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コーヒーで旅する日本/関西編|日本茶の老舗が気鋭のロースターになるまで。「辻本珈琲」がコーヒーを通して広げる“すてきなじかん”

  • 2023年9月26日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

関西編の第69回は、大阪府和泉市の「辻本珈琲」。120年以上続く日本茶の老舗・辻峰園の5代目でもある店主の辻本さんが、畑違いのコーヒーを扱い始めたのは、今から20年前。ドリップバッグの加工・製造に始まり、ECサイトでの販売を経て、ロースターへと進化した、ユニークな経歴を持つ一軒だ。現在もECサイトでの販売を軸に、お客の好みに応える多種多様な豆を扱う「辻本珈琲」が目指すのは、コーヒーを通して生まれる“すてきなじかん”の提案。まったく偶然の縁からコーヒーの世界に踏み出し、多くの支持を得るまでに至った足跡を伺った。

Profile|辻本智久 (つじもと・ともひさ)
1979年(昭和54年)、大阪府和泉市生まれ。1899年創業の茶舗・辻峰園の5代目として、大学卒業後から家業に携わる。日本茶を取り巻く環境の変化を感じ、2003年から新事業としてコーヒーのドリップバッグ加工・製造を始め、2005年に「辻本珈琲」としてECサイトを開設。以来、コーヒーの品質や風味への関心を深め、Qグレーダー資格取得、産地の訪問など研鑽を重ね、2016年に本社と実店舗を新設。3年後に焙煎所を増設し、店頭では多様なスペシャルティコーヒーと共に、独自の商品企画で“コーヒーを通して始まるすてきなじかん”を提案する。

■日本茶からコーヒーへ。老舗に訪れた大きな転機
大阪府の南部、広大な丘陵地に里山の風情も残る和泉市。大阪のベッドタウンとして近年、新たな住宅地や大型商業施設が増えているが、今もまだのどかな自然が感じられるエリアだ。実は、「辻本珈琲」は元々、この地で100年以上続く日本茶の老舗。店主の辻本さんは5代目にあたる。「子供の頃から、父母の姿を見ていて、家業は継ぎたいと思っていました」という辻本さんが、なにゆえコーヒー専門店を開いたのか。そこには、日本茶を取り巻く状況の大きな変化があった。

辻本さんが社会人になった頃には、日本茶を家庭で淹れる習慣が薄れてきていたことに加えて、ペットボトル飲料の1ジャンルとして日本茶が定着。コンビニなどでの販売も急速に普及。茶葉を使うことなく、手軽にいつでも飲めるものになりつつあった。辻本さんの祖父の代までは、茶の栽培も手掛けていたそうだが、時代の変化を見るにつけ、「これは、ひょっとすると自分の代で終わってしまうかもしれない」と、家業の行く末に危機感を抱いていた。そんな折、転機となったのは、コーヒーのドリップバッグの加工に携わっていた同業者との縁。2003年に新たな事業として、ドリップバッグのOEMに参入したのが、コーヒーとの関わりの始まりだった。

「当時は、缶コーヒーで満足していたくらいで、コーヒーに特段の興味を持っていたわけではなかった」と振り返る辻本さん。それでも家業を立て直すために、とにかく目の前にある仕事、依頼のあるものをこなすことに注力した。とはいえ、「単に注文されたものを作るだけでは、自分が苦しくなる感覚があって。せっかく始めたのなら、独自のコーヒーを提案したい」と、2005年にECサイトを開設。オリジナルのコーヒー販売をスタートしたのが、「辻本珈琲」の原点にある。

OEMによる製造のかたわら、委託焙煎でブレンドを作ったり、当時グルメコーヒーと呼ばれた高品質の豆の品揃えを増やしたりと、オリジナルの商品開発に試行錯誤。さらに、焙煎から24時間以内の加工で豆の鮮度を打ち出し、“お茶屋が考えるまろやかブレンド”といったユニークなネーミングで差別化に腐心した。

家業の茶舗では対面販売が当たり前だったが、ECサイトでの販売を通じて、オンラインならではのメリットも感じたという。「全国各地、まったく縁のない土地の人々からも注文が入り、つながりができるのはECサイトならではの魅力」と辻本さん。2008年に登場したデカフェの豆をはじめ、各地のお客の声をヒントに生まれた商品も多い。何より、コーヒーを扱う仕事に向き合う姿勢を、改めて感じさせられたのが、2011年の東日本大震災で被災したお客からの声だった。「東北のお客さんから、震災の何カ月かあとに連絡があって、多くのものを失った状況でも、“コーヒーがあったおかげで平静を保つことができた”といった言葉に、コーヒーの持つ力と、それを届ける仕事の意義を見出した思いでした。以来、品質と鮮度の追求をよりいっそう意識するようになりましたね」と、このときの経験は「辻本珈琲」にとっての、大きなターニングポイントになった。

■お客のニーズに応える多彩な豆の顔ぶれ
生来、何事も突き詰めて考える性格で、徹底して追求したいという職人気質の辻本さん。ECサイトも競争が激しくなる中で、コーヒーの品質や風味への関心を深め、SCAJや各種セミナーにも参加。スペシャルティコーヒーの品揃えを増やすなど、さらなる店のカラーを作ることに邁進。台湾やベトナム、タイなど産地への訪問にも出かけ、2015年にはブラジルの農園も視察。このとき、一緒に参加していた神戸のCoffee Temple店主・田和さんの誘いでSCAJの運営にも関わるようになり、新しいコーヒーの知識、技術を得る機会を増やしていった。その甲斐あって、ECでの販売が伸びてきたこともあり、2016年、新たな拠点として立ち上げたのが、現在の店舗だ。

「自家焙煎の準備もしていたが、決定的になったのは、ECの販売が順調に伸び、場所が手狭になったこと。スタッフの働く環境の向上も含めて、スペースを広げたかった」と心機一転。新店舗では、まず直火式焙煎機を導入し、少しずつ商品も自家焙煎に切り替えていった。同時に味作りには必須のカッピングスキルを磨き、Qグレーダーの資格も取得。カップオブエクセレンス(COE)の審査員も経験するなど、自らのスキルアップに努めてきた。その中で、コーヒーに対する向き合い方も変わってきたという。

「自分で生豆を買い出してから、集中して豆の個性を見るようになった。委託焙煎のときは自分の手を使ってないので、どうしても距離を取ってしまう、いわば別部署の話みたいな関わり方で、中身に自信がないまま発信している感じでした。焙煎を始めてからは、実感を持ってコーヒーを勧めることができるようになりました」と辻本さん。豆を選ぶ際には可能な限り産地に足を運んだり、サンプルを送ってもらったりと、実物に触れて吟味し、お客に明確に説明できるものを扱うことを心掛ける。

それでも、店で扱う豆は50種以上に上り、コモディティからスペシャルティまで、グレードの幅広さも実に幅広い。「自分は気が多いので(笑)、一つに絞れないところがある。良いものは良いという感覚で、お客さんに勧めています」と辻本さん。店頭ではスペシャルティグレード、シングルオリジンに絞って提案しているが、それでもメニューには20種近く。産地やプロセスもさまざまで、COEをはじめ希少な豆も数種含まれている。多様なコーヒーでお客の求めに応えたい、という思いがにじみ出る品揃えは、長らくECサイトで販売を続けてきた経験が大きい。

「ここは、コーヒーの個性の幅広さに触れるショールーム的な位置づけ。ECが長かったので、対面販売は新鮮。やっぱり顔を合わせて話す方が好きなので。客層も若い方から地元の人まで。コーヒーを自分で淹れ始めたとか、浅煎りも飲んでみたいとか、苦手な方からのめり込んで好きな方まで、新しいご縁も広がっています」。多種多様な豆との出会いに加えて、コーヒーシーンのトレンドにも触れてもらえるよう、さまざまな抽出器具も販売。ドリップコーヒーの提供には、最新の全自動抽出マシン・ポアステディも導入。多彩なコーヒーの味をブレなく飲み比べできるようにしている。

■コーヒーから生まれる“すてきなじかん”
ここまで見ると、いかにもスペシャルティコーヒー専門店という印象を受けるが、辻本さんが届けたいのは、モノとしてのコーヒーだけでなく、“コーヒーを通して始まるすてきなじかん”。「辻本珈琲」を運営する会社名も、ズバリ“すてきなじかん”だ。「あの震災の体験から、コーヒーは人の気持ちを変えたり、切り替えたりできる力を持つと気付いたんです」、という店のモットーを体現するのが、“すてきなじかんプロジェクト”と銘打った独自の企画。その始まりは、創業15周年の記念の“雨あがりのじかん”から。

「雨の日に、大阪市内の店に買い物に入ったとき、店主さんが常連さんを送り出したら、ちょうど雨が上がったんです。その光景を見て、雨から晴れに変わるように、コーヒーでも気持ちの切り替わりを表現したいと思いついたんです」。このプロジェクトでは、ドリップバッグ“雨あがりのじかん”の販売と共に、それぞれがイメージする「雨あがりのじかん」をコラム、写真をお客から募集してコンテストを開催。普段はないコミュニケーションの機会となり、好評を得たドリップバッグは継続的に販売している。

また、第2弾の“ぱんじかん”では、4種類のパンそれぞれに合うスペシャルティコーヒーを提案。「スペシャルティコーヒーに傾倒すると、どうしてもスペックに寄って、横文字が並ぶことになる。個人的には好きだけど、お客さんはどうか?と考えたときに、何かとのマリアージュならもっと気軽に選べる。パンとコーヒーは最たるもの」と、コーヒーをあえて脇役にすることで、より親しみやすいフックを作った。さらにベーカリーにとっても、パンと組み合わせた商品として付加価値を生む提案も行い、三方よしの考えが形になった。現在、第4弾まで企画を実現しているが、このプロジェクトはいずれも、手軽なドリップバッグのみで展開するというのが、長年、製造に携わってきたこの店ならではのアイデアだ。

「今も主軸はEC。あちこちのいろんな人に届けられるのが魅力。一方で、ショールームは大きなものはないが新しい発見がある。お客のニーズを知る場所、卸の相談や生産者の方も来る。ここができてから発見の毎日」という辻本さん。今年は、よりコーヒーを深く楽しむための新機軸のイベント、コーヒーエクスペリエンスも開催。豆のプロセスやグラインド、抽出湯温・器具などの違いを飲み比べで体験できる、“コーヒーラボ”的な内容だ。とはいえ、「この企画は、自分の趣味的な面もあるので(笑)。あまりそちらにバランスを取られないように気を付けています。やはりお客さんのニーズが第一。レビューを見て味を見直したりもする。自分の持っている知識は知れてるので、周りに教えられることはとても多い」。すてきなじかんプロジェクトも、今年の秋冬に第5弾を予定しているとか。「店の顔になればいいなと思っていますが、気まぐれで、いつやるかはわからない(笑)。それもうちらしさかなと。“辻本珈琲らしいね”と言われる名物企画として、楽しんでもらえるものにしたいですね」。辻本さんが出会った素敵な時間が、どんな形で実を結ぶか。楽しみに待ちたい。

■辻本さんレコメンドのコーヒーショップは「Lilo Coffee Roaster」
次回、紹介するのは、大阪市中央区の「Lilo Coffee Roaster」。
「大阪を代表する、“なにわのコーヒー屋さん”のイメージ。コーヒーのクオリティはもちろん、スタンドや純喫茶などさまざまなタイプのお店を展開して、他にないオリジナリティを生み出しています。何より、ヘッドロースターの中村さんをはじめ、スタッフの皆さんが各々のキャラクターを打ち出し、発信するパワーがすごい!今では海外のお客さんも多く、世界中にファンを広げている、目指すべきコーヒーショップです」(辻本さん)

【辻本珈琲のコーヒーデータ】
●焙煎機/ギーセン6キロ・250グラム(半熱風式)、ローリング・スマートロースター35キロ(完全熱風式)
●抽出/エスプレッソマシン(シネッソ)、ポアステディ、ハンドドリップ(オリガミ・フラワードリッパー)、
●焙煎度合い/浅~中深煎り
●テイクアウト/ あり(583円~)
●豆の販売/シングルオリジン24種、100グラム1080円~


取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治

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