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コーヒーで旅する日本/関西編|感覚の違いを個性として認め合う、コーヒーは格好のコミュニケーションツール。「喫茶 珈琲焙煎研究所 東三国」

  • 2022年5月31日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

大阪市淀川区の「喫茶 珈琲焙煎研究所 東三国」。店主の川久保さんは、理学療法士からコーヒー店主へと転身したユニークな経歴の持ち主だ。病院勤務時代に気付いた身体感覚の面白さに端を発し、五感を使って味わえるコーヒーを通して、人と人との交流を広げるイベント、ジャパン・コーヒー・フェスティバルを主催。自らもコーヒー店主となった川久保さんが考える、コミュニケーションツールとしてのコーヒーとは。

Profile|川久保彬雅
1983(昭和58)年、大阪府高槻市生まれ。理学療法士として約10年の病院勤務を経て、2016年から日本各地のコーヒー店が集うイベント、ジャパン・コーヒー・フェスティバルを主催。2019年、大阪市淀川区に「喫茶 珈琲焙煎研究所 東三国」をオープン。2022年には、同じ淀川区内に姉妹店のロースタリーカフェ「淀川珈琲焙煎所」をオープン予定。

■コーヒーを通して広がるコミュニケーション
コーヒー店主へと至る道のりは、人それぞれ多岐にわたるが、その中にあっても、理学療法士から転身した川久保さんの経歴はとりわけ異彩を放つ。それゆえ、コーヒーへのアプローチも実にユニーク。そもそもの始まりは、病院勤務時代に実践していたリハビリ治療での気付きに遡る。

「理学療法士になったきっかけが、20歳の時に交通事故で負ったケガから回復する過程で、身体感覚の大切さを実感したことでした。その経験を元に考えたのが、“脳と会話するリハビリ治療”。ケガや脳の障害によって五感の一部を失うことがありますが、異なるモノに対する感覚の違いを通じて回復を促すというものです。例えば、触覚を失った人も、紙と板など材質の違うものを触り比べると、感触はなくとも“何となく違う”と感じることができる。障害を負う前の先入観や思い込みを取り払い、目の前の感覚だけに集中すると、体の動き方の差に気づいたり、さらに他のモノとの違いを探したりするうちに、徐々に感覚が戻る方もいます。何より、その体験を楽しめるようになると、気持ちや考え方にまで変化が起こる。人体の感覚の面白さを臨床で実感しました」

身体感覚と感情・思考につながりがあり、時に新鮮な感覚が、凝り固まった頭をリセットするきっかけともなる。それはリハビリに限らず、普段の生活の中でも経験することがあるだろう。むしろ、健康な状態であれば、もっと幅広い感覚の変化を捉えることができるはずだ。

「同じような体験を日常的に楽しめる機会があればと、当時からぼんやり考えていました。体の感性はその人独特のもので、100%分かり合えない世界でもあります。どっちが正しいとかはなくて、違うことを個性として認め合えれば、他人に対しても大らかになれます。言葉や文字でなく身体感覚を通じて、多くの人がフラットにコミュニケーションできる場が作れないかと思ったんです」と川久保さん。

その格好のツールは、すぐ身近にあったコーヒーだった。「味覚だけでなく五感を使って味わえるのがコーヒー。感覚の強度が人によって違うし、どこを頼りに味を表現するのかで、その人の考え方やクセも出てきます。世界中で親しまれ、いまだに科学的に検証できないほど成分があるコーヒーは、違いを楽しむにはもってこいの飲み物でした」

社会人になってからコーヒーをドリップで淹れるようになって、味の変化や違いに楽しみを見出し、やがて趣味で手焙煎までするようになった川久保さん。病院の昼休みにもハンドドリップで淹れ始めたのがきっかけで、周囲の同僚さらには患者の中にも関心を持つ人々が増えていったという。「当時は単純にコーヒーの味の違いを楽しんでいただけでしたが、そのおかげで知人が増え、交流の幅が広がりました。コーヒーでそういう場所を作れると感じて、もっといろんなコーヒーを飲み比べできるイベントを思いついたんです」

こうして、2016年から川久保さんが主催するジャパン・コーヒー・フェスティバル(以下JCF)は、コーヒーを通して参加者のコミュニケーションを広げる場として始まった。大阪・中崎町で開催された第1回は、25店が出店、2000人の来場者を集めたJCF。第2回の京都では倍の50店となり、想定をはるかに超える2万人を集客。以降は関西各地の自治体や鉄道会社などの招致を受けて開催地を広げ、5年間で約30回を数える。

開催場所の特色や地域性に合わせて異なるテーマで開催され、高野山なら“現代の参詣道”をテーマに南海電鉄の橋本から高野山の各駅でコーヒーを提供。宇治市植物園なら、“植物との香りの競演”と銘打って、この時季の花の香りをイメージしたコーヒーを各店が考案するといった具合だ。

「JCFはプロ・アマ問わず参加にしているのが大きな特徴。店では先入観が入りますが、ここでは単純に自分が飲んだコーヒーをどう感じるかを楽しむだけ。極端な話、淹れる人の顔や店の名前で選んでもOK。それくらいの気軽さでコーヒーを飲んで、“この人は、そう感じるんや⁉”と思ったり、未知の味を知って誰かに言いたくなったり、いつもと違う感覚や人との出会いを楽しんでもらいたい」と川久保さん。

さらに、この味がどう作られたか、というプロセスを遡れるのもコーヒーならでは。JCFには多数の出店があるが、コミュニケーションを楽しんでいるのは店主たちも同じだ。「出店した方も、難しいうんちく抜きにフラットにお客さんと話せるのが楽しいという声が多い。それぞれの店の味作りや主張は違うけど、お客さんにとっては、どれが好みに合っているかは飲んでみないと分からない。自分の感覚を信じて飲み比べると、人の意見に左右されることがなく、結果的に“みんなそれぞれやな”という平和な気持ちで会場を後にできます(笑)。僕も出店交渉でいろいろな店に行きましたが、どこも個性がすごい。居ながらにして、その多様さに触れられるのが一番の魅力です」

■日替わり店主と幅広い豆の品揃えでコーヒーの自由な楽しみ方を提案
JCFの開催を始めて3年、2019年には自らの拠点となる「喫茶 珈琲焙煎研究所 東三国」をオープン。この店もまた、JCFのコンセプトを体現するような場所だ。まずコーヒーのメニューを開けば、シングルオリジンだけでも14~15種におよぶバラエティに富んだ顔ぶれ。しかも、聞き慣れない銘柄が随所に見える。

温泉水で精製するその名も“温泉ゲイシャ”をはじめ、ゲイシャ種(※1)だけでも4種。さらに、ジャコウネコの糞から採られる未消化の希少な豆・コピルアックに、スペシャルティグレードのロブスタ種のシングルオリジン、アナエロビックやダブルアナエロビックなど近年注目の精製プロセス、時にカナリア諸島産や沖縄産といった珍なる産地の豆が加わることも。

「変わった豆が好きなので、商社に入荷した時には常に知らせてもらっています。コーヒーのさまざまな楽しさを感じてもらいたいので、とにかく選択肢の幅を広くしたくて、いい意味で節操がない品揃えになっています(笑)」。また、定番のブレンドのネーミングも独特。最も深煎りで、ロブスタ種を主体に苦みを強調した“炭になるまえに”、華やかな香りとフルーティーな風味の“花泥棒”、穏やかな酸味とマイルドな飲み口をイメージした“佇む”など、思わず引き込まれる詩的な響きから味わいを想像するのも楽しい。

さらに、川久保さんが店に入るのは週1回で、カウンターに立つスタッフがほぼ日替わりというのも大きな特徴。開業希望者やフリーバリスタなどバックボーンもさまざまなら、日によってサイフォンだったり、ペーパードリップだったり、エスプレッソもあったりと、各自の使う器具や淹れ方も異なる。「お客さんが家で淹れる時は自由ですし、レシピに縛られると楽しくないから、スタッフには“楽しく淹れてくれたらOK”とだけ伝えてます」と川久保さん。

毎日店主が変わるスタイルは、さながら日替わりJCFといった趣向で、それぞれのファンがいるとか。片やお客の注文も、“今日の天気に合わせて”、“とにかくまろやかなコーヒー”といったものから、“気持ちが落ち着く味”があれば“気合の入る一杯”もあり、型にはまらぬオーダーもここでは日常のことだ。

コーヒーの焙煎は川久保さんが担当するが、「店というより、文字通りラボ(研究所)に近い感覚」と、JCFを通じて知り合った店主に話を聞き、参考にしながらほぼ独学で試行錯誤。「焙煎度は自分が好きな浅煎りが多いですが、ぎゅっと来る強い酸味は苦手なので、ゆっくりじっくり火を通して和らげるようにしています。淀川エンジニアリングの焙煎機は、火元とドラムの距離が離れていて、僕が理想とする遠火の強火のイメージにぴったり。ただ、豆も毎年作柄が変わるので、同じ味を作るのはそもそも無理があって、プロファイルが同じでも結果は変わったりするから、どこかで自分の感覚を頼りにする部分は必要。むしろ遊び感覚でいろんな方法を試して、単純に自分が旨いと思えるコーヒーを飲みたいだけですね。それを押し付けはしないし、“これ、どうかな?”と聞くのが楽しい」と屈託ない。

3年前からは、JCFで知り合った神戸のロースター・ランドメイドの店主・上野さんと共に、月に1、2回のペースで焙煎のコラボイベントも開催。前日に同じ豆を焼いて店で提供し、味比べをしてもらう趣向だ。上野さんとの出会いを機に、スペシャルティコーヒーの面白さに気づいた川久保さん。今は酸味の個性の出し方に面白さを見出しているそうだ。

■どこまで追求してもキリがない、だからこそコーヒーは面白い!
2022年は、姉妹店ロースター兼カフェとして「淀川珈琲焙煎所」を開店予定。一方で、今年はすでに10回のJCF開催が決まっているという川久保さん。さらに、コロナ禍でしばらくJCFの開催は止まっていた21年末に、新たなイベントとして全日本珈琲選手権をスタート。プロ・アマ問わず出場する8人が焙煎した豆を持ち寄り、ブラインドでいずれかの豆を2人ずつが抽出し、お客からの得票をトーナメント形式で競う。今年は全国7会場で予選を行い、年末に大阪で決勝大会を行うまでに規模を広げた。「コーヒーのエンタメ性も楽しさの一つなので、今後、力を入れたい部分。コーヒーの競技会というとストイックになりがちですが、自分は“素人に毛が生えた程度のコーヒー屋”というスタンスで、プロでもなくアマでもない立場で携われるのが楽しいと思っています」

さらには、今夏には海を越えて、フランスで開かれる日本文化の総合博覧会、ジャパン・エキスポに参加。伝統工芸ブースでコーヒーを振る舞う予定だ。「コーヒーが間にあれば、国が違ってもコミュニケーションは通じると思うし、味覚の違いを感じられるかもしれない。いずれJCFでも、国ごとに店を出して飲み比べできる場所を作ってみたい。コーヒーはいまだにわからないことが多くて、追求してもキリがないからこそ面白い。コーヒーを通して感覚の違いを楽しむ場をいっぱい作って、それが代々つながっていったら、1000年後くらいには世界平和も実現するんじゃないかと思っています(笑)。話は壮大ですけど、あながちできなくないのでは、と感じることがあります」。バイタリティに満ちた川久保さん、今後の新たな試みにも注目したい。

■川久保さんレコメンドのコーヒーショップは「喫茶水鯨」
次回、紹介するのは大阪市西区の「喫茶 水鯨」。
「4年前に“喫茶店を始めたい人がいる”と、知り合いから紹介されたのが店主の山口さん。開店前にうちの焙煎機で使い方をレクチャーしたのが縁で、JCFにも出店してもらって、そのたびに一緒に焙煎していました。喫茶店文化を残したいという思いを持って、金沢の老舗の調度を受け継いで開いた店は、まっすぐな熱意とブレない意思の賜物です」(川久保さん)

【喫茶 珈琲焙煎研究所 東三国のコーヒーデータ】
●焙煎機/淀川エンジニアリング 5キロ(直火式)
●抽出/ハンドドリップ(コーノ式、メリタ、カリタ、ネル)、サイフォン、エアロプレス、エスプレッソマシン(ラ マルゾッコ リネアミニ)
●焙煎度合い/浅煎り~深煎り
●テイクアウト/あり(500円~)
●豆の販売/ブレンド4種、シングルオリジン12~13種、100グラム750円〜

※1…アラビカ種の突然変異の一種。エチオピアのゲシャ地域に自生していたことが名前の由来。2004年にパナマ・エスメラルダ農園が国際品評会に出品して高評価を得て以来、栽培地が拡大。

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治




※新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止にご配慮のうえおでかけください。マスク着用、3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。

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