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ピストルは持てないし、逮捕もできない…。トラウマを抱えた4人の警備員が守りたいものとは?最高のお仕事小説「サクラの守る街」

  • 2023年6月19日
  • Walkerplus

警察官や消防士、救急救命士など、フィクションのなかで“ヒーロー”という記号を与えられて描かれる職業は少なくない。平穏な日常を守るべく、奮闘する彼らの姿はとても勇ましい。ときにそれは「憧れの職業」として称賛を集めることさえある。その一方で、彼らと同じように平穏な日常を守ってくれているのに、スポットライトが当たらない人たちがいる。それは「警備員」だ。彼らは拳銃も持てないし、(現行犯以外では)逮捕だってできない。特別な権限なんて何一つなくて、それでもぼくらの日常を守ってくれている。でも、彼らの努力に気づく人は、そう多くない。

※2023年5月13日掲載、ダ・ヴィンチWebの転載記事です

ぼく自身もそうだった。商業施設などでその姿を目にすることはあったものの、彼らがいかに大切な存在なのかは、正直、想像もしたことがなかった。だからこそ、「サクラの守る街」(朝倉宏景/講談社)を読み終えて、深いため息がこぼれた。そこには警備員として働く人たちの悩みや葛藤、誇り、気高さが克明に描かれていたからだ。

本作の舞台となるのは、さまざまな場所に警備員を派遣するサクラ警備保障株式会社。主人公である基輝の父親が興した会社だ。しかし、6年前に3億円盗難事件を引き起こしたことでサクラ警備保障の信用は地に落ちた。そして経営を立て直そうとした基輝の父親は、過労死してしまう。現在は兄・光輝が社長の座につき、基輝は人事部次長として働いている。

でも、基輝にはわからない。自分は一体、何を守ればいいのかが、どうしてもわからない。記憶のなかにある父親の姿を辿ってみても、その答えは見つからない。そこで基輝は、サクラ警備保障で働く警備員たちに問いかける。

「あなたは何を守りたいですか?」

その答えは実にさまざまだ。人間としてのプライドを守りたいと答える者もいれば、最低限の生活を守りたいと思う者もいる。正義を守りたいと言い切る者がいる一方、守りたいものを見失ってしまった者もいる。彼らの答えを聞いても、基輝自身は答えを模索していくことになる。

それぞれの章では、基輝の他に、キーパーソンとなる警備員の視点で物語が綴られていく。第一章で描かれるのは、「プライドを守りたい」と答えた新人警備員・英次の姿だ。一時期、半グレたちと付き合いのあった英次は、警備員として人生を立て直そうとしている。しかし、半グレの先輩と偶然再会したことから、英次は岐路に立たされてしまう。はたして彼は道を踏み外すことなく、警備員としてプライドを守れるのか――。

その後も登場するのは、生活のために交通誘導員をする高齢男性、正義感に満ちたボディーガードの女性、守りたいものが見つからず、美術館で警備をする元小説家など、それぞれに複雑なバックグラウンドを持った人たちだ。彼らの日常は決して派手ではない。大きな事件や事故が起きないように配備される彼らの日常には、頑張れば頑張るほど、“何も起きない”。もちろん、警備員としてはそれが正解だ。何も起こさなかったことが彼らの功績であり、求められる結果なのだから。

しかし、相反するようだが、警備員としての彼らの日常には、確実に“何かが起こっている”。それが外から見てわからないのは、彼らが被害を最小限に食い止めてくれているからであり、彼らが自己を主張しないからだ。その姿はとても誇り高くて、胸を打つ。もっと求めてもいいのに、褒められたい、認められたい、と声をあげてもいいのに。でも彼らはそれをしない。

では、彼らの人生が報われないのかというと、決してそうではない。大勢に知られることはないかもしれないが、警備員として生きる彼らには、それぞれに光が当たる瞬間が訪れる。それを目撃できるのは、ぼくら読者だ。そしてその瞬間こそが、本作を読んでいてよかった……と心動かされる瞬間である。

さまざまな立場の警備員たちを描いた後、物語は再度、基輝の視点へと戻っていく。自分は何を守ればいいのかと悩んでいた基輝は、最後にどんな答えを出すのか。ラスト3行に込められたメッセージを受け取ったとき、ぼくの胸にはこれ以上ないくらい温かいものが広がっていた。

文=イガラシダイ

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