日本人の食生活についての論議が活発になっている。従来の和食から欧米風の肉食中心に食生活が変わったことから、脂肪エネルギーの過剰摂取によるがんや糖尿病、高血圧など生活習慣病が増加し、また、日本人のライフスタイルや家族のあり方が多様化したことによって、外食の増加、朝食抜き、偏食、孤食などの食行動の問題が注目されている。このような食生活の乱れが、生活習慣病の増加にとどまらず、子どもたちのイライラや精神的不安定に関係があるのではないかという議論までが盛んになされるようになった。
「食育」は、国民一人ひとりが、あらゆる世代にわたって、健全な食生活に必要な知識や判断力を習得し、それを実現できるようにすることを目指すための取り組みのことだ。政府は、日本人の食生活を見直し、根本的に改善していくために、1998年に「国民栄養調査」を実施し、食と健康の関連などのデータをとるとともに、2000年に農林水産省、厚生省(現厚生労働省)、文部省(現文部科学省)が一体となって、10カ条からなる「食生活指針」を策定した。これは、食料生産から流通、食卓、健康までをトータルに捉えたもので、食事を楽しむ、朝食をとる、主食、主菜、副菜を基本にした食事バランスに気をつける、食塩、脂肪を控えて栄養へ気配りする、食材の無駄を省いて環境への配慮をするなど、健康目標を具体的に設定したものとなっている。
2005年7月には、食生活の改善から食の安全性確保、また食料自給率の向上も視野に入れた食育の推進をうたう、食育基本法が施行された。この法律の目的は、食育を、生きる上での基本的要素のひとつとして位置づけるとともに、さまざまな経験を通じて食に関する知識と食を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することができる人間を育てることだ。背景には、不規則な食事、栄養の偏り、肥満や生活習慣病の増加、過度の痩身志向の他、食中毒事件やBSE問題など新たな食の安全上の問題、食の海外への依存が豊かな緑と水に恵まれた自然のもとで先人から育まれてきた地域の多様性と豊かな味覚や文化の香りあふれる日本の食が失われる危機にあるなど、さまざまな問題に関心が寄せられるようになってきたことがあげられる。
政府は「食を考える国民フォーラム」を開催するなど、市民への食育の普及活動を推し進めている。食生活を国民運動として実践・展開することで、国民の心と体の健康を増進し、豊かな人間性と食生活をつくりだし、消費者の食に対する考え方を育て、手助けするのが目的だ。また、偏食、加工食品の取りすぎ、一人で食事する孤食など、子どもたちの食生活を改善することが大きな課題となっており、学校教育の現場に食育を取り入れて、小さい頃から「健全な食生活」を身にづける必要性が指摘されている。
このため、各県の教育委員会も児童、生徒に食生活を指導する食育を推進する方針で、食生活の実態を知るための調査や、モデル校を選定して、栄養士の免許をもつ食育推進委員を配置し、給食の管理や地域や家庭と連携した食生活の指導などが計画・推進されている。実際に食物を生産する農家を子どもたちが訪れて、食べ物がどのように作られているのか、大地の恵みとは具体的にどういうものなのかを実感させるプログラムなども用意する学校もある。また、市民の中からもボランティアで食育に取り組むグループも出てきている。
食育が国民のなかに根づくためには、国民自らが食について考え、健康な食生活を実践し、それを次の世代に受け継がせることが大切。家庭での料理づくりや、外食をする時にもメニューを選ぶようにするなど、毎日の積み重ねが必要だ。