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子どもの心の健康にも「沈黙は金」、その大きな効果と処方箋

  • 2024年5月5日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

子どもの心の健康にも「沈黙は金」、その大きな効果と処方箋

 ベビーカーに乗っている4歳の娘は彼女の方を見向きもしないが、エイミー・カーソンさんは全然気にも留めていない。娘のアイサちゃんを外で遊ばせた後、カーソンさんは車を使わずに歩くと決めていて、騒がしい生活からしばし離れるようにしている。この15分間の静かな散歩が大きな違いを生むのだ。

「外で遊んだ後のアイサには、こうした静かな時間が本当にいいんです」とカーソンさんは言う。「ベビーカーに深く体を預けて、まわりの景色が流れていくのを眺めている方が、車で移動した後よりも落ち着いています。車だと、ついお喋りをしたり音楽を聴いたりしますから」

 親なら誰しも、にぎやかな家庭生活の中では沈黙は金だ、と言うだろう。しかし、沈黙は子どもの心の健康にもいいという。

 静寂は、感情を引き起こす外からの刺激をやわらげる働きをもつ。言い換えれば、気が散る雑音がないと、子どもの脳は周囲の世界への理解をより深められる。

 実際に、複数の研究で、静寂は幸福感を与えるホルモンであるオキシトシンの量を増やす可能性が示されている。その結果、ストレスを減らし、思考の集中や整理、全体的な落ち着きが促され、脳が感情を制御する方法を学ぶという。

「子どもには、戦略的かつ安全に複雑な社会から距離を置き、一歩下がったところで、自分とは何者なのかという物語を描く機会が必要だ」と、米南カリフォルニア大学の教育・心理学・神経科学の教授メアリー・ヘレン・イモルディーノ・ヤン氏は言う。

 もちろん、子どもと沈黙は必ずしも相性がいいわけではない。米バージニア大学と米ハーバード大学の合同研究チームが発表した大学生に対する研究によれば、完全な静寂の中で15分間座っているより、むしろ軽い電気ショックを受ける人の方が多かった。

「生活は、とりわけ子どものいる生活は、さまざまな感情と動きに満ちています」と、屋外学習に力を入れた早期教育プログラム「ティンカーガーテン」の共同創始者で最高学習責任者であるメーガン・フィッツジェラルド氏は語る。「子ども相手の仕事をしたことがある人なら、じっとしてなさいとか、静かにしなさいとか言っても、しょせん無理な話だと分かっています」

 幸い、沈黙の効果を得るのに、子どもを部屋の隅に座らせて声も出さないように強いる必要はない。専門家によれば、パズルやお絵かきなどの静かな遊びを通して、静かな時間を作るのも効果があるという。

 同様に、ぼうっとした時間にも、子どもは思考を休められる。自然の音やハミングといった落ち着いた音に耳を傾けるのも、子どもを集中に向かわせる。

 要は、音の少ない場を作って、子どもの生活に毎日静かなひとときを取り入れることは、子どものメンタルヘルスにマルチビタミンを与えるようなものだ。

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静寂の背後にあるサイエンス

 子どもにとって、静けさは心の休息以上のものだ。「子どもの健全な成長には静寂が必要です」と語るのは、ドイツのフライブルクにあるカトリック応用科学大学で美学とコミュニケーションを教えるエリック・プファイファー教授だ。

「静寂は子どもの発達に極めて重要です。オーケストラのメンバー全員が全く休みなく演奏し続けるさまを想像してみてください。うるさくて我慢できないはずです」

 基本的に、静寂は注意が散漫になるのを抑え、子どもがリラックスするのを助ける。さらに、リラックスは海馬の活性化を促す。海馬は、記憶の形成に重要な脳の領域で、意思決定や共感といった生活に必要なスキルを支える。従って、静寂の間、子どもは思考を整理し、自分の感情を理解し、ストレス反応を修正できる。

 また、静寂は子どもに自分の内面を見つめさせ、アイデアを深く考えさせる場にもなる。さらに、米国の教育者向けの非営利団体の研究によれば、そうした能力が身に付いているティーンエイジャーの脳は、そうでない者よりも成長するという。「こうした成長はやがて自己への好意を生み、友人や職場での人間関係への満足感を生みます」と、同研究の共同執筆者のイモルディーノ氏は説明する。

「静寂に近い」状況を意識するだけでも、子どもの感情によい影響を与えるという説もある。

 子どもを対象にした研究はまだ行われていないが、シンギングボウルの奏でる心地よい音が脳の報酬領域を活性化し、幸せホルモンのひとつであるドーパミンを分泌させる可能性を示唆する研究がある。さらに、英サセックス大学の研究チームは、脳は、水が流れる音といった自然の音を聞くと、意識が外に向き、副交感神経系(落ち着き、安らいだ状態に関与)を刺激することを突き止めた。逆に、車のクラクションのような人工的な音は、脳の前頭部に、うつ状態や不安時に見られる脅威反応を引き起こすという。

 前出のプファイファー教授は、子どもにさまざまな静寂の場を経験させておけば、成長したときに、そうした静寂の時間を再発見しやすくなる、と説く。親はそんな静かな時間をどう作ればよいのか、具体的な方法を紹介する。

自分がお手本を示す

「親自身が静寂を好きでないと、子どもに静かにするよう言い聞かせるのは難しい」とプファイファー教授は言う。読書習慣と同じだ。親が本を読んでいるのを見ると、子どもも本を手に取るようになる。

同じように、親が窓の外を5分間眺めていれば、その姿は子どもの目に留まる。「子どもは非常に敏感なアンテナを持っています。意識的に、そして無意識的に、親が何に心地よさを感じるのか、敏感に感じ取るのです」

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「おしゃべり禁止ゲーム」をする

 修道院のような静けさをとことん追求するのは失敗のもとだ。小さなことから始めよう。音を立てない静かな時間をゆるく、とりとめもなく重ねていくと、人は落ち着き、沈黙にもっと集中する余裕が生まれる、と『Silence(沈黙)』の著者ジェーン・ブロックス氏は言う。

「おしゃべり禁止ゲーム」(おそらく親がよくやる車内ゲームの定番)は「おしゃべりしない」を「沈黙」に変える方法の1つだ。ゲームの目的は、一定の時間、あるいはなんらかのランドマークが見えるまでの間、全員が黙ること。一番長く黙っていられた子どもが勝ち。

 相手がティーンエイジャーの場合は、自然な形で静かな時間をただ持てばよい。音楽をかけてしまう、あるいは「学校はどう?」のような、大した答えが期待できない薄っぺらな質問をしたくなる衝動をぐっとこらえること。

「大人は沈黙を、さけるべきものと考えてしまいます」とブロックス氏は言う。「沈黙に慣れていない人は、沈黙を居心地悪く感じがちです」。その居心地の悪さに身を委ねること。すると沈黙の後で、思いもかけない言葉が聞けるかもしれない。

自然に耳を傾ける

 沈黙は屋内でも屋外でも有益なものだが、プファイファー氏の研究によれば、セミナー室よりも街中の庭園で沈黙を体験したときの方が、退屈を感じずリラックスの度合いも大きかったことが示されている。

 子どもたちに屋外で静けさを体験してもらうには、音の地図製作者になりきって、自分のお気に入りの静かな場所を示した地図を描いてもらうといい。音集め競争をして、「静かな音」から「一番静かな音」のランキングを作る、といった工夫もありだ。森林浴で自然と触れ合うのも楽しい。

「音」浴を体験する

 グラスを使って、シンギングボウルを自作する。グラスを何個か用意して水を入れ、濡れた指でグラスの縁を撫でて、高い音や低い音を出してみる。それが難しいときは、子どもにハミングをさせて、その振動を体で感じてもらう。この振動効果はマッサージみたいなものだ、とプファイファー氏は言う。「心と体はつながっているので、体がリラックスすれば、それが心に影響を与えますし、その逆も同じです」

 別のやり方もある。コズミック・キッズの共同創始者ジェイミー・アモール氏は、内面に集中させるのに鐘を使う。子どもたちはあぐらをかいて座り、両手を膝に乗せた状態で鐘の音を聞く。音が消えたら両手をお腹に持っていくというものだ。

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