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ファッション業界からJリーグへ! 華麗なる転身を遂げた注目のクリエイターとは?

  • 2023年8月10日
  • コロカル
アパレル業界からJリーグへ

2022年の6月、清永浩文さん自らが立ち上げたアパレルブランド〈SOPH.〉を退任するというニュースは、ファッション界に驚きを与えた。そしてその翌月、清永さんが〈Jリーグ〉のクリエイティブダイレクターに就任するというニュースもまた意外性のあるものだった。

ほかのアパレルブランドならばいざ知らず、Jリーグではどんな仕事をしていくのか? Tシャツやプロダクトをつくり、ファッション性を高くしていくのかと思えば、どうやらそうではないらしい。

Jリーグの野々村芳和チェアマンからは「清永さん、Jリーグをかっこよくしてください」というひと言だけだったという。その“ラフ”なスルーパスを清永さんはどのように受け取ったのか。

結論からいえば「自分が適任者だと思った」と言う。

大分が地元である清永さんは、1998年にSOPH.を立ち上げる。99年には〈FCレアルブリストル〉というサッカーアパレルラインを立ち上げ、大分トリニータへのスポンサーも開始。

「サッカー好きというサポーター目線。そしてスポンサー目線。一時期、取締役や株主もやっていたのでチームの運営目線。このように多方面の目線を持っている人はほかにいないのではないかと思います。そんな僕のような人物が関われば、今後のJリーグにとって有益なのではないかと思いました」

たしかにJリーグを、もっといえばサッカー界をさまざまな角度から見ることができる人物だろう。

会議室、その名も「OLD TRAFFORD」にて。

会議室、その名も「OLD TRAFFORD」にて。

急激な変化は求めない

就任して約1年、Jリーグでは開幕30周年記念という大きなイベントがあり、まずはそれらに携わることになった。Jリーグ30周年コンセプトワード「よっしゃ いこ!」は、かつてのSOPH.で展開されていたコピーを知る者にとっては清永さんらしいと思える。「まいったな2020」や「最後の戦術。」などのコピーをSOPH.として世に出してきたからだ。

Jリーグ30周年のコンセプトメッセージ。

Jリーグ30周年のコンセプトメッセージ。

Jリーグ30周年のロゴ。

Jリーグ30周年のロゴ。

またJリーグはオフィスを移転したばかりであり、その監修も担当をした。

「僕が出したアイデアは『オフィスに入るときの高揚感を大事にしてほしい』というもの。選手がピッチに入っていくシーンをイメージして、出社する社員やゲストが高揚したらいいなと」

ガラス扉のエントランスの向こうには、大画面が広がっている。パスをかざして自動ドアが開くと、スタジアムでサポーターが熱狂する姿が映し出された。たしかに気分は高揚する。

さらにオフィスが移転するタイミングで、名刺や封筒などのデザインも清永さんのディレクションで変更することになった。

メインカットでは「アルビレックス新潟」の背景だったが、チームは毎回変わり、これは「川崎フロンターレ」バージョン。

メインカットでは「アルビレックス新潟」の背景だったが、チームは毎回変わり、これは「川崎フロンターレ」バージョン。

ただし、ひとりでディレクションし決定したわけではなく、チームで行ったことだと清永さんは強調する。なんだかサッカーっぽい。

「30周年も、新オフィスも、”僕がやった”わけではありません。僕が来てすべてをガラリと変えるわけではなく、長く見て、なんとなくJリーグのイメージがいい方向に高まればいいと思っています」

ファッションの世界でいうと、スターデザイナーがメゾンブランドなどに就任すると、ガラッと方向性が変わることが確かにある。しかし今回はそんなことを目指してはいない。

「確かに僕が今までSOPH.でやってきたことは、ゼロからイチを生み出すこと。自分のトップダウンで始めたことです。でもそれとはまったく違って、僕ひとりで完結することではありません」

Jリーグ30周年記念アンセムとしてRADWIMPS「大団円 feat.ZORN」が発表された。これも清永さんが積極的に絡んでいるのではないか、と勘繰ってしまう。

「そのように、僕が関わり始めたことで『最近、Jリーグおもしろいですね』と言ってもらえたり、すこしでも興味を持ってもらえればいい。それだけでも僕がここに来た価値はあるかなと」

Jリーグが開幕して30年経った。当初の若者も30年、歳を重ねている。となると、次なる世代にまた30年、100年と長くJリーグを応援してもらわなくてはならない。だから清永さんが「気がつかない程度に、ゆっくり良くなっていきたい」という戦略に納得できる。

スクリーンにはチームだけでなく、スタジアムで働くスタッフなどさまざまなものが写し出される。

スクリーンにはチームだけでなく、スタジアムで働くスタッフなどさまざまなものが写し出される。

スクリーンにはチームだけでなく、スタジアムで働くスタッフなどさまざまなものが写し出される。

スクリーンにはチームだけでなく、スタジアムで働くスタッフなどさまざまなものが写し出される。

 

全国60クラブを束ねるクリエイティブとは?

Jリーグは公益社団法人であり、全国に60のJクラブを抱えている。東京のチームもあれば、地方の大都市のチームもあり、もちろん大分のようなチームもある。60チームもあるとほぼ全国を網羅しており、その個性もさまざま。

ひとつのサッカークラブのクリエイティブを考えるのであれば、いろいろなことに挑戦できるのかもしれないが、あくまで主役はクラブや選手で、それぞれの個性や強みがある。Jリーグはそれをまとめる組織だ。

「かっこよくしなくていい」

清永さんがそう言う意味は、かっこいいという価値観がすべてではないということ。Jリーグの規模であれば、もっと全体を見なければいけないという。

「東京だけの目線であれば、シャキッとかっこよくやってしまうのかもしれません。でも”待て”と。例えば北海道コンサドーレ札幌は200万都市。政令指定都市で、若い文化もたくさんある。一方、40万都市の大分トリニータ。札幌と大分で同じ内容のポスターをつくるとしても、まったく違うイメージでつくらないといけません」

それぞれがローカルといっても、全国を網羅していて本社も東京。どうしても”中央の理論”に寄りがちだ。

「僕が大分トリニータに携わっていたときも『かっこよくしなくていい』と言いました。かっこよくすることだけが正義とは限りません。ローカルに合わせたマーケティングがあると思います」

Jリーグ以外でも、中央の論理に偏るのはよくある話。福岡や大分からの視点を持つ清永さんはそれに異を唱える。

「これまでは都会の文化を地方に持っていく一辺倒だった。でも実はもう飽きていて。なんで地方を都会に売らないのかと。福岡から都会や全国に売りにいったほうがパイが多いはずなのに。日本という島国と世界との関係性とも同じですね」

Jリーグのクリエイティブにおいても、清永さんはそのバランスをとることが重要だと考えている。

全国のチームがマッピングされたグラフィカルな日本地図。

全国のチームがマッピングされたグラフィカルな日本地図。

福岡、葉山、東京の3拠点生活

2016年から、清永さんは福岡と東京を行き来する生活を送っている。それに加えて現在は神奈川県の葉山町にも拠点を構えている。それぞれに暮らす割合は6割が東京で、残りが福岡と葉山だという。

「そもそも、家具が好きでたくさんあったので、東京で倉庫を探していたんです。ただ東京で倉庫を借りようとすると、同じ家賃で福岡に部屋を借りることができる。それなら福岡に部屋を借りて、そっちにいろいろな家具などを置いておこうと思ったんです」

その当時は、大分トリニータのスポンサーもやっており、1〜2か月に1回程度は行く機会があった。飛行機や交通の便などを考えると、福岡をベースに拠点をつくっておくと便利であると考えていたタイミングでもあった。

会議室で語る清永さん。

「50歳手前でしたが、生活を一度見直してみたいと思った」ともいう。

「20代前半で東京に出てきて、30年近くいましたが、なんとなく1.5倍速で生きてきた感覚があります。大分やもっと田舎で0.5倍速にしてゆったりしたいというつもりはまったくなかったのですが、福岡だとぴったり1.0倍。等倍で暮らしている自分がいました。スローライフではなく、あくまで都市生活者でいたいという点では本当にちょうどよかったんです」

当時は「転校生みたいで楽しかった」という清永さん。それから7年ほど経っても変わらず福岡に拠点を持ち続けている。今でも当初の気持ちと変わらず居心地はいいのだろうか。

「東京にいる知り合い、友だちって、なんだかんだいって、仕事絡みの人たちなんですよね。でも福岡だと仕事とまったく関係ない知り合いができる。それが新鮮でした。最初は人に紹介してもらって知り合うということが多いですが、『今度、メシいきましょう』がすぐに実現する。東京だと社交辞令だったり、相手に気を使って、いつになることかわからないじゃないですか」

仕事が出会いのスタートではないので、その人自身に興味があるかどうか、で仲良くなっていく。だから長く居心地がいい関係を築けるのかもしれない。

コロナ禍のポジティブな面として、インフラとしても社会としてもリモートワークがやりやすくなった。だから清永さんは仕事面でも「福岡に完全移住でも大丈夫ですけどね」という。

「東京の部屋のほうが今は生活しやすいってだけで、東京という土地を生かして何かをしているわけではありません。機能を持っていけば、100%福岡でも困ることはありませんね。ただサッカーではなくホークスファンになりそうだけど(笑)」

「東京ではない」というブランディング

福岡でも暮らし始めて、東京とは違うことに気がついていく。そのひとつが情報のあり方だ。

「メディアでも、東京の情報が中心ですよね。東京ローカルメディアみたいな感じ。ただSNSの時代になって、東京以外の人たちは早めにそれに気がついていました。福岡に行き始めた頃はインスタグラムなんかが盛り上がっていて、地元の若い子とかに聞くと、地元の憧れの人のインスタをフォローして、さまざまな情報を得ている。ローカルはローカル的な発信をしていかないといけません」

例えば、清永さんの福岡の知り合い、KYNEというアーティスト。いろんな人から『なんで東京に来ないの?』と聞かれるらしい。

「彼は『東京に行っていたら、いろんな人に会えていません』と言います。福岡でがんばっているおもしろいアーティストってところで、みんなが会いに来るわけです。”福岡出身で、東京の中野でアーティストやってます”というよりは、なんか興味わきませんか。アーティストにとっては、東京に住まないほうがおもしろいブランディングということがあるかもしれない」

会議室には世界中のスタジアム名が冠されている。イングランド・マンチェスターにあるオールド・トラッフォードに……

会議室には世界中のスタジアム名が冠されている。イングランド・マンチェスターにあるオールド・トラッフォードに……

スペイン・バルセロナのカンプ・ノウ。

スペイン・バルセロナのカンプ・ノウ。

そしてもちろん日本の国立競技場も。

そしてもちろん日本の国立競技場も。

 

それぞれの地域のローカルコンテンツ

人口や経済規模、自然環境に歴史・文化。ローカルにはローカルそれぞれの個性がある。Jリーグのような大きな組織でも、中央に偏らずそれぞれに合わせたブランディングが大切だ。

「地元を応援する意識は、東京以外のほうが起こりやすい。プロ野球だと12チームしかないけど、Jリーグは60クラブあるので、それを1年間通して応援していると、そういう意識が芽生えやすいですよね」

高校野球の感覚に近いかもしれない。自分の母校でもなくても、地元の代表校を応援してしまう。

「地方に住んでいるとわかりますが、スポーツニュースなどでは、地元のチームの試合結果を中心に報道します。東京で報道されるのは東京ローカルではなく、強いチームや注目試合だけなので」

だから”わが町”のチームは、毎日の関心事になる。

「Jリーグでいうと、例えば2万人のホームスタジアムがあったとして、そこに2週間に1回のペースで2万人が訪れる。これはかなり大きい。まちへの貢献にもなるので、それをファン・サポーター含め、地域みんなで育てていくローカルコンテンツになります。そういう地域文化をJリーグが担っているところはあります」

そこに寄り添うクリエイティブは、ローカルそれぞれ。Jリーグ全体で見ても、それらを邪魔せず、しかもさりげなく向上していくようにうまくバランスをとっていかないといけない。

そういう意味では、清永さんのポジションはボランチあたりか。タクトを振るうタイプか? 汗かき役か? いずれにしても今後のJリーグに、にじみ出てくることだろう。

information

Jリーグ

Web:Jリーグ

writer profile

Tomohiro Okusa

大草朋宏

おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。

photographer profile

Kentaro Oshio

押尾健太郎

おしお・けんたろう●写真家。千葉県千葉市出身。スタジオアシスタントを経て渡英。帰国後、都内でフリーランスになる。雑誌、広告、WEBを中心に幅広く活動中。2022年、ロンドン留学時にホームレスになってしまった友人を撮影した写真集『PLOUGH YARD 517』を刊行する。http://oshiokentaro.com

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