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ディープな大阪を舞台にネット社会の闇を描く『VIDEOPHOBIA』宮崎大祐監督インタビュー

  • 2020年11月5日
  • Walkerplus

先行上映よりさらに前から、SNSを騒がせていた映画がある。それが、2020年11月7日(土)から全国公開される宮崎大祐監督の『VIDEOPHOBIA』だ。黒澤清監督の『トウキョウソナタ』(08)に助監督として参加して以降、フリーの助監督として活動し、初の長編監督作品『夜が終わる場所』(11)は「サンパウロ国際映画祭」をはじめ世界の映画祭に出品されるなど、海外での評価も高い。

近年では、米軍基地のある神奈川県大和市を舞台にラッパーを目指す女性を描いた『大和(カリフォルニア)』(16)や、シンガポールでスマホをなくして町をさまよう女の子の浮遊感を描いた『TOURISM』(18)など、国境も人種も超えたボーダレスな作品を作ってきた監督が、今回選んだテーマが“SNSの闇“。

西成や鶴橋など大阪のディープなエリアでロケを敢行し、モノクロームな世界観でネット社会の闇を表現したこのサイバー・スリラ―は、ミュージシャンや映画監督、女優、漫画家、ラッパーなど、多彩なジャンルの著名人がこぞってコメントを寄せた。そんな、観る者の気持ちをザワつかせる今作について、このテーマへの思いや大阪をロケ地に選んだ理由などを聞いた。

■日常に起こりうるネットの落とし穴

東京で女優になる夢をあきらめて大阪のコリアンタウンに帰ってきた29歳の愛は、夢をあきらめきれずバイトをしながら演技の勉強を続けていた。ある日、クラブで出会った男性と一夜限りの関係を持つ。数日後、その情事を撮影した動画がネット上に流出していることに気づいた愛は男の家を訪ねるのだが、追求できず帰ってしまう。

しかしその後も続々と動画は増え続け、さらに男は雲隠れ。逃げられて途方に暮れる愛は次第に心のバランスを崩していく…。この先、愛が取った選択とは?ラスト12分の意味とは?観る者の思考をあふれさせる刺激的な展開に、もう一回観たいと思ってしまう作品だ。

モントリオール新映画祭では「魅惑的かつ凄惨!」と絶賛され、今年3月の大阪アジアン映画祭の国内プレミア上映は全回満席、さらにカンヌ国際映画祭の常連であるフランスのオリヴィエ・アサイヤス監督からも惜しみない賛辞を送られた今作。自分のセクシャルな動画が、知らない間に世界へさらされるSNSの怖さと孤独をえぐりだした問題作だ。

「前作の『TOURISM』ではスマホをなくしても現地の人たちと親密に関わっていけるというポジティブな可能性を描いたんですが、逆にネガティブな面に焦点を当てたらどうなるんだろう、という興味があった」と監督。自分のプライベートが知らぬ間に盗撮され、ネットで広がっていく恐怖は、まさにネガティブな側面だ。

「さらに言うと、倫理的によくないとわかっていても、盗撮・流出動画を見たり拡散してしまう我々の視点についても振り返ってみたかった」という。盗撮者だけでなく、見る側の負の好奇心に罪はないのか、誰でも被害者になり加害者にもなりうる、という監督からの問いかけも込められている。

■動画は自分?それとも他人?「顔」という境界線に翻弄される主人公

たった一夜の出来事から人生が狂い始める愛。男の行方はわからない、駆け込んだ警察では、「顔は似ているが、あなたという保証もなければ、印象も違う」と言われてしまい、愛はとことん追い詰められてしまう。

「顔は、それぞれの人間が持つ固有のもので、人と人を分ける境界線とも言えますよね。『TOURISM』では異文化の境界線を越えていくことを意識しましたが、今回は自己と他者を分ける“顔“という境界線に挑戦したんです」という。

「顔に別の人の顔をコラージュすれば、ディープフェイク動画だって作れてしまうし、捏造された情報が世界中に広がっていくこともある。顔=その人という認識があやふやになってしまう不安や気持ち悪さを描くことが狙いでした」

そういえば劇中には、着ぐるみが人々に写真を撮影される場面が定期的に登場する。「それも狙いの一つなんです。物語の流れで観客は着ぐるみの中身が愛だと信じてしまいがちですが、実は別人が入っているかもしれないですよね。量子力学のひとつに、見る者がいて初めてその世界が存在するという考え方がありますが、見る、見られる世界が存在するなかで、観客は、顔がない着ぐるみを誰だと信じるんだろう、という実験もしてみたかったんです」と一見平和なシーンにも、顔をテーマにした仕掛けがあることを教えてくれた。

■大阪は日本で一番アジアを感じる町。いろんなものが隠れていそうで想像を掻き立てる

今作の舞台は大阪。十三や心斎橋、枚方、九条など、関西に住む者にはなじみの場所が続々と登場する。特に、西成や鶴橋といったディープな大阪がメインのロケ地になっているが、大阪を選んだ理由とは?

「実は8歳から14歳まで兵庫県西宮市に住んでいたんです。大阪は僕にとって日本で一番アジアを感じる町。特に、西成や鶴橋は歴史的にも興味深く、東京では想像できないような歴史や社会との関係性が大阪にはあります。日本家屋があるなかにハングルの文字もあふれていて、絵としてもおもしろい。韓国籍の人も帰化した人も住んでいて、この作品にぴったりな背景を抱えていると思う。想像を掻き立てられるんですよね」と監督。

ほか、愛と家族が住む家も気に入ったそう。ロケ地は桃谷エリアの古い民家で日活ロマンポルノや大島渚監督の初期の作品のイメージが色濃いという。「狭い長屋に女系家族がすし詰めで住んでいる様子が、少し気味が悪くもありながらとてもおもしろい」と教えてくれた。

■特に好きなロケ地は船からの眺め。モノクロで際立つ水のうねりが美しい

大阪を陸や水辺、地上173mの展望ビルから撮影して作り上げたこの作品。サントラは国内外で人気を誇るBAKU(KAIKOO)で、エンディングテーマは大阪出身の人気ラッパーJin Dogg、ヌンチャクらによるオリジナル。まさに、大阪のエッセンスを集めた作品となっている。

一番印象的だったロケ地を聞くと「船から見た大阪の景色ですね」。これが登場するのは、愛が船で「特別な場所」へと乗り込んで行く排他的でどこか非現実的なシーンだ。関西人でもあまり見る機会がないであろう水上から見る大阪は、モノクロの景色がよく似合う。

「そうなんです。工場や古びたフェンス、水のうねり。大阪はカラフルな町ですが、モノクロで撮影すると色からの情報が減る分、異空間に見える。水の動きが生物のように撮れました」

また「梅田スカイビルからの眺めと、大阪の夜景も気に入ってます」という。実は監督、高所恐怖症なのだそう。「それでも、梅田スカイビルからの景色は好きですね。淀川の流れが見えて」という。さらに、もともと夜景が好きだという監督は「このすべての灯りのたもとに人々が住んでいて、それぞれに人生があるっていいなぁと思うんです」とロマンチストな一面をのぞかせた。

■主役は廣田さんにかけてみようと思った。独特で得難い顔の廣田さんに

身も心も愛になり切ったのは、サニーデイ・サービス『セツナ』のMVでブレイクした廣田朋菜。「僕が手伝った短編映画の主演をされていたんです。顔がテーマの作品だけに、独特で得難い顔の廣田さんにかけてみよう」と思ったそうだ。

愛と一夜を共にする謎の男には『リリイ・シュシュのすべて』以降、独特の存在感を放ち続ける忍成修吾を起用。「この役は、忍成さんしか演じられないだろうと思いました。つかみどころがなく、何かを超越した存在感。現場にいらっしゃったとき、『あ!ハマった!』と思いましたよ」。

また、愛が通うセラピーグループの主催者として登場するのが、イラン出身のタレントで、女優のサヘル・ローズ。絶望から逃れるために愛が参加したセラピーの手法は、アメリカで実際に行われているものを参考にしたそうだ。そのやり方はかなり突き抜けていて、別の闇を生みそうなあやうさも秘めている。
起用の理由を聞くと「外国人が日本である種の高いポジションにつくと何かいわれたり、逆にもてはやされたり。そんな中、会のリーダーは組織の神様であり、超越した存在なんですね。しかも、エキゾチックな顔立ちなのに、流ちょうな日本語を話し、絶望した人を導いている。その姿はとても近未来的で、どこかズレも感じさせるんです。そこがとてもよかった」と、彼女の怪演を振り返った。

■僕はポジティブに描いたつもり。ラスト12分に込められた願いとは?

ネットワークの闇に落ちていくことは「誰にでも起こりうる恐怖です。盗撮でなくても、間違って自撮りした写真がハッキングされたりして世に出ることも可能性がないわけじゃない。そんな世界でどう生きていったらいいんだろう、ということを考えた。だからこそ、エンディングには希望を見せたいと思ったんです」

愛がどのように絶望的な世界から抜け出したのか、いや、抜け出せていないのか、幸せになってよかったね、え?この結末はどういう意味?など、さらに謎が深まるラスト12分。「どう解釈するかは人それぞれ。自分としてはポジティブに描いたつもりです。僕が思う、人としてのぬくもりや小さな幸せのエピソードを詰め込みました」と話してくれた。

それでも、映像を反転させたり音で違和感を作ったりと「深層心理にすごく嫌な影響を与えるような演出をしている」とも語った監督。

真相がつかみきれない不安、底なしの恐怖が観る者の心を掻き立て、今もなお、人々の感想がSNSで拡散され続けているこの作品を、ディープな大阪の魅力と共に、ぜひ劇場で体感しよう。

映画『VIDEOPHOBIA』は新宿・K’s cinemaで先行公開中。11月7日(土)より大阪・第七藝術劇場ほか全国ロードショー。

取材・文=田村のりこ

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