日本の里山はまだまだ「食べられる」!? クラフトコーラからはじまった国土の価値化とは?

  • 2024年12月25日
  • コロカル

発酵デザイナーの小倉ヒラクさんが推薦するのは、里山に眠る「食べられる植物」の活用を考える日本草木研究所の古谷知華さんです。

推薦人

小倉ヒラクさん

小倉ヒラク

発酵デザイナー

Q. その方を知ったきっかけは?

イベントでご一緒したのをきっかけに、僕のお店〈発酵デパートメント〉に遊びに来てくれるようになりました。僕の住む山梨にも遊びに来てくれて、フットワークの軽さが印象的でした。

Q. 推薦の理由は?

広告代理店というメディア業界の出身にもかかわらず、土と密接に関わる世界に飛び込んだのが素晴らしいなと思います。しかも単なる伝え手ではなく実体を扱う事業として責任を背負っているのを頼もしく思っています。生来のセンスの良さを活かして、21世紀の本草学が復活することを期待してます!

里山を巡り、可食植物を蒐集・記録し、活用する

品川区の五反田駅から歩いて10分ほどの閑静な住宅街。古い屋敷の隣には、大きなクスノキがそびえ立っている。敷地内には広い庭があり、土を踏みしめながら歩く。

「食べられる庭」にはさまざまな木々が生い茂る。

「食べられる庭」にはさまざまな木々が生い茂る。

「ここにノビルが出てますね。これはシナモンの木で、こっちには金柑の木もあります。足元にあるのはヨモギで、これはワサビの葉っぱです」

ここでは根の部分は育たないというが、ワサビの葉っぱがあった。

ここでは根の部分は育たないというが、ワサビの葉っぱがあった。

話しながら庭を案内してくれたのは、〈日本草木研究所〉の古谷知華さん。日本の里山に眠る「食べられる植物」を研究し、それらを使ったドリンクや調味料といった自社ブランドの製品も手がけている。

「食べられる庭」には、もともと植わっていた木と新たに植えた植物とが入り混じっている。古谷さんは仲間と共同管理している敷地の一角にショールームを構え、2年ほど前から庭の管理を担当するようになった。

「食べられる庭」には、もともと植わっていた木と新たに植えた植物とが入り混じっている。古谷さんは仲間と共同管理している敷地の一角にショールームを構え、2年ほど前から庭の管理を担当するようになった。

「可食植物」に特化しているのは、食への探究心から

自らの足で里山に入り、可食植物を探し求めるようになったのは7年前から。現在の活動の前身となるクラフトコーラブランド〈ともコーラ〉の開発がきっかけだった。

7年ほど前から山に入って可食植物を探すようになったと話す古谷さん。

7年ほど前から山に入って可食植物を探すようになったと話す古谷さん。

「コーラを手づくりする場合、海外産のスパイスやハーブをたくさん使うんですが、国産だと何があるだろう? と調べても、山椒ぐらいしか出てきませんでした。そこから日本にも原料になる植物ってないのかな? と、全国の森や山を巡り始めたんです」

すると、国内にもシナモンや胡椒の木が自生している地域があることや、食の分野で活用されていない日本固有のスパイスやハーブの原料があることを知り、森林から新たな価値を生み出すことができるのではないかと考えるように。

「だれにとっても身近な『食』を切り口にすることで、森に興味を持ってもらうことができるんじゃないかと思ったんです。さらに山主さんや林業従事者たちの収入にもつなげたい。つまり、日本の里山や森林の課題解決につながるような経済循環と自然資本が生まれていく仕組みをつくること。さらに森という資本価値の向上を目指していきたいという考えがありました」

山に入り、見聞きしたことを蓄積してきた3年間

〈日本草木研究所〉では、具体的にはどのようにして可食植物を採取しているのだろうか。前提として、その植物が食べられるか否かは、毒の有無が明記されている植物図鑑で調べるという。

「山の草木って、味に関する情報がほとんどないんですよ。最初はとにかく自分で山に入って植物を採って、においを嗅いだり食べてみたり。あとは知り合いのシェフに使ってもらって意見を聞いたりしながら、ひとつひとつ情報を蓄積していきました。会社を立ち上げて3年、フィールドワークと研究と実験をひたすら繰り返す日々でした。最近になってようやく、食の視点での植物の優位性や需要が見出せる種類がわかってきたんです」

現在、日本草木研究所の「食べられる草木図鑑」に登録されている可食植物の数はおよそ100種類。今後も増えていく可能性はあるが、食べられてかつおいしいこと、スパイスやハーブとして流通可能な加工ができることなどの条件を踏まえると、残りはそう多くないだろうと古谷さんはいう。

〈日本草木研究所〉というオーセンティックな名前には、どっしりとした根っこのような印象がある。

〈日本草木研究所〉というオーセンティックな名前には、どっしりとした根っこのような印象がある。

「相棒山」は強力なパートナー

日本草木研究所では、全国に提携山主がいて、原料を調達している。古谷さんが「相棒山」と呼ぶ、独自のサプライチェーンがある。 「原料の調達は、全国の相棒山の方たちに依頼しています。私たちの提携工場で食品や飲料に加工して販売することもあれば、レストランなどの飲食店に原料として卸したりもしています」

現在、北海道から沖縄まで15の「相棒山」が存在する。なかには樹木医と林業を兼業していて可食植物の一覧リストを送ってくれる人や、林業の可能性を模索したいと熱心に取り組む30〜40代を中心とした林業従事者もいる。

原料調達を仕組み化していくうえで、見えてきた課題もある。例えば、スギの新芽にしても、野生の胡椒やシナモンにしても、1箇所で限られた量しか採れないとなると、そのぶん調達場所が増えるだけで効率が悪いので、ある程度密集して生えていることが条件となる。ゆえに食材としての需要が高いものは、最終的には栽培していく必要もあるそうだ。

山に入って採集した「食べられる植物」は、今のところ約100種類。

山に入って採集した「食べられる植物」は、今のところ約100種類。

ものと一緒に、自然環境や文化的背景を次代に伝えていく

「アオモリトドマツ」が好きだという古谷さん。東北地方に分布し、冬のシンボルである樹氷を形づくる針葉樹だ。しかしながら、現在は各地で立ち枯れの被害が相次いでいる(ホームページのトップにある植物図鑑にも載っているので、ぜひ探してみてほしい)。

6月と9月に採取したアオモリトドマツのサンプルの香りを比較すると、同じ樹種なのにたしかに違う。

6月と9月に採取したアオモリトドマツのサンプルの香りを比較すると、同じ樹種なのにたしかに違う。

「採った直後は柑橘系の香りなんですけど、乾燥すると甘い香りになるんですよ。秋田に森吉山というマタギの聖地があるんですけど、そこでは標高が一番高いところに生えています。マタギの人たちはこれを『もろび』と呼んでいて、神棚に飾っているんです。昔から神様が宿っているとか魔除けの木といわれていて、ホワイトセージとかパロサントのお香を焚くような感じで日常的に使うそうです」

「6月のほうは青いフレッシュな感じだけど、9月のほうは熟成した香りでベリーっぽい感じ」

「6月のほうは青いフレッシュな感じだけど、9月のほうは熟成した香りでベリーっぽい感じ」

こういったエピソードは、現地に足を運ばなければ得られないし、伝えていこうとしなければ途絶えてしまう。その昔、私たち日本人が自然と密接に暮らしていた時代。「共生」という言葉に、まだまだ土っぽさやにおいがあったころ。危険を冒しながら培ってきた先人の知恵や技術は後世に残すべきものも多いはずだ。しかしながら、当時を生きた世代は既に存在しないといったケースも少なくない。

「山の話に限らず、生き残っている人たちがいなくなったら、そこで歴史や文化は途切れてしまいます。残したほうがいいものは、文化人類学的な意味でもきちんと残すべきだと思うんです。だから自分たちがつくるプロダクトにも、何かしらのかたちで反映させて少しでも継承していきたい。商品と一緒にストーリーや考え方も残していく。そういうことをやりたいんですよね」

ショールームの窓からは自然光が射し込み、棚には開発した商品が並ぶ。

ショールームの窓からは自然光が射し込み、棚には開発した商品が並ぶ。

アオモリトドマツの採集のために、マタギと一緒に旅をしたときのこと。動物や人間に対する死生観や自然へのまなざしの素晴らしさに、感銘を受けたという古谷さん。これらは時代に関わらず、私たち人間が忘れてはいけないものであり、ポジティブなエッセンスになると確信した瞬間でもあった。 「マタギの方たち自身も、そういうことを伝えたくてネイチャーガイドをしていたりもするんですよ。微力ながらそうしたことを紹介することはできるし、観光ツアーを一緒に企画したりしながら応援していきたいですね。日本の第一次産業を盛り上げていくためにも、第三次産業に上手く結びつける仕組みづくりが今後は肝になってくるはずです」

国土の7割を占める森林を活用し、新たな価値を生み出す

スパイスとハーブを探し求めて里山へ入ったら、日本の森林の現状と課題が目の前に現れた。そこから徐々に、山にまつわる人たちとのコミュニティが生まれ、彼らにとってより良い仕事の選択肢や手段、自然環境や森林の本来あるべき姿といったさまざまな課題が見えてきた。そして今、3年がかりでようやく解決の糸口を見出しつつある。

「日本の森って、昔は多くの人が活用していましたが、今となっては見向きもされない。要するに、まったくお金にならない場所になってしまっています。国土の7割を占める森林や山はそれこそ宝の山で、いろいろな価値を生み出せるってことが常識になれば、国土全体がもっと価値化されると思います」

国内の森林のうち天然林は5割強、人工林は約4割。人工林の約7割はスギやヒノキに偏っている現状がある。スギやヒノキは「緑の砂漠」ともいわれ、生物多様性にも大きな影響を与えている(出典:林野庁)。それを元の状態に戻していくことで、新たな多様な森をつくっていきたいという。

「5年から10年のあいだに地域での取り組みや事例をつくったり、メーカーとの新規事業に取り組んだりしながら、『日本の森って最近、盛り上がってるの? 森林の活用はビジネスになるの?』などと注目してもらえるようになることが目標です」

山や森に親しむための、選択肢やきっかけを増やしたい

「自分でいろいろ動いてやりたいことをやってみたほうがおもしろいし、楽しい。だから私自身は起業家っぽくないな、と思っています(笑)」

「自分でいろいろ動いてやりたいことをやってみたほうがおもしろいし、楽しい。だから私自身は起業家っぽくないな、と思っています(笑)」

山や森に興味を持ったきっかけは、「この木はおいしそうだ」という古谷さんの食体験における初期衝動だ。今、自社で取り組もうとしていることのひとつに、飲食形態がある。現在の商品の取り扱い先や卸先は、ガストロノミーのようなレストランが中心。今以上に認知を広げていくためには、幅広い入り口や選択肢の必要性を感じているという。

「私たちがやっていることって、渋くてニッチな世界。もちろん熱意のある人がいるのはありがたいことですし、みなさんの存在に助けられています。一方で、それだけでは社会に対するインパクトは与えられないだろうとも思っているんです」

左からスギ新芽の塩漬け(1980円〜)、草木塩(1730円〜)、草木酒フォレストジン(小2370円〜)。いずれも全国の取扱店およびオンラインストアにて販売。

左からスギ新芽の塩漬け(1980円〜)、草木塩(1730円〜)、草木酒フォレストジン(小2370円〜)。いずれも全国の取扱店およびオンラインストアにて販売。

右/落ち葉酒(小2500円)、右から2番目/草木蜜フォレストシロップ(2350円)。

右/落ち葉酒(小2500円)、右から2番目/草木蜜フォレストシロップ(2350円)。

 

これまでに発売してきた商品のラインアップは、「木を飲む」がコンセプトのフォレストジンやソーダ、シロップ。そしてスギの新芽の塩漬けや国産胡椒の生塩漬け、和食に合うハーブソルトのような、日本の山で採れる植物を使った「草木塩」など。次なるものづくりは、いったいどんなアイデアから生まれようとしているのだろう。

「見た目がおもしろくて、食べておいしい。というような、ポップでわかりやすいアウトプットも大事かなと思っています。シェフの仲間とは、山や森に生えている植物を使ったムースはどうだろう? と話していて。ムースは表現の幅が出しやすいんですよね。

次は、ギャルにも受け入れられるようなムース屋さんを開きたいです(笑)。それが日本のギャル界隈で話題になって、もしかしたら食べたギャルのひとりが興味を持ってくれるかもしれないし。このムース、食べたらめっちゃおいしい! 何味なんだろう? え、日本の山とか森には食べられる植物があるんだ! みたいな感じが理想。そういう形態をつくっていきたいですね」

profile

TOMOKA FURUYA 古谷知華

ふるや・ともか●1992年、東京生まれ。2015年、東京大学工学部建築学科卒業。調香やハーブ、スパイスに関する知識を活かし、クラフトコーラブランド〈ともコーラ〉を創業。2021年、株式会社〈山伏〉を設立し〈日本草木研究所〉を創業。日本各地の山に入り、食材を獲得するのが趣味。好きな植物はアオモリトドマツ。

Web:日本草木研究所

*価格はすべて税込です。

writer profile

Haruka Inoue

井上春香

いのうえ・はるか●編集・ライター。暮らしをテーマとした月刊誌の編集部で取材・執筆に携わる。その後、実用書やエッセイ、絵本を中心とした出版社で広報・流通業務などを担当。山形県出身、東京都在住。

photographer profile

Eri Kawamura

川村恵理

かわむら・えり●フォトグラファー。美術系専門学校卒業後、スタジオ勤務や写真家 久家靖秀氏の助手を経て、2017年よりフォトグラファーとして独立。雑誌やカタログなどのクライアントワークを中心に、人物・風景の枠に捉われることなく様々な対象を撮影する。第1作目の写真集「都市の肌理 touch of the urban skin」を出版したことから作家としての活動も開始。身近なアーティストや研究者の記録撮影なども手がけている。Eri Kawamura

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