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コーヒーで旅する日本/関西編|淡々と重ねる日常に、気持ちやわらぐ一杯を。「SHIGA COFFEE」の看板ブレンドが地元で厚い支持を得る理由

  • 2022年9月13日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

関西編の第30回は、京都市下京区の「SHIGA COFFEE」。開店前、重量物運搬用の梱包を手掛ける家業に携わっていた店主の中谷さんが、当時、梱包していたものの一つが焙煎機。間近に見るうちに、焙煎への興味は高まり、やがて自宅に焙煎機を設置し、仕事の傍ら独自に焙煎を追求。持ち前の熱意と探求心で紆余曲折を乗り越え、コーヒー店の開業を果たした。「コーヒーに触れている時は、気持ちがやわらぐ感覚がある」という中谷さんの提案する、“毎日飲める日常のコーヒー”が地元で厚い支持を得る所以とは。

Profile|中谷芳浩(なかたに・よしひろ)
1975(昭和50)年、京都市生まれ。高校卒業後、会社員として約5年勤めた後に、家業の輸出梱包会社・SHIGA工業を継承。学生時代からコーヒー好きでもあり、仕事で焙煎機の梱包を手掛けていたことがきっかけで焙煎への関心を深め、コーヒーコンサルタントの中野弘志氏に師事。自宅に焙煎機を設置し、仕事の傍ら豆のオンライン販売を約2年続けた後、家業を整理して2018年、「SHIGA COFFEE」をオープン。

■実践を繰り返す中で身に着けた焙煎の感覚
京都にあって「SHIGA COFFEE」。店名からは、店主の名前や出身地といった由来を想像してしまうが、「よく聞かれますけど、苗字でも、滋賀県出身でもありません(笑)。実は、家業の会社の屋号を引き継いでいるんです」と店主の中谷さん。実は、この店名のルーツは、機械や重量物を運搬用の木箱に収める、輸出梱包の会社・SHIGA工業にある。中谷さんは、会社員を経て家業を継ぎ、開業前まで代表として切り盛りしていた。一見、コーヒーとは縁がないように思えるが、奇しくも取引先の一つが大型焙煎機を扱っていたことが、「SHIGA COFFEE」誕生に至る発端になった。

「元々コーヒーは好きで、京都の自家焙煎の店を巡ったり、自宅でも日常的に淹れたりしていました。家業を継いでから初めて焙煎機を間近で見たり、触れたりして、コーヒーに詳しい取引先の方と話したりするうちに、自然と知識を得るようになっていました。そのうち、うっすらと“将来的には自分でも使いたいな”という思いを持ち始めました」。その間も、コーヒー店巡りは続き、自宅で手網焙煎も始めたという中谷さん。じわじわと焙煎へ興味は高まっていく。「家業とは全く違う仕事ということもあり、自家焙煎の店主さんがかっこよく見えて、人生やり直せるならコーヒーの仕事に変わりたい、と思ったほど。今どきのお洒落なコーヒースタンドよりも、職人的なマイクロロースターに惹かれましたね」と振り返る。

その思いは高じて、焙煎機メーカーのセミナーや、東京のカフェ・バッハのスクールなどにも通ったり、コーヒーの関連書籍を読んだりするようになった中谷さん。そこで出合った一冊の本から、自らの師匠と呼べる存在を見つけることになる。コーヒー器具メーカーに長年勤め、コーヒーコンサルタントとして開業を指導していた、著者の中野弘志氏だ。

「読んだのは、焙煎や抽出、開業のことを書いた指南書でしたが、内容がすっと腑に落ちたんです。理論的な話より、実際の経験を元にした話だったのがよかったんだと思います」と中谷さん。感動冷めやらぬうちに、中野氏に直接連絡を取り、はるばる横浜まで通って教えを乞うことに。その指導は、とにかく実践的だったという。「師匠は、とにかく自分の手で豆を焼いて覚えるという考え方で、通い始めた最初にいきなり20バッチ焼くという体験もしました。初めはハゼの音とか分からなかったですが、数を重ねていくうちにわかるようになった」。まさに、“習うより慣れよ”を地で行く指導で、焙煎の感覚を身に着けていった。

■毎日飲める味わいを追求した看板ブレンド二本柱
その後、指導を受けるなかで、“将来的に仕事にするなら焙煎機が必要”という師匠の持論を聞いた中谷さんは、なんと自宅に1キロの焙煎機を設置。当初は、商売でもなく、自信もなかったので、休みの日などにただただ豆を焼くことを続けた。「中身の変化が丸見えの手網に対して、機械は全く見えない。そこで結構悩んだ。焼いた豆を横浜の師匠に送ってジャッジしてもらっても最初はダメ続き。しかも自己流でやったりするときっちり見抜かれる。しばらくは、焙煎機なんか買わなければよかった、と思うこともありましたね」

それでも、2年ほど続けると、コーヒー好きの知人に飲んでもらったり、感想を聞いたりしているうちに、やがて“豆を販売してみては?”との声が聞かれるようになり、オンライン販売をスタート。現在、店で提供しているブレンドが好評を得たことで、一歩を踏み出すことができたという。

この時店の名がなかったため、家業の「SHIGA」を引き継いだのが、そのまま今の屋号になった。しばらくは梱包の仕事とコーヒーの焙煎、二足の草鞋を履いていたが、ほどなく家業の先行きが怪しくなり、継承して10年続けた事業を整理。すべてを処分した後に、手元に残ったのは焙煎機だった。趣味で始めた焙煎は、オンライン販売を始めて2年ほど経ち、少なからずファンも付いてきていたことから、コーヒー店への転身を決意。自ら内装を構想し、自宅のガレージを改装して2019年に実店舗として開業。心機一転、新たな家業として再出発した。

いち早く焙煎機を購入していたことで、結果的には周到な準備を経てオープンした「SHIGA COFFEE」。店の看板コーヒーは、開店前に作り上げた2種の看板ブレンド、ミドルとフカイリだ。「ブレンドはリーズナブルな豆を配合するイメージがありますが、使っているのはすべてスペシャルティグレード。ミドルは2ハゼの入り端、フカイリは2ハゼ終盤まで、深めに焙煎しています。派手なもの、特別なものは飽きが来ると思うので、毎日飲んでもらえるよう、コーヒーらしい苦味を感じる味わいを求めています」

シングルオリジンも多数あるが、あくまで、ブレンドの材料という位置づけ。「焙煎はプレミックスで、2ハゼまで焼く時、ある豆に合わせたタイミングで煎り上げると、味わいに複雑さが生まれる気がします」と、独自のブレンドの味作りを追求している。

■淡々と積み重ねる日々の中で。気持ちやわらぐ一杯を
とはいえ、豆の質を吟味しながらも、メニューには細かなスペックは示さず、価格もすべて共通。あえてスペシャルティ専門と謳っていないのは、自分がお客だった時間が長かった中谷さんだからこその感覚が由来になっている。「スペックをいろいろ書いたら、お客がそれに引っ張られてしまうのが嫌で。聞かれたら答えるくらい。豆の価格をブレンド、シングルとも同じにしたのも、高い、安いにとらわれずフラットに選んでほしいから」

そのアプローチは、抽出の考え方にも現れている。さまざまな器具で試行錯誤した末に、ドリッパーはメリタを使用。本来は、最初に湯を全量注ぐのがセオリーだが、豆の膨らみ、沈みに合わせて数回に分けて注ぐのが中谷さん流。「少ない粉量でもしっかり味が出せるのが、この淹れ方の良さ。抽出は極力シンプルに、誰もが真似しやすい方がいいと思っています。豆の販売が主なので、むしろお客さんに“家でも簡単にできそう”と思われるように」と中谷さん。喫茶主体なら抽出の手業も必要かもしれないが、ここはあくまでビーンズショップ。店の抽出方法が、そのまま家庭での淹れ方の見本になるようにとの心配りがある。

実は、開店前に中谷さんの背中を押したのは、コーヒーが持つ効能だった。「まだ、開店など現実的ではなかった頃、梱包の仕事でしんどいことや不安があっても、焙煎や抽出などコーヒーに触れているときは幾分、気持ちがやわらいだ感覚がありました。今も、家庭で淹れたり飲んだりする方は、そんな気持ちの人が多いのかもしれないと想像します。当時、コーヒーにはそういう力があると実感したことは、開店に至る大きなきっかけの一つでした」

開店後は、ほどなくして地元のコーヒーイベントに出店し、2年前に焙煎機を1キロから3キロにサイズアップするなど、着実に京都でも存在感を増している「SHIGA COFFEE」。ただ、中谷さんにとって大切な軸は、淡々と店を続けることにある。「開店時から、コーヒーの顔ぶれもほぼ変わっていません。普段、特別なことをしないぶん、イベント出店時やバレンタインとクリスマスに限定ブレンドを出しているくらいです。いろんなことに手を広げると迷いも出てきます。毎日、同じリズムでお店の仕事を繰り返している、その安心感みたいなものは、お客さんに伝わると思っています」。試行錯誤を重ねたブレンドと、奥様お手製の日替わりスイーツの組み合わせは、いまや界隈の憩いのひと時の定番に。日々の営みを積み重ねた穏やかな時間もまた、ここに来て“気持ちがやわらぐ”所以だ。

■中谷さんレコメンドのコーヒーショップは「TRIBUTE COFFEE」
次回、紹介するのは、京都市中京区の「TRIBUTE COFFEE」。
「店主の栗林さんは、スターバックスで20年の経験を積んで独立されたベテラン。お客さんを通じて知り合って以来、お互いお店を行き来したり、イベントでご一緒したりしています。ビルの3階で初めは勇気がいるかもしれませんが、洗練された雰囲気でくつろげる空間。丁寧なドリップの所作からも、穏やかな人柄と誠実な仕事ぶりが伝わります」(中谷さん)

【SHIGA COFFEEのコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル3キロ(半熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(メリタ)
●焙煎度合い/浅煎り~深煎り
●テイクアウト/ あり(450円~)
●豆の販売/ブレンド2種、シングルオリジン約10種、100グラム600円・200グラム1150円

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治




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