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コーヒーで旅する日本/九州編|「ちょっとでも日々の彩りになれたら」と暮らす町で歩んだ24年。「筑紫野珈琲」

  • 2023年9月11日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも九州はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

九州編の第78回は福岡県筑紫野市にある「筑紫野珈琲」。美しが丘という筑紫野市の閑静な住宅街で営む自家焙煎店で、開業は1999年(平成11年)。今年で開業24年だというから店の歴史は長い。1999年というとコーヒー業界ではちょうどスペシャルティコーヒーが出始めた時期であり、まだまだコーヒーを自宅で淹れて飲むという人も決して多くなかったころ。どちらかというとコーヒーは喫茶店で楽しむもので、自宅で豆から挽いて淹れるという人は、強いこだわりがある人というイメージだっただろう。

そんな時代に「筑紫野珈琲」の店主、藤崎忠幸さんは自宅でコーヒーを淹れて飲むというライフスタイルの提案に注力した。そのために住宅街に開業を決めたというから強いポリシーを感じるというもの。店の24年の歩みを含めて、藤崎さんが考えるコーヒーの魅力、そしてどんな存在でありたいかを聞いてみた。

Profile|藤崎忠幸(ふじさき・ただゆき)
1969年(昭和44年)、広島県福山市出身。高校を中退後、その当時関西に暮らしていた親元を離れ鹿児島に単身移住。鹿児島では祖父母が経営する福祉施設で勤務。父親が福岡勤務になったのを機に、自身も福岡へ。手に職を付けたいと、珈琲舎のだで19歳から働き始める。コーヒーを柱とした喫茶店はもちろん接客業が初めての経験だったため、珈琲舎のだで一から勉強。11年働いたあと、30歳で独立。1999(平成11)年に「筑紫野珈琲」を開業。

■洗練という言葉が似合うたたずまい
「筑紫野珈琲」が店を構えるのは、筑紫野バイパスのそばに整備された美しが丘。文字通り、閑静な住宅街で町並みも整然としていて美しい。そんな場所にある自家焙煎店だけに、落ち着いた店のイメージを抱いて訪れた。店前に2台分ある駐車場に車を停めて、ドアを開けてみる。パッと目に入ってきたのは、町の名にふさわしい整えられた店のしつらえだ。使い込まれるほどに光沢を増したであろうカウンター、備え付けられた木製の棚などがクラシカルな雰囲気を演出し、まるでホテルの一角にある洗練された喫茶室のよう。

ただ現在、この喫茶スペースは使われていないのだという。それはコロナ禍によるもので、まだ再開できていないそう。藤崎さんは「一時期と比べるとコロナの影響が落ち着いたとはいえ、なかなか『じゃあ再開するぞ』とはできないのが本音です。ただ常連さんから喫茶再開を望むお声はいただいているので、近いうちにどこかのタイミングで、とは考えています。実際いつでも喫茶を再開できるよう日々準備はしているんです」と微笑む。

そう言いながら「今日も暑いですから」とそっと出してくれたのが2種の水出しコーヒー。1つは創業した当時から定番で出していたイタリアンブレンドを使ったもの。そしてもう1つはエチオピア・モカのフレンチローストの水出しコーヒー。

同じ滴下式の器具で抽出したものだが、味わいはガラリと異なる。特にエチオピア・モカの水出しコーヒーはウイスキーのように妖艶な味わいで、藤崎さんが持つコーヒーの知識、焙煎技術、抽出のコツなどがギュッと凝縮していると感じた。
■コーヒーが気分を変える一助に
藤崎さんにとってのコーヒーの入り口は福岡市内に数店舗を展開する老舗喫茶、珈琲舎のだ。「筑紫野珈琲」をレコメンドしてくれたぶんカフェの吉留さんは珈琲舎のだ時代の直属の上司にあたり、藤崎さんは今も吉留さんのことを“マネージャー”と慕う。

「珈琲舎のだに入ったのは私が19歳のとき。コーヒー業界はもちろん、飲食業界も初めての経験でした。ですので、コーヒーのことから、接客、裏方の仕事まで、すべてを珈琲舎のださんで教えていただきました」と藤崎さん。珈琲舎のだといえば、街場の喫茶店ではあるのだが、どこか洗練されていて、大人な雰囲気の店として知られる福岡の名店。そこが藤崎さんのコーヒーの入り口だったからだろう。「筑紫野珈琲」はまさにその上質な雰囲気をまとっているように感じた。

そんな経歴を有する藤崎さんはコーヒーについてこう話す。「35年近くコーヒーに関わる仕事をさせていただき、24年前からは自身の店を営んでいますが、焙煎も抽出も極めるなんてことは絶対にないですね。なによりコーヒーというのはおいしい、おいしくないの明確な基準があるわけじゃありません。それが難しいところでもあり、楽しさでもあると私は感じています。ただ当店のコーヒーを飲んでいただくお客様の暮らしに少しでも彩りを与えることができたら幸せです。『ちょっと落ち着く』『ちょっと気分が変わった』。そんな体験をもたらすことができたら、という思いで日々コーヒーと向き合っています」

■丁寧で真面目な仕事が味に出る
現在は豆売りに特化している「筑紫野珈琲」では、ブレンド6種、ストレート6種のコーヒー豆を用意。豆の鮮度という観点から焙煎後2週間以内に売り切ることができるよう、こまめに少量ずつ焙煎している。

店頭に並んだコーヒー豆を見て思うのが、豆の粒がそろい、しかも美しいこと。これは丁寧なハンドピックの賜物だろう。藤崎さんにそのことを伝えると、焙煎後のハンドピックを徹底しているという。さらに「豆を見て、悩んだら取り除くよう心がけています。そのまま入れておいてもよいのでしょうが、性格によるものか取り除かないと気になってしまい…。ちょっともったいないなと思ったりもしますよ」と笑う。そんな几帳面で真面目な藤崎さんの性格はコーヒーの味わいに表れており、しっかり深煎りの豆でも後口はクリアな印象。焙煎度合いは浅煎りから深煎りまで幅広く用意し、特に多いのがフレーバーや酸味、甘味が生きる中煎りや中深煎りだ。

「筑紫野珈琲」があるのはかつて博多方面と飯塚方面、久留米方面の分岐点だった原田宿(はるだじゅく)。店のそばには歴史ある筑紫神社も鎮座し、屋号にはこの地の歴史や文化を敬う意味を込めた。藤崎さんに店を開いて特に思い出に残っていることを聞くと「この地で長く暮らされてきたご年配のお客様に、『原田で一番おいしいコーヒーだね』と褒めていただいたことでしょうか。これからも原田という宿場にある小さな茶屋という気持ちを忘れず、日々に少しでも彩りを与えられるようなコーヒー屋でありたいと思っています」とにこやかに話してくれた。

■藤崎さんレコメンドのコーヒーショップは「ナガモトコーヒー店」
「糟屋郡粕屋町にある『ナガモトコーヒー店』。先代の長本建郎さんは、私が珈琲舎のだに勤めていたころからお世話になった大先輩。私の焙煎の師匠であり、今も焙煎に行き詰まった時、『長本さんだったらどうするだろう…』と考えることもあります。住宅街で暮らしに溶け込むコーヒー屋を開こうと思ったのも、『ナガモトコーヒー店』さんのスタイルに感銘を受けたからです」(藤崎さん)

【筑紫野珈琲のコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル半熱風式5キロ
●抽出/ネルドリップ
●焙煎度合い/浅煎り〜深煎り
●テイクアウト/なし
●豆の販売/100グラム500円〜




取材・文=諫山力(knot)
撮影=大野博之(FAKE.)

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