3日間におよぶスルーハイク、2日目の朝は曇り空。
私が暮らす弟子屈町は、面積の3分の2が阿寒摩周国立公園。
素晴らしい大自然の中を巡りながら歩くことができるロングトレイルがある。
2020年秋に開通した〈摩周・屈斜路トレイル〉。通称〈MKT(エムケーティー)〉。
弟子屈町の自然を愛する人たち〈てしかがトレイルクラブ〉が、長い年月をかけて整備した50キロの道だ。
新緑が眩しい5月下旬、〈てしかがトレイルクラブ〉がトレイルの確認を兼ねて歩く3日間のスルーハイク。その中日、SECTION2に同行させてもらった。
今春完成した〈MKT〉マップは、ホームページからダウンロードできる。
〈MKT〉のスタート地点は、世界有数の透明度を誇る摩周湖の展望台。そこから始まるSECTION1は、噴煙を上げる硫黄山を通り、麓にある川湯温泉までの20.5キロ。
そして私が参加したSECTION2は、川湯温泉から始まる22.5キロ。山手線がすっぽり入る広さの屈斜路湖に沿って森の中、湖畔の砂浜、ときどき舗装路も歩く平坦だけどバリエーションに富んだコースだ。
朝8時に集合して、4名のガイドを含む計8名で歩き始めた。
かつては町民が散策する森だった〈仁伏半島自然散策路〉。近年は使われず荒れていたが、〈てしかがトレイルクラブ〉が復活させた。
かつては町民が散策する森だった〈仁伏半島自然散策路〉。近年は使われず荒れていたが、〈てしかがトレイルクラブ〉が復活させた。
1時間ほどで、仁伏(にぶし)温泉の看板が見えてくる。湖畔には温泉宿や別荘が並び、その一角に〈仁伏半島自然散策路〉別名「仁伏の森」がある。
入り口には〈MKT〉のカウンターが設置され、ここからルートは、森の中へと入っていく。
周回すれば、約1時間の森の散策コースとしても楽しめる。
周回すれば、約1時間の森の散策コースとしても楽しめる。
弟子屈町の春の訪れは、本州と比べるとかなり遅い。5月下旬は木々の新芽がやっと出始めた頃。広がり始めた葉は見つけやすく、足元には、小さな花がたくさん咲いている。
「この木は?」「あの花は?」8人の間で、次から次へと質問が飛び交う。
イタヤカエデ、ハルニレ、ミズナラ、ハリギリ、ヤマナラシ、ヤマブドウ、etc.
みんなで答え合わせをしながら歩くことの楽しさといったら!
〈MKT〉は今春、HP上で『MKT MAGAZINE』を始めた。コンセプトは「読んで、歩くと、面白い。」
自然も森も、知れば知るほど魅力が増す。歩くことで、目にして触れれば、ますます好きになる。
林床には、さまざまな白い花が咲いていた。こちらはヒトリシズカ。
野生動物の痕跡もあちらこちらに。
たくさんの鳥の声も聞こえる。クマゲラ、ヤマゲラ、シジュウカラ、ゴジュウカラ、シマエナガ、etc.
異なる種類の鳥がひとつの群れになる“混群”でやってくることもあり、とても賑やかだ。
「あそこにいるよ」「あ、こっちにも」……森の中は誘惑が多くて、なかなか先へ進めない。
大好きな「仁伏の森」のカツラの巨木に、再び出合う樹齢はどのくらいだろうか? 「仁伏の森」には見上げるほどのカツラの木が点在する。
「仁伏の森」を30分ほど歩くと、目の前に、大きな木が現れる。この散策路のランドマークでもある「カツラの巨木」だ。
ちょうど2年前、弟子屈町に移住して初めて「仁伏の森」を歩いたとき、この存在感に圧倒された。
木のテーブルの上、苔の中から芽を出したのは?
〈MKT〉の標識に沿って進んで行くと、小高い丘に登って仁伏山の頂上に出たり雰囲気が異なるトドマツの林に入ったり。そこを抜けると目の前に、日本で6番目に広い屈斜路湖がド〜ンと広がる。
このバリエーションの豊かさが〈MKT〉の醍醐味であり、弟子屈町の誇るべきところだ。
同時に、摩周湖、屈斜路湖、硫黄山という弟子屈町の3つの景勝地は、多様な森でつながっているのだと実感する。
総面積79.3平方キロメートル(山手線内がすっぽり入る広さ)の屈斜路湖。
砂を掘るとお湯(温泉)が湧き出る〈砂湯〉。観光地として人気が高いこの場所は、SECTION2の中間地点。
歩き出して、そろそろ4時間が経過。まだ、今日の行程の半分も歩いていないことに気づき少しペースを上げる。
〈砂湯〉で昼食を摂り、次の目的地〈池の湯〉を目指す。
屈斜路湖に面した野湯のひとつ〈池の湯〉。
屈斜路湖に面した野湯のひとつ〈池の湯〉。
弟子屈町のキャッチフレーズは、「森と湖の温泉郷」。
町内のあちらこちらに温泉が湧いていて、屈斜路湖畔の野湯だけで3か所もある。いずれも無料で混浴の絶景風呂。それらすべてが〈MKT〉のルート上にあるのもいい。
ここは〈池の湯〉。ロングトレイルの途中であれば、足湯として浸かるだけでもいい。10キロ以上歩き続けた足をリフレッシュして後半に挑むことができる。
午後になると太陽が顔を出し、初夏の陽気になってきた。
こちらの野湯は〈コタン温泉〉。冬にはオオハクチョウが飛来することでも有名。
こちらの野湯は〈コタン温泉〉。冬にはオオハクチョウが飛来することでも有名。
湖畔の林道と舗装路を歩きながら道端の木や花を観察したり(外来種を発見したり)、次から次へと姿を現す野鳥に感動したり、「ここにこんな建物あった?」なんて小さな変化に気づいたり。
いつもは車で一瞬にして通り過ぎてしまう場所も、歩くことでいろんなものが見えてくる。そして、どれほど豊かな自然に囲まれているのかということにも改めて気づく。
自然にどっぷりと浸かった一日。地面に寝転がったときの心地よさ歩くこと約8時間。ラストスパートを前に、束の間の休憩タイム。
ルート上には〈アイヌ民族資料館〉もある。前の広場には、松浦武四郎の碑が。
太陽の光が夕焼け色になり始めた頃、カヌーの乗船場や釧路川源流の入り口を通り過ぎ、そろそろ屈斜路湖畔の道に別れを告げてラストスパートの国道へと入る。
SECTION2のゴールである〈和琴半島〉まであと4.5キロだ。
釧路川源流の入り口では、カヌーや釣り人を見かけることも。
国道に入ったら、周りの風景がガラリと変わった。目の前に広がるのは、畑や牧草地。人間が生活していることを感じる空間。
ゆっくり歩いてきたからこそ味わえるこの変化も、ロングトレイルならではのおもしろさ。
弟子屈町のなかでは、このエリアの気候が畑作に適しているようだ。
弟子屈町のなかでは、このエリアの気候が畑作に適しているようだ。
弟子屈町のなかでは、このエリアの気候が畑作に適しているようだ。
歩き続けること、10時間。沈み始めた夕日に照らされて、みんなでこの地の素晴らしさとここに住んでいることに感動してゴールした。
「歩きたくなる町、てしかが」そう思わせてくれた体験だった。
〈てしかがトレイルクラブ〉は現在、さらなる道を整備中。SECTION3のゴールは、標高525メートルの美幌峠。
そこからは屈斜路湖の大パノラマとともに3日間歩いてきた道が望めるという。
そんなドラマティックなゴールを演出するべく、彼らは、日々奮闘を続けている。
SECTION2のゴールである〈和琴半島〉にはキャンプ場がある。自然を浴びた一日の最後が満天の星の下なんて、サイコーだ。
information
摩周・屈斜路トレイル(MKT)
摩周湖と屈斜路湖というふたつのカルデラ湖を渡り歩き、火山がつくり出した独特の自然景観、温泉街や野湯、また古くからあるアイヌコタン(集落)を通りながら歩くトレイル。現在は50キロが開通。今後は、美幌峠までの延伸(全長約60km)を計画中。
Web:摩周・屈斜路トレイル
※〈摩周・屈斜路トレイル〉は以下のルールを読んだ上でチャレンジしてください。MKTを歩くハイカーが守るべき8つのルール
writer profile
Chigusa Ide
井出千種
いで・ちぐさ●弟子屈町地域おこし協力隊。神奈川県出身。女性ファッション誌の編集歴、約30年。2018年に念願の北海道移住を実現。帯広市の印刷会社で雑誌編集を経験したのち、2021年に弟子屈町へ。現在は、アカエゾマツの森に囲まれた〈川湯ビジターセンター〉に勤務しながら、森の恵みを追究中。