サイト内
ウェブ

ツボ屋の近くに大手外食チェーンのパスタ屋がオープンして大ピンチ!「なんか、作戦を考えなきゃ……」/小説「潮風テーブル」第4回【全5回】

  • 2024年2月7日
  • Walkerplus

「潮風テーブル」(喜多嶋隆/KADOKAWA)第4回【全5回】

湘南の港町にある素朴な魚介レストラン「ツボ屋」、別名「ビンボー食堂」。店主である女性・海果が、中学生の少女・愛や町の人々の助けを借りて細々と経営している。町が観光客で賑わい稼ぎ時となる夏、大型台風の到来やライバル店のオープンなどが重なり未だかつてないピンチを迎えてしまう。「お前には用がない」と戦力外通告された過去をもつ海果と、家族がバラバラになってしまった愛――それぞれが心の傷を抱えながらも、いまの自分の居場所を守るために奔走する。心温まるヒューマンドラマと美味しそうな料理の数々が魅力的な「潮風テーブル」の冒頭部分をお届け!
※2023年10月2日掲載、ダ・ヴィンチWebの転載記事です。

■4. 偵察
〈パスタ天国〉……。そのピンクの看板が、陽射しを浴びている。

噂の店が開店した。

葉山・森戸海岸沿いのバス通りと、うちに向かう小道の角だ。

その一画は、お祭り騒ぎのようになっていた。主に若い人たちが、30人ぐらい行列を作っている。

その近くで、揃いのウエアを着たモデルっぽいお姉さんたち3人が、チラシを配っている。

ピンクのTシャツに白いショートパンツ。スタイルのいいお姉さんたちが、笑顔で道ゆく人たちにチラシを配っていた。

お姉さんの一人は、ぼさっと眺めているわたしと愛にも、「はい」と言ってチラシを渡してくれた。

〈パスタ天国・葉山店 OPEN!〉の文字が派手に躍っている。

〈このチラシ持参のお客様は全品30パーセント割引!〉

とあり、メニューの写真が載っている。

店名通り、パスタの専門店らしい。パスタを盛ったお皿の写真が、ずらりと並んでいる。

並んでいるお客たちは、みなそのチラシを持っている。その中には、地元の知り合いの姿もあった。そんな光景を眺めていたわたしは、ふと目をとめた。

店の人らしい中年男が、並んでいるお客を整理している。

その人とふと視線が合った。3秒後、わたしは、「あ……」とつぶやいた。

あれは、2カ月ぐらい前だった。

平日の午後3時過ぎ。中年男が一人で店に入ってきた。

四十代だろうか。仕立てのいいスーツを着て高級そうなネクタイをしめている。

中年男一人のお客は珍しい。なんだろう……。わたしは、ちょっと身がまえた。

けれど、その男はカウンター席にかける。

「パスタ、ある?」と言った。どうやら、お客らしい。わたしは、愛が描いたメニューを彼の前に置いた。

それをじっと見ていた彼は、〈パスタ・サバティーニ〉を注文した。

サバとトマトを使ったパスタ。いま、うちの看板メニューになっている。

彼は、それをいやに黙々と食べ、勘定を払い、帰っていった。

学校から帰ってきて手伝っていた愛も、ちょっと不思議そうな表情でその人を見ていた。サラリーマンが来るにしては、時間が半端だし……。

わたしの中に、〈?〉が消え残った。

いま、並んでいるお客を整理しているオジサンは、間違いなく彼だった。

彼も、わたしと愛に気づいたようだ……。そのとき、

「店長!」と店から出てきた若い従業員が声をかけ、彼は店に戻っていった。

店長か……。

「あれは、偵察というか、マーケティング・リサーチだったんだ……」

と愛が言った。チラシを手にツボ屋に戻ったところだった。

「マーケティング・リサーチ?」

わたしは、訊き返した。愛は、相変わらずそういう言葉にくわしい。

「そう、新しく開店するにあたって、近隣のライバル店をチェックしておくことだよ」

「そっか……」わたしは、つぶやいた。確かに愛の言う通りかもしれない。

うちとあの店では、何もかも違う。

それでも、近所にある店はいちおう調べておくのだろう……。

「全国でチェーン展開してるね……」

愛が、スマートフォンの画面を見ながら言った。〈パスタ天国〉について調べているところだった。

「かなり大手の外食チェーンだ……」と愛がつぶやいた。

〈パスタ天国〉を経営しているのは、〈(株)田島フーズ〉という会社だという。

「この会社、〈パスタ天国〉は、全国で60店舗。ファミレスは50店舗、回転寿司は70店舗を展開してるよ」

と愛。

「そういえば、クラスの誰かが、横浜にある〈パス天〉に行ったって言ってたな……」とつぶやいた。

〈パスタ天国〉は、略して〈パス天〉と呼ばれているらしい。それだけポピュラーな店なんだろう。

「平均価格帯を低く設定してあるね」

と愛。〈パスタ天国〉のチラシを見て言った。愛は13歳だけどうちの経理部長。やたら難しい言葉を使う。

「それって?」

「わかりやすく言えば、メニュー全体が安いって事だよ」

「そっか……」

わたしは、つぶやいた。確かに、チラシにあるパスタは、みな1000円以下だ。へたなファミレスより安いかも……。

「うちのお客をとられるかなあ……」わたしは、つぶやいた。

「お店の場所が場所だから、かなりとられるかもね」と愛。

〈パスタ天国〉は、バス通りの角。

普通の観光客たちは、まずそこを歩いてうちの前にやって来る。

うちの店にくる前に、〈パス天〉に入ってしまう可能性は高いかもしれない。

それでなくても、うちツボ屋の経営は大変だ。

毎月15万円の借金を、信用金庫に返さなくてはならないから……。

魚市場で拾ってくる魚やイカ。それと、一郎が釣らせてくれるマヒマヒやイナダ。

それを食材に使う事で、なんとか潰れずにやっているのが実情だ。

あの〈パス天〉の開店で、これからどうなるのだろう……。

「偵察に?」愛が、訊き返した。わたしは、うなずき、

「あっちの店が、どんなか、偵察してみる必要があるかも」

〈パスタ天国〉の店長も、うちを偵察に来た。それなら、こっちも偵察に行く必要があるだろう。

「でも、わたしたちの顔、バレてるよ」と愛。それはそうだ。さっきも、店長はわたしたちの事を見ていた。

「なんか、作戦を考えなきゃ……」

「え……これ?」と愛。その帽子を手にして言った。

翌日。お昼過ぎだ。

偵察には、愛を行かせる事にした。ボケナスのわたしが行っても意味がないので、目ざとい愛を行かせる事にした。親友のトモちゃんと二人で……。

「でも、わたしの顔もバレてるよ」と愛。

「だから、変装していくの」とわたし。古い野球帽をとり出した。

「変装?」

「そう、男の子にね」

あの、風呂場を覗かれたときの事。

たまたま覗いてしまったオッサンは、愛を見て〈坊や〉と言った。

酔ってた事もあり、愛を男の子だと思った……。それは使える……わたしは思った。

愛には、ジーンズを穿かせた。そして、わたしが中学生の頃に着ていたGジャンを出してきて着せた。

最後は、野球帽。お爺ちゃんがかぶっていた横浜のチームの野球帽だ。

愛の髪は、肩まである。その髪をアップにして大きめの野球帽の中に入れた。それを見て、

「いいかも」とわたしは言った。

その姿だと、男の子に見えない事もない。やや丸顔の男の子……。

5分後。店に入ってきたトモちゃんは、プッと吹き出した。

「どうしたの、愛?」

「イメージ・チェンジよ」とわたし。トモちゃんに事情を説明した。

「なるほど、変装か……」とトモちゃん。

「知ってる人なら、すぐに愛だとわかるけど、店の人は気がつかないかもね……」と言った。

「じゃ、頑張ってきて」わたしは、レジから千円札を3枚ほど出し、愛に渡した。

「ほら、たくさん食べるんだよ」

わたしは、猫のサバティーニに言った。

今朝は、久しぶりに魚市場で魚を拾えた。網から上げるときに傷がついた魚や、脚の千切れたヤリイカなどを拾えた。

わたしはいま、その中のアジをサバティーニに食べさせていた。

鮮度がいいので、サバティーニはアジの刺身をはぐはぐと食べている。その姿を眺めて、

「いくらでも食べていいからね、宣伝部長」とわたしは言った。

いつも、店の出窓から外を見ているサバティーニ。

その可愛さに惹かれて入ってくるお客も多いのだ。

強力なライバル店ができてしまったいま、招き猫のサバティーニは、頼みの綱かもしれない。

そんな事にはおかまいなく、サバティーニははぐはぐと魚を食べているけれど……。

「お帰り」とわたし。愛とトモちゃんが、店に戻ってきた。

「けっこう時間かかったね」二人が出て行ってから、2時間以上たっている。

「それが、いろいろあって……」とトモちゃん。

見れば、愛の表情が硬い。目も腫れぼったい。泣いたあとのように……。

「何があったの!?」とわたし。









あわせて読みたい

キーワードからさがす

gooIDで新規登録・ログイン

ログインして問題を解くと自然保護ポイントが
たまって環境に貢献できます。

掲載情報の著作権は提供元企業等に帰属します。
Copyright (c) 2024 KADOKAWA. All Rights Reserved.