には、“お風呂”をテーマにした展覧会ができるのは日本だけと言われます」とヤマザキさん。

――昨年も『ローマ展』が開催されたり、古代ローマ文明に惹かれている人が多いと思うのですが、なぜでしょうか?

 そもそも、日本人と古代ローマ人には、入浴文化以外にも共有できるコンテンツが多いんですね。

 例えば、一つの宗教的拘束がある社会ではないこと。古代ローマでは属州民(※)が色々な国から、色んな宗教を持ち込んでいました。日本には古くからあらゆる現象に神が宿っていると考える「八百万の神々」の概念がありますが、色んな神様が存在して、自由に信じることができる点が共通しています。

『テルマエ・ロマエ』の主人公・ルシウスのように職人気質な性質だったり、芸術や表現に対する思い入れの深さなど、調べれば調べるほど日本人とシンクロする部分が非常に多くて面白いですね。


調べれば調べるほど、古代ローマの魅力にはまり込んでいったという。

《金製指輪》1世紀 ベリル(緑柱石)、金 国立西洋美術館 橋本コレクション蔵 Photo © 上野則宏

《千華文の皿》前1〜後1世紀 ガラス 平山郁夫シルクロード美術館蔵

 また、漫画『プリニウス』という作品でも描いたのですが、イタリア半島もまた日本と同じように災害大国で、過去に何度も地震や火山爆発などの自然災害を乗り越えてきたという歴史があります。

 そんな中でも、やはり最大の共通点は“お風呂”ですよね。

 古代ローマでは、午後1時になるとテルマエがオープンし、昼食後はみんなテルマエでダラダラ過ごすんです。当時のローマには、現代の高層マンションのような集合住宅が密集していて、上層階になるほど貧しい人たちが暮らしていました。

 上層階は下水道も完備されておらず、窓もなく、ほとんど光も射し込まないような空間だったので、一日中部屋にいると滅入ってしまう。こうした場所で暮らす人々にとって、浴場は「第2の家」のような存在だったのではと思います。

 テルマエに行けば癒されるし、階級を超えて色々な人との交流もある。さらに、カラカラ帝の時代になると、テルマエは単なる浴場ではなく、運動場や食堂、図書館、学校などを兼ね備えた複合施設として発達していきます。

――マンションも現代との共通点ですし、カラカラ浴場はもはやテーマパークのようですね。映画版『テルマエ・ロマエ』のロケ地にもなった「スパリゾートハワイアンズ」を思い出しました。

「スパリゾートハワイアンズ」はまさに古代ローマスタイルの施設ですね。古代ローマ人が行っても違和感なく楽しめるのではないでしょうか。

――お風呂の楽しみ方が古代ローマ人と一緒……! 本当に古代ローマと現代を行き来している人がいたんじゃないかと想像してしまいます。

 だからこそ『テルマエ・ロマエ』が生まれ、共感してくださる方も多いのだと思います。

 そもそも、古代ローマ時代が1000年近く続いたヒントはお風呂にあります。ローマ皇帝たちは国策として水道や道路、浴場などのインフラ整備を自分たちが支配した土地でも進めたことで民衆の支持を得えることができました。古代ローマ方式に、日本でも国際会議をやる時は、良質の温泉に浸かりながら話し合ってみたらどうでしょう(笑)

 お風呂で温かいお湯に浸かっていると、色んなことが一瞬どうでもよくなりますから、戦争している国も「やめようか」となるんじゃないでしょうか。

――確かに、お風呂の中ではみんな裸で、武器も持てないですものね。ぜひ「お風呂外交」、導入してほしいです。

(※)古代ローマの本国以外の領土の人たちのこと。アナトリアやアフリカ、ギリシャ、イベリア半島など地中海各地に拡大した

「テルマエ展 お風呂でつながる古代ローマと日本」

会期 開催中〜2024年6月9日(日)
会場 パナソニック汐留美術館(東京・汐留)
開場時間 10:00〜18:00
※5月10日(金)、6月7日(金)、6月8日(土)は20:00まで開館
※入場は閉館の30分前まで
休館日 毎週水曜日 ※ただし6月5日は開館
観覧料 一般1,200円、65歳以上1,100円、大学生・高校生700円、中学生以下は無料
※障がい者手帳をご提示の方、および付添者1名まで無料

問い合わせ
050-5541-8600(ハローダイヤル)
https://panasonic.co.jp/ew/museum/

ヤマザキマリ

1967年東京都生まれ。漫画家・文筆家・画家。東京造形大学客員教授。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。2010年『テルマエ・ロマエ』(エンターブレイン)で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。15年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。17年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ章受章。著書に『プリニウス』(新潮社、とり・みきと共著)、『国境のない生き方』(小学館新書)、『オリンピア・キュクロス』(集英社)など多数。
https://yamazakimari.com/

文=河西みのり
撮影=深野未季

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