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“見放された地”が人気エリアに。整えすぎないリノベーションでまちの個性を残す

  • 2023年6月27日
  • コロカル
See Visions vol.3

こんにちは。株式会社See Visionsの東海林諭宣(しょうじ あきひろ)です。第3回目となります。よろしくお願いします。

今回は〈ヤマキウビル〉の後編です。前編は、〈酒場カメバル〉〈サカナカメバール〉に続く3つ目の“まちの共有地づくり”を目指して見つけた空きビル〈ヤマキウビル〉をお借りするため、オーナーへの交渉に踏み出した時期のお話でした。

今回は、3つ目の拠点ができたことによる「開業後の運営と変化の兆し」をお伝えいたします。

まちに関わる人を増やしたい

オーナーへ2度のダイレクトアタックを試みるも、交渉のテーブルに着くまでに至らず、時は過ぎていきます。

それでもなぜ立ち向かい続けるのか。その気持ちの根源について、「”まちの共有地”は廃れていく秋田に、きっと必要なものだ!」という高尚な思いは、実はほんの少しであり、大部分を占めていたのは、古くて使われていないものに自分たちが変化を起こすことで、まちに関わる人が増えていくことへの期待感と楽しさでした。

それは、前回までの酒場カメバル、サカナカメバールで実証され、着実に結果が出ていたからです。

ビルの賃貸借契約のキーマン現る

そんなときに朗報が届きます。1拠点目として立ち上げた酒場カメバルに、ヤマキウビルオーナーのご子息の小玉康明さんがお客様としていらしている、と。

僕は急いで『亀の町プロジェクト ヤマキウビル活用のご提案』のプレゼンシートを持ってカメバルに行き、不躾(ぶしつけ)にも康明さんの隣の席でプレゼンを始めました。

これまでにもヤマキウビルの敷地は、ビルを壊してマンションにしないか、葬儀場にしないか、スーパーにしないか、など大きな企業からも引き合いがあったものの、康明さんにはどれもピンとこなかったそう。その理由のひとつとして「まちが新しく変わっていくのは悪いことではないけれど、それまでなじみのあった建物や景色が壊されることへの寂しさがあった」といいます。

僕たちの提案は「まちの風景はそのままに、建物をリノベーションして活用する」でした。それならばとヤマキウビルのオーナーであり、康明さんのお父様である康延(やすのぶ)社長にプレゼンする機会をいただくことに。

康明さんと出会うことができたのも、酒場カメバルという場所をつくったからこそ。さらに、亀の町に新たな人の流れが生まれていたことに康明さんが信頼と期待を寄せてくれていたことも、大きな要因だったと確信しています。

1店舗目の酒場カメバル。

1店舗目の酒場カメバル。

貸すつもりがないオーナーに、いざプレゼン

康明さんにも同席していただき、ついに康延社長にプレゼン。一緒にプレゼンをしに行ったプロジェクトメンバー曰く、僕は相当緊張していたようでした(笑)。

緊張を抱えながらもていねいに思いを伝え、ようやく康延社長からヤマキウビルをお借りすることに承諾をいただくことができました。

さらには、設備・内装の工事費用として数千万円を投資していただき、家賃で返済していくという事業スキームの提案も受け入れていただけることに。不動産投資をしている〈株式会社ヤマキウ〉だったからこそ、ご理解をいただけたものでした。

当時について、康明さんはこのように振り返ってくれました。

「資料など見た目にはキレイだが、どこか夢物語で誇大表現にも思えるプレゼン。しかもそんなに滑舌がよくない(笑)。しかし、熱意だけは伝わってきて、東海林さんが本気であることがわかりました。

父に受け入れた決め手は何かと聞くと、“勘”だといいます。人生を積み上げてきた人間の勘とは、思いつきではなく経験に由来するもの。意識しなくても伝わってくる情報から、自然に判断することであると話してくれました」

こうして3拠点目となる、ヤマキウビルのリノベーションが始まります。

緊張のなか、初めての現場調査。

緊張のなか、初めての現場調査。

図面は50年ほど前のもので、詳細を見ることができなかったので、現地調査であらためて建物の全貌が見えてきました。強固な鉄筋コンクリート3階建てのビルで、屋上からは亀の町を見晴らすことができます。

デザイン・設計で気をつけていること

リノベーションのデザインで常々気をつけているのは「きれいに整えすぎないこと」。もともと風景として佇んでいた建物を、まちの個性として残し、まちの歴史に触れる場所となってほしいからです。

まちの風景であった外壁はなるべく残すデザインに。

まちの風景であった外壁はなるべく残すデザインに。

象徴となるような床のタイルはそのまま使用。

象徴となるような床のタイルはそのまま使用。

大規模な修繕が必要なので、専門的な設計はリリーアーキテクツ株式会社の一級建築士・高橋理徳子(りえこ)さんにお願いしました。

理徳子さんにヤマキウビルの設計について振り返ってもらうと、建築的には鉄筋コンクリート造であり、構造的にも、カフェ用のテラスや大開口の新設などの改修はしやすかったそうです。

難しかったのは設備関係とのこと。新たな施設としてビルをフル活用することで飲食店、テナント用のエアコンなど電気容量が大幅に増えることが課題でしたが、入居者さんが各々契約することでコストを抑えることに成功しました。

金庫室は現在ではワインセラーに。

金庫室は現在ではワインセラーに。

〈ヤマキウビル〉がオープン

こうして、目標としていた3拠点目の〈ヤマキウビル〉が2015年にオープン。

1階は僕たちが運営する〈亀の町ストア(KAMENOCHO STORE)〉とテナントがもうひとつ。2階にはふたつのオフィス、3階は僕たちの事務所が入居するという、当初の計画通りのスタートとなりました。

ヤマキウビルのオープニングパーティーには多くの方にお越しいただきました。

ヤマキウビルのオープニングパーティーには多くの方にお越しいただきました。

3店舗目の拠点となった亀の町ストアは、カフェのなかで雑貨・パン・酒の販売も。

3店舗目の拠点となった亀の町ストアは、カフェのなかで雑貨・パン・酒の販売も。

3階は株式会社See Visionsの事務所に。

3階は株式会社See Visionsの事務所に。

ビルの1階には自社運営3店舗目となるコーヒースタンド&デリ〈亀の町ストア〉が開業しました。パン屋・雑貨屋・ワインセラーのある酒屋を兼ね備えたコーヒーが飲めるカフェとして、亀の町にまた新たなコンテンツが埋め込まれました。

〜その後のまちとのつながり〜地域とつながるイベント『亀の市』

〈ヤマキウビル〉の3階に自社オフィスを移転したことで、亀の町の新参者として僕たちもまちに顔を見せて、心を開いて思いを伝えていく、そんなゆるい近所のつながりを持ちたいと考えるようになりました。その手段として考えたのが、地域でイベントを企画・運営していくこと。

こうしてビルオープンの2015年からトークイベント『Discover Kamenocho』を始めました。

平日の夜にお酒を飲みながら、ゲストの話を聞きましょう(いや、むしろ「ゲストの話を聞きながらお酒を飲みましょう」というほうが正しいかもしれません)というイベントです。ゲストの取り組みやまちの見方について話を聞くことで、周辺のみなさんにも僕らがやりたいことや、その先にある未来をイメージしてもらいたいという思いでした。

第1回目のゲストは〈青豆ハウス〉の青木純さん。

第1回目のゲストは〈青豆ハウス〉の青木純さん。

2021年に開催した、Discover Kamenochoの様子。

2021年に開催した、Discover Kamenochoの様子。

また、その翌年2016年には、ヤマキウビルの駐車場を共有地として開放し、マーケットイベント『亀ノ市』がスタート。「世界亀の日」である5月23日に合わせて、毎年5月末頃に開催しています。

亀ノ市ではまちを楽しむこと、そして暮らしている人と緩やかなつながりを育んでいます。ローカルな事業者さんの出店や、音楽ライブなどを通して、僕らの関係性が地域に広がり、仲間が増え、少しずつまちのファンが増えていく感覚がありました。

2023年6月3日に第9回の亀ノ市が開催されました。亀の町に賑わいをつくっています。

2023年6月3日に第9回の亀ノ市が開催されました。亀の町に賑わいをつくっています。

リノベーションとは、建物の改修だけにあらず

こうした活動を通じて、あらためてリノベーションについて考えるようになりました。

リノベーションの大義は、建物をその時代にあった使い方にしていくこと。そして僕はもうひとつ、オーナーさんや周辺の方々が少しずつ不動産への考え方を変え、入居者と一緒に一歩踏み出すこと、つまりハード(建物)とソフト(気持ち)の両方の変化が大切だと考えるようになりました。

3つのリノベーションプロジェクトが完成したのも、たくさんの方の協力的な気持ちがあったからこそです。僕らは亀の町のいち住民であるというスタンスで、イベントや周辺の方とのコミュニケーションを通したソフトのつながりも大事にしています。

ご近所づきあいをデザインし、地域の人々のコミュニティや信頼関係を築くことで、暮らしを豊かにしていこうという「ネイバーフットデザイン」は、地方都市のこれからのまちづくりのひとつの指針になると確信しています。

“点”が“面”に。亀の町が注目されはじめる

目標としていた3つの“まちの共有地”が誕生したことにより、うれしい反応がありました。

まずは、「亀の町に足りないコンテンツをつくって、人の流れをつくりたい」という思いに応えるように、以前は少なかったお子さんを連れたファミリー層もよく訪れてくれるようになったこと。

また、前回お伝えしたように、亀の町では複数の小さな点をつなげてネットワーク化し、面にすることでエリアを変えていく「エリアリノベーション」というまちづくりに挑戦しているのですが、今回3つ目の拠点をつくることで、“点”が“面”となり、多くのメディアに取り上げられるようになりました。それにより、亀の町の変化が一気に加速したように感じます。

こうして徐々に亀の町に人の流れと新たな関係性が生まれていきました。中心市街地からは外れ、見放されたような場所だった亀の町ですが、現在では中心市街地の文化振興のにぎわいと、繁華街、住宅地との間で、多様な人々がゆるやかに混ざり合う場所になっています。3つの点ができたことで、エリアのイメージが変化して、これまで訪れることがなかった方が新しい視点で亀の町を見てくれるようになりました。

さらには、僕たちが進出する以前の2013年、亀の町の不動産の土地取引件数は4件だけでしたが、2016年のヤマキウビルができた次の調査では16件まで増え、まちでチャレンジする方が増えている状況になりました。今、亀の町は秋田市でも人気のエリアになっています。

2018年には秋田市の中心市街地活性化区域が広がり亀の町もエリアに入ることに。亀の町は左下の青枠内に含まれている(出典:秋田市・秋田市中心市街地活性化プラン)。

2018年には秋田市の中心市街地活性化区域が広がり亀の町もエリアに入ることに。亀の町は左下の青枠内に含まれている(出典:秋田市・秋田市中心市街地活性化プラン)。

2018年〈亀の町ベーカリー〉の誕生

2018年には亀の町ストア内で営業していたベーカリー部門を独立させ、〈亀の町ベーカリー〉として開業しました。こちらは酒場カメバルがある狸小路にあります。酒場カメバルの隣でひっそりと運営していたスナックが営業を終えることになり、そちらを借りることになりました。

〈亀の町ベーカリー〉。今ではまちのなかに根づき、愛されるお店に。

〈亀の町ベーカリー〉。今ではまちのなかに根づき、愛されるお店に。

まちのなかのグレーゾーンはとっても重要

ヤマキウビルによって、亀の町でのプロジェクトが完成したとは思っていません。また、始まりとも思っていません。プロセスは常に途中であると思っています。

亀の町で起こってきたこれまでの出来事は、今後の異なる状態に「なる」途中です。正解が見えない時代とはきっと、「やる(完成させる)」と「やらない」の二項対立で考えるのではなく、グレーな「途中」ということが重要かもしれません。

つづく

information

KAMENOCHO BAKERY 亀の町ベーカリー

住所:秋田県秋田市南通亀の町5−11

Web: 〈KAMENOCHO BAKERY〉Instagram

profile

Akihiro Shoji

東海林 諭宣

しょうじ・あきひろ●株式会社See Visions/株式会社スパイラル・エー代表取締役。1977年秋田県生まれ秋田市在住。都内デザイン事務所を経て、2006年、秋田市に〈株式会社シービジョンズ〉を設立。現在は、店舗・グラフィック・ウェブなどのデザイン、編集/出版・各種企画/運営などを手がける。近年では〈株式会社スパイラル・エー〉を設立し、秋田市中心部で〈酒場カメバル〉〈亀の町ベーカリー〉〈亀の町ストア〉〈亀の町UP TO YOU〉を運営。自社が入居する2015年のヤマキウビルリノベーション事業を機に、2019年の〈ヤマキウ南倉庫〉など、不動産活用によるエリアの価値創造を掲げ、各地の町の魅力を引き出す活動を精力的に行っている。好物はスイカ。http://see-visions.com

credit

編集:中島彩

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