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辛さを示すスコヴィル値だけで語れない、トウガラシの複雑な真実

  • 2024年5月17日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

辛さを示すスコヴィル値だけで語れない、トウガラシの複雑な真実

 トウガラシはとても刺激的だ。顔や耳が赤くなったり、息が荒くなったり、涙や汗が流れたり、時にはののしり言葉が出てきたり。もともとトウガラシは話題になるが、それにしても、ここ数年は爆発的に存在感を増している。

 例えば、シラチャーソースは2022年、厳しい気候条件が原因で店頭から姿を消したが、2024年も同じ理由で品薄になるかもしれない。2023年には、世界で最も辛いトウガラシ2種を使用したトルティーヤチップスが「念のため」に店頭から撤去された。ちなみに、このトルティーヤチップスを食べた後に14歳の息子が死亡した、と家族は主張している。

 陰謀論者は1年ほど前から、現在のトウガラシはわざと辛くないように栽培されているという噂を広め、パニックをあおっている。それに対して、ギリギリ食べられる辛さのトウガラシを栽培することで、トウガラシの「弱体化」に反発する農家も現れている。

 また、有名人が激辛ソースで味付けされたチキンウィングを食べる「Hot Ones(ホット・ワンズ)」のようなインターネットシリーズが人気を博している。「ホット」スナックはその種類を増やし、「シナモン・トースト・クランチ」の激辛バージョン「シナフエゴ・トースト・クランチ」や2023年まで世界一辛いとしてギネス世界記録に認定されていたトウガラシ「キャロライナ・リーパー」のチョコがけなどが登場している。

 辛くないトウガラシが好きか、それとも、辛さの限界に挑戦するトウガラシが好きかにかかわらず、好奇心旺盛な美食家にとって、中間がどんどん減っているようだ。マイルド、もしくは命の危険を伴う激辛だけになってしまうのだろうか? そして、私たちは主に112年の歴史を持つスコヴィル値でトウガラシの辛さを知るが、この測定方法は果たして正確なのだろうか?

辛さか、風味か

「二極化が進んでいることは否定できません」と語るのは、トウガラシ加工品を扱う米セイボリー・アクセントを経営するトウガラシ農家のテッド・バルウェグ氏だ。バルウェグ氏によれば、辛さより風味を好む人とトウガラシの辛さの限界に挑戦する人の2派に分かれている。

 スーパーマーケットで売っているトウガラシが辛くなくなっていることに気付いたという場合、そこには何か別の要因があるかもしれない。「トウガラシ法王」の異名を持つ食の歴史家で小説家でもあるデイビッド・デウィット氏が指摘するように、理由のひとつは単純に利益だ。

「一般的に、トウガラシは大きいほどマイルドになります」とデウィット氏は話す。「ハラペーニョは長さ7.5センチメートル程度でしたが、最近は15センチメートルくらいになりつつあります。1ポンド(約450グラム)単位で金額が決まるため、農家は大きなトウガラシになるように品種改良しています。大きなトウガラシのほうが重い分、報酬も増えるのです」

 米金融大手のウェルズ・ファーゴ農業食品部門のマネジャーを務めるブラッド・ルービン氏も、トウガラシが大きくなり、風味が弱くなっていることを認めている。辛さが落ち着いているトウガラシのほうが店頭でよく売れるためだ。

 ただし、デウィット氏は、「シラチャーソース(ごく一般的なトウガラシの品種であるセラーノを使用)のような商品が以前より辛くなくなった例は知らない」と述べている。

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スコヴィル値が絶対ではない理由

 薬剤師兼大学教授のウィルバー・スコヴィル氏は1912年、スコヴィル味覚テストを開発した。112年が経過した現在も、トウガラシの辛さの基準となっている。ただし、問題は、当初から正確なシステムではなく、年月を重ねても精度を増していないことだ。

 スコヴィル味覚テストは味覚テスターによって行われる。テスターがトウガラシの辛さを感じなくなるまで、辛み成分のカプサイシンを砂糖水で薄めていく。そして、最終的に何倍まで薄めたかがスコヴィル値になる。つまり、スコヴィル値1万のトウガラシとは、そのカプサイシンを中和するために1万倍に希釈する必要があることを意味する。

 スコヴィル味覚テストは常に人に依存してきた。そして、「Hot Ones」を一度でも見たことがある人なら知っているように、最も辛いソースでもまったく動じない人もいれば、涙を流さずにマイルドを食べるのがやっとという人もいる。

「あまり科学的ではありませんが、これが唯一の方法です」とバルウェグ氏は話す。「私たちの味覚は皆、違いますが」

 フィンランドのヘルシンキ大学による2012年の研究が示す通り、辛さへの耐性はおおむね遺伝で決まるようだ。この研究では、遺伝子構造が同じ双子(一卵性双生児)と遺伝子に差異がある双子(二卵性双生児)を対象に、辛い食べ物に対する反応を測定した。その結果、スパイスへの反応に大きな影響を与える遺伝的要因の存在が示唆された。具体的には、遺伝的要因は18〜58%で、残りは環境的要因に左右される。

 人の要因以外でも、辛さのレベルは同じ種のトウガラシでも大きく異なる。バルウェグ氏は大きな要因として、生育環境の違いを挙げる。「米ウィスコンシン州は2023年、非常に暑く乾燥した年でした……そのため、1年前にはスコヴィル値3万だったトウガラシが、2023年は6万〜7万くらいになりました。主観的な味覚テストだけでなく、トウガラシの辛さを変化させる要因はたくさんあります」

かつてないほど豊富な選択肢

 最もマイルドなトウガラシと最も辛いトウガラシに注目が集まるため、「中間」という概念は無意味な探求のように見えるかもしれない。しかし、バルウェグ氏もデウィット氏も、辛さを取り除いたり、体に好ましくない危険なテストに耐えたりするトウガラシで妥協する必要はないと考えている。

 バルウェグ氏はトウガラシを市場で販売する際、人々が好みや目的に合ったトウガラシを見つけられるよう、スコヴィル値を掲示している。「地元のファーマーズマーケットで新鮮なトウガラシを買うことをお勧めします。多くの場合、生産者は辛さや風味をよくわかっていますから」とバルウェグ氏は話す。「消費者にとっての結論は『種類が多いほうがいい』です。何が自分にぴったりかを知るため、生産者に質問してみてください。そうすれば、好みのトウガラシを選ぶことができます」

 トウガラシの風味に関する知識が増え、さまざまな風味のトウガラシが求められるようになった。トウガラシが辛くなくなったのは、単に文化的な変化かもしれない。かつてないほど多様な料理が提供され、消費者に受け入れられている。そして、私たちは皆……それに慣れてしまった。

「人々のスパイスに対する耐性は、私が地球に生まれてからの70年間で見たことがないほど強まっています」とデウィット氏は話す。「人々は頻繁に旅行するようになり、テレビでより多くのものを目にするようになり、異文化の料理を楽しむ機会が増えています」

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