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コーヒーで旅する日本/九州編|自身が考える世界観を大切に、そしてすべてを一様に。「月白 喫茶室・展示室」

  • 2022年9月12日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも九州はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

九州編の第42回は、福岡市六本松にある「月白 喫茶室・展示室」。六本松の住宅地の一角にあり、しかも民家内の最奥と場所はとてもわかりづらい。しかも目立つところに看板も掲げておらず、この時点ですでに独特な雰囲気の店だろうと想像できる。壁などが取り壊されたままの暗い民家の中を進み、中庭に現れた、ガラス張りの小さな箱。ここが「月白 喫茶室」だ。

Profile|平塚国昭(ひらつか・くにあき)
1983(昭和58)年、福岡県福岡市生まれ。大学卒業後、在学中からアルバイトしていた飲食店に就職。20代半ばでカフェオーナーに声をかけてもらい転職。コーヒーの世界へ足を踏み入れる。よりおいしいコーヒーを求めて筑紫野市の自家焙煎珈琲 萌香と出会う。抽出を自分なりに突き詰め、2017年、城南区田島に「珈琲月白」を開業。2020年、六本松に移転し、屋号も「月白 喫茶室・展示室」に改名。

■だれにとっても“場にひらきやすい”空間でありたい
レコメンドしてくれたROASTERY MANLY COFFEEの須永さんが「店が醸し出す雰囲気、メニュー…すべてに衝撃を受けた」と話していたように、いわゆる普通のカフェではない。「月白 喫茶室」は5名入ればいっぱい、かつスタンディングの小さな空間。カウンター内に立つ平塚さんの立ち振る舞い、所作もつぶさに見える距離感ということもあってか、どこか背筋が正されるような空気が流れている。「おひとり、おふたりほどでご来店いただければと思います」とSNSにも書いてある通り、少人数での来店が望ましい。

小さく、カウンターのみの店というのは往々にして店主との会話を楽しむのが醍醐味のように捉えられがちだが、「月白 喫茶室」は違う。もちろん会話するのはまったく問題ないのだが、なぜか静かに過ごしたくなる空気感を平塚さんは漂わせているように感じる。

「お客さまとお話することもありますし、なにも喋らない時もあります。当たり前ですが、ここでの過ごされ方は自由で良い」と平塚さん。なぜ”おひとり、おふたり”なのかと問うと、「なんとなくですが、1人の方が場にひらきやすく、その場所に馴染める気がしていて。個人的に3人、4人、5人という構図が好きじゃないというのもあります。例えば、お客さまと僕が2人で話していて、そこに新しくお客さまが来店される。でもそのまま僕が会話を続けてしまうと2対1の構図ができあがってしまう。それは暴力的じゃないですか?」と逆に問い返された。

さらにこうも続ける。「この空間でお客さまと会話する場合、僕はみなさんができる会話しかしないようにしています。クローズドなコミュニティはつまらないし、蚊帳の外にいる人は居心地が悪いですよね」。茶室の中ではみんな平等という考え方が茶の湯にはあるが、それに通ずるものを、平塚さんの言葉、「月白 喫茶室」の空間から感じる。やはり不思議な店だ。

■違った視点を持っているからこそ
平塚さんが喫茶店の世界に入ったのは、20代のころ、カフェで働いたのがきっかけ。「カフェで働くまでは、コーヒーや紅茶、お茶の知識はゼロでしたが、お客さまにご提供するものですし、店に立つからにはしっかり学び、技術を身に付けたいと思いました。その当時から現在と同じく、筑紫野市にある自家焙煎珈琲 萌香さんの豆を使わせていただいていたのですが、萌香さんのコーヒーを飲んで、苦いだけの飲み物じゃないと気付きました。
それからはよりおいしく淹れるために知識、技術を磨いていったのですが、僕がおもしろさを感じたのは、コーヒーのことよりも、味の違いがわかるようになった体の変化のこと。味の違いなんて一切わかっていなかった自分の体が変わるってすごいことだな、と素直に驚きましたね」と平塚さん。
やはり着眼点が違う。平塚さんと話していると、「そうか」「なるほど」「そんな考え方もできるのか」という発見の連続だ。決して話が合わないということではなく、当たり前と思っていたことも違った見方があるんだと気付かされる体験。きっと「月白 喫茶室」を訪れた多くの人が、それを感じているのではないだろうか。

■すべて等価に見る
「月白 喫茶室」はメニューも独特。現在は六本松に店を構えるが、オープンした2017年から2年強は城南区の田島で営み、屋号を“珈琲月白”としていた。六本松への移転を機に屋号から“珈琲”を外した平塚さん。

「カテゴライズされるのが苦手というのが理由の一つです。それに当店のメニューでいうと和紅茶も、煎茶も、抹茶も、和のチャイもすべて一様においしい。もともとはコーヒーを主体としていましたが、それだけを前面に出すのも違うかなと思いまして。よくカフェなどに行くと、コーヒーやカフェラテなどおすすめのメニューは文字も大きく記され、しっかりこだわりまで書かれている。一方、リンゴジュースやオレンジジュースなどもあるのに、それらはさらっとした扱いをされている。僕はどうもそれに違和感を抱いてしまうんです。すべて並列に、すべて等価に見る。そんな意識でメニューを構成しています」。
その言葉通り、品書きは実にシンプルで、特定のメニューだけ目立たせることもない。「たくさんあるおいしい飲み物をほっとけなかった」という独特な表現も平塚さんらしい。

■”中動態”の世界に生きること
“珈琲月白”の時は、浅煎り・中煎り・深煎りの3種のシングルオリジンを用意していたが、六本松への移転に際し、コーヒーはブレンド1種のみに絞った。
その理由を「コーヒー以外に煎茶や和紅茶などもある中で、さらに選択肢を増やすことが、充実に繋がるとも思えなくて」と説明。また、「お店をやっていく上で“中動態”を意識していて。中動態は意思や責任、自由を考える上で重要な概念なのですが、能動態(する)/受動態(される)は意思や責任の出発点になります。でも実際は“する/される”とはっきり分けられることってそんなに多くないんじゃないかなと思うんです。月白という場も僕が“する側”でお客さまが”される側“にはなっていない気がします。この場に漂う空気感やお店自体、僕だけが作っているわけではない。こちらから相手になにかをしながら、一方でされている」と続ける。
ただ、メニューをシンプルにしたいといった理由ではなく、根本から物事を考え、それに沿う形で着地点を見つける。「月白 喫茶室」にはいわゆる一般的な店作りのセオリーは当てはまらない。こういったスタンスもまた多くの人を魅了する理由だろう。

注文したコーヒーと煎茶は「私にとっては、すべてが等価で一律。どれがおすすめとは言えません」と平塚さんが話すように、ともに抜群においしかった。コーヒーはフルーティーな酸が特徴のケニアをベースにしたブレンドで、あえて中深煎りにすることで、酸味と苦味のバランスに秀でた味わい。煎茶(冷)は、旨味が強い一煎目と、あえて高温の湯で淹れ渋味を引き出した二煎目をブレンドすることで、すっきりとしながらも余韻が続く上品な一杯。「月白 喫茶室」では平塚さんの“すべて等価に”という言葉通り、どのドリンクを頼んでも正解のようだ。

■平塚さんレコメンドのコーヒーショップは「自家焙煎珈琲 萌香」
「前職のカフェ時代からお世話になっている、筑紫野市の『自家焙煎珈琲 萌香』さん。店主兼ロースターの帆足さんが焙煎するコーヒーが純粋においしいという理由から、独立開業してからも、ずっとコーヒー豆を使わせていただいています。クリーンカップとはちょっと違う、後味に残る余韻のきれいさがあると僕は感じています」 (平塚さん)

【月白 喫茶室・展示室のコーヒーデータ】
●焙煎機/なし
●抽出/ハンドドリップ(HARIO V60)
●焙煎度合い/中深煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/100グラム750円




取材・文=諫山力(knot)
撮影=大野博之(FAKE.)

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