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『佐賀に暮らし困ったこと。』ローカルな“みんなの困り事”を紹介した本が話題

  • 2024年3月12日
  • コロカル
佐賀に移住後、写真家とデザイナーの夫婦がつくった一冊

写真家の刑部信人さん(以下刑部さん)と妻の刑部あゆみさん(以下あゆみさん)がふたりの子どもたちを連れて東京から佐賀市へ移住したのは、2022年の3月のこと。

コロナ禍を契機にこれからの暮らしについて真剣に考え、移住を決めたという刑部さん夫婦。

佐賀へ家族で移住後、どのような暮らしや活動をしてきたのでしょう。

夫は写真家、妻はグラフィックデザイナーというクリエイティブなご夫婦。

夫は写真家、妻はグラフィックデザイナーというクリエイティブなご夫婦。

佐賀で暮らし始めてすぐのこと。

刑部さんは妻の勧めでオンライン受講していた〈世界文庫アカデミー〉で、鳥取県の書店〈汽船空港〉のモリテツヤさんがつくった『WHOLE CRISIS CATALOGをつくる』というZINEに出合います。

「そのZINEは、“政治とは困っていることを解決することである”として、みんなの困っていること(CRISIS)をカタログにしようという試みで、政治的な内容が濃いんですがとても惹かれるものがありました」

当時、刑部さん家族は新生活が始まったばかり。「なんで佐賀ではこうなんだろう?」と、長年暮らした環境からの変化に戸惑う日々だったといいます。

「些細なことが一番困るなって思っていて。それまでと違う環境で、ネガティブとは思ってないけど、どうしても差を比べてしまう。でも決して東京の生活がよかったということではなくて、“なんで、こうなんだろうね?”っていう疑問形が僕らのなかで生まれていました」

佐賀での暮らしの「?」を積み重ねていくうちに、周囲の人に聞いてみたくなった刑部さん。徐々に知り合いが増えていくなかで、出会う人たちに「佐賀で暮らして困ったこと」を聞いて回りました。

そしてより佐賀を知るために、「困ったことを集めた本」をつくることにしたのです。

あゆみさんは佐賀市出身。高校を卒業してからは京都や東京での暮らしが長く、家族ができた30代で佐賀へ帰郷したときには地元といえど環境が大きく違い、戸惑うことばかりだったと言う。

あゆみさんは佐賀市出身。高校を卒業してからは京都や東京での暮らしが長く、家族ができた30代で佐賀へ帰郷したときには地元といえど環境が大きく違い、戸惑うことばかりだったと言う。

本を制作するにあたって、企画から「困ったこと」の情報収集、撮影とデザイン、そして編集とすべてをこなして、2023年2月3日、1年近くをかけて『佐賀に暮らし困ったこと。』は完成しました。

そして、佐賀に移住するタイミングで夫婦で設立した〈株式会社日當リ(ひあたり)〉から、『佐賀に暮らし困ったこと。』を出版します。

日當リという会社名は「クリエイティブという職業は、光が当たっていないところにちゃんとスポットライトを当てること」という考えで名付けたのだそう。「それと僕自身、日あたりのいい場所が気持ちよくて好きなんです」と刑部さんははにかみます。

「この本は僕らの名刺にしよう」出来上がった本を手に、ふたりは新たなスタートを切りました。

印刷と製本をした小城市にある〈株式会社 音成印刷〉。佐賀で出会ったひとり、音成さんに『佐賀に暮らし困ったこと。』をお願いして以来、日當リの印刷物を頼むことが多いという。

印刷と製本をした小城市にある〈株式会社 音成印刷〉。佐賀で出会ったひとり、音成さんに『佐賀に暮らし困ったこと。』をお願いして以来、日當リの印刷物を頼むことが多いという。

思わず共感してしまう?暮らしのなかの「困ったこと」

『佐賀に暮らし困ったこと。』

「こんにちは。写真家の刑部信人です。僕は2022年3月、東京から佐賀に家族で引越してきました。妻の地元の佐賀ですが、僕には馴染みのなかった場所。そんな佐賀のことを早く知りたい。佐賀の人たちと話をしたい。という思いから、出会った人たちに「困ったこと」を聞いて回りました。この本は、そんな皆さんの声を一冊にまとめたものです」(冒頭挨拶)

『佐賀に暮らし困ったこと。』は1ページにひとりの「困ったこと」を掲載し、年代、性別、職業のみが添えられているシンプルな構成です。97人の「困ったこと」を紹介しています。

ページごとのフォント選びやイラスト制作はあゆみさんが担当している。めくるたびに変化があるので見ていて飽きない。

ページごとのフォント選びやイラスト制作はあゆみさんが担当している。めくるたびに変化があるので見ていて飽きない。

教育、交通、住環境など困り事はさまざま。なかには「佐賀、関係ないよね?」という個人の悩みも読んでいておもしろい。

教育、交通、住環境など困り事はさまざま。なかには「佐賀、関係ないよね?」という個人の悩みも読んでいておもしろい。

パラパラとページをめくると、「お裾分けのみかん、玉ねぎが腐ってしまう(もらいすぎ?)」「個人の近況が近所に回るのが早すぎる」「旦那が自由」など個人的な困りごともあれば、「佐賀在住と胸を張って自慢できない」「若い人が佐賀から出ていくこと」といった切実なものまで。

なかには「人口減少(子どもがどんどん減っている)」「時給が安い」など社会全体に共通する困りごともあり、佐賀県民に限らず県外の方も興味を持って手に取るそう。

この本のユニークな点は、地域のいいこと紹介や観光ガイドマップといった“表面”の情報発信ではなく、誰かの心に燻っている火種や普段しまい込んでいる疑問を引き出して、フラットに共有していること。必ず1ページにひとり、読み手の向こう側にその人の暮らしが実在していることも、共感を生む理由なのではないでしょうか。

「僕自身、佐賀に来て1年やそこらでは人や地域のよさはわからないと思っていました。佐賀のいいところをまとめた本を作ったところで、良いことは自分の心の中でしみじみ噛み締めればいい。それよりもマイナスなところ、日が当たっていないところにフォーカスしたかったんです」

テーマとしてネガティヴな要素はあるものの、どこかクスッと笑えたり、ツッコミを入れたくなる雰囲気が、この本の持つ魅力のひとつなのだと感じます。

PERHAPSのギャラリーで行った『佐賀に暮らし困ったこと。』刊行記念座談会の様子。撮影:壱岐成太郎

PERHAPSのギャラリーで行った『佐賀に暮らし困ったこと。』刊行記念座談会の様子。撮影:壱岐成太郎

参加者の声で「困れることが良い」という言葉が印象的だったという、PERHAPS店主の北島さん(中央)。撮影:壱岐成太郎

参加者の声で「困れることが良い」という言葉が印象的だったという、PERHAPS店主の北島さん(中央)。撮影:壱岐成太郎

刑部さんは、『佐賀に暮らし困ったこと。』を制作するだけでなく、出版後に佐賀県内の地域を回って座談会を開催しています。

佐賀市の中心地にあるギャラリー兼ショップの〈PERHAPS〉の北島さんとは佐賀に移住後、すぐに意気投合。第1回目の座談会を一緒に企画し、PERHAPSのギャラリーには当日多くの参加者が集まりました。

「僕は、この本をつくるなら必ず座談会をしようと決めていました。困ったことや佐賀についての話を聞いていると、周りにいろんな人が集まってきて井戸端会議になるんです。みんな、話がしたいんだなって思います。(笑)」

これまで〈PERHAPS〉の開催を皮切りに、嬉野市の旅館大村屋、白石町の自家焙煎珈琲〈goen〉、有田町のセレクトショップ〈bowl〉、基山町の瀧光徳寺、多久市の〈SCOL CAFE〉などで座談会を行ってきた刑部さん。最近では座談会の認知が広がり、お店からのオファーも増えたそう。佐賀県の20市町をすべて回るのが目標ということで、各地での新たな出会いが楽しみだといいます。

3月16日(土)には、鹿島市の酒蔵通りにある水頭別宅で座談会を開催予定です。佐賀に暮らす人も、移住者も、佐賀県以外の方でも参加OK。気になる方は詳しくはこちらのインスタグラムをご覧ください。

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刑部さんは、「僕は問題を解決する役割ではない」と言います。

「生活のなかの『困ったこと』は、大きく言えば現代社会の課題。ただし急いで明確に答えを出すのではなく、まずは身近な困りごとをみんなで話すことを大切にしています。風習だからと目を瞑っていたことも、考え方も、みんなで共有することで新たな視点で見ることができます。

『田舎にはなにもない』という声をよく聞きますが、“今あるものでできること”を探すことが大事なんだと思います。根本的に『何がしたいか』を考えられる力は、今を生きる上で必要なこと。自力で考えられることが面白いし、豊かなんじゃないかと思うんです」

“クリエイティブはコミュニケーションからしか生まれない”を信条とする刑部さん。座談会で得た体験は、自身の仕事にも大いに生かされるに違いありません。

刑部さんが撮影した白石町の麦畑の風景。ほぼ毎日、佐賀の風景と日々の出来事を自身のInstagramに綴る。「自然が本当に近く、車で30分走ったら日本の原風景みたいなところが佐賀にはたくさんある。子どもたちが、伸び伸び育ってくれたら嬉しい」(2022年5月の投稿より)

刑部さんが撮影した白石町の麦畑の風景。ほぼ毎日、佐賀の風景と日々の出来事を自身のInstagramに綴る。「自然が本当に近く、車で30分走ったら日本の原風景みたいなところが佐賀にはたくさんある。子どもたちが、伸び伸び育ってくれたら嬉しい」(2022年5月の投稿より)

静岡県出身の刑部さん。「子どもたちにとっては佐賀が故郷になるんですよね」と2人の子どもの成長を楽しむ。

静岡県出身の刑部さん。「子どもたちにとっては佐賀が故郷になるんですよね」とふたりの子どもの成長を楽しむ。

最後に、今後についての話を伺いました。「今後は座談会を続けていくことと、『おやこ写真教室』をやりたいと考えています。必ず親子で来てもらって、一緒に地域を歩く。けっこうおもしろくなりそうだなって思っています。親が子どもの撮った写真に感動したり、子どもは“自由に撮っていいんだ”と思えたり。僕も子どもがいるから、子どもたちの未来に写真がつまらないものになってほしくないし、もっと写真は自由でいいと思っています。まちを歩いていろんな人と会って風景を見て、いろんな『すき』を見つけてほしいです」

人を巻き込んで輪を広げていくのが得意な刑部さん。佐賀に移住して間もないなかで多くの人と交流をし、新天地にすっかり溶け込んでいるようです。

「いつになるかわからないけど、10年後か20年後かに『佐賀に暮らし良かったこと。』を作れたらいいなと思っています」と笑う写真家の目に映るのは、まだ誰も気がついていないけれどキラキラと静かに輝く、“そこにもうあるもの”なのかもしれません。

information

『佐賀に暮らし困ったこと。』

オンラインストア:Nobuto Osakabe

株式会社 日當リ

インスタグラム:@hiatari_info

profile

OSAKABE NOBUTO 刑部信人

Photographer

1984年静岡県生まれ、2007年東京工芸大学芸術学部写真学科を卒業し、広告制作会社、フリーランスを経て、2022年株式会社日當リを設立。2022年3月、18年生活した東京を離れ、佐賀県佐賀市に移住。広告、書籍、映像などの撮影を中心に活動しながら、国内外で作品を発表。写真集「花火」「HOLIDAY」(FOIL)を出版。

WEB:Nobuto Osakabe

インスタグラム:@nobuto_osakabe

profile

OSAKABE AYUMI 刑部あゆみ

Designer

1987年佐賀県生まれ、2010年京都造形芸術大学コミュニケーションデザイン学科卒業。広告制作会社、ステーショナリー企画などの経験を経て、2022年から株式会社日當リのグラフィックデザイナー兼イラストレーターとして活動中。

インスタグラム:@osakabe_ayumi

writer profile

Mayo Hayashi

林 真世

はやし・まよ●福岡県出身。木工デザインや保育職、飲食関係などさまざまな職種を経験し、現在はフリーランスのライターとして活動中。東京から福岡へ帰郷し九州の魅力を発信したいとおもしろい人やモノを探しては、気づくとコーヒーブレイクばかりしている好奇心旺盛な1984年生まれ。実家で暮らす祖母との会話がなによりの栄養源。

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