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解説:マイクロプラスチックと心臓発作や脳卒中が関連、初の証拠

  • 2024年4月16日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

解説:マイクロプラスチックと心臓発作や脳卒中が関連、初の証拠

 マイクロプラスチックは環境の至る所にあって、私たちの体内にも入り込んでいる。このほど3月6日付けで医学誌「The New England Journal of Medicine」に発表された新たな研究により、血管内にたまった微小なプラスチック粒子と、心臓発作(心筋梗塞)、脳卒中、死亡のリスクの高さが初めて関連づけられた。

 脂肪などでできた沈着物であるプラークが動脈の壁の中にたまる「アテローム性動脈硬化」になると、血管の壁が厚くなるため体の各部への血流が悪くなり、脳卒中や狭心症、心臓発作のリスクが高まる。プラークは通常、コレステロール、脂質、細胞からの老廃物、カルシウム、フィブリンと呼ばれる血液を固めるタンパク質からできている。

 今回の研究は、頸動脈(首の動脈)のプラークを取り除く手術を受けたアテローム性動脈硬化の患者304人について行われた。プラークの中に微小なプラスチック粒子が含まれていることが確認された患者もいた。

 今回の論文によると、切除したプラークにプラスチックが含まれていた人は、含まれていなかった人に比べて、その後の約3年間に心臓発作や脳卒中を起こしたり何らかの原因で死亡したりする割合が4倍以上も高かったという。

 プラスチックに含まれる化学物質が溶け出し、ホルモンなど内分泌系の働きを乱すといった健康問題を引き起こす可能性があることは以前から知られていたが、「プラスチック粒子そのものが人間の健康に影響を及ぼすことが示されたのは、今回が初めてです」と、米ボストン・カレッジの小児科医で公衆衛生疫学者のフィリップ・ランドリガン氏は言う。なお、氏は今回の研究には参加していない。

 これらの微小なプラスチックが血管内に入り込んだ経緯は特定できなかったと、論文の著者の一人でイタリア、カンパニア・ルイジ・バンビテッリ大学の心臓専門医であるジュゼッペ・パオリッソ氏は言う。プラスチックは、空気中から吸い込んだり食物や水から摂取したりと、さまざまな方法で体内に入る可能性がある。

 米バンダービルト大学の心臓専門医で血管医学の専門家であるアーロン・アデイ氏は、微小なプラスチックが生体に及ぼす影響に関する既存のデータは、ほとんどが動物実験から得られたものだと言う。

「微小なプラスチックが血流に乗り、特定の臓器に入り込む可能性があることは以前から分かっていましたが、今回の研究は、重大な疾患を持つ人のプラークにそれを見つけたという点で大きな違いがあります。これは、マイクロプラスチックを人間の疾患と関連づける、画期的な研究です」

マイクロプラスチックと心血管疾患との関連

 この研究では、頸動脈にたまったプラークを取り除く「頸動脈内膜剝離術」という手術を受けた304人の成人について行われた。頸動脈のプラークをそのままにすると、一部が破れて細い動脈をふさぎ、脳卒中になるリスクが高まる。

 研究者たちが頸動脈から除去したプラークに含まれるプラスチックを調べたところ、58%の患者からポリエチレンが、12%の患者からポリ塩化ビニルが検出された。

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 電子顕微鏡での観察から、プラークに含まれる白血球の一種であるマクロファージの中に、縁がギザギザした異物があることもわかった。マクロファージは、体内に侵入した微生物などの異物を取り囲んで食べて殺す役割を担っている。

 研究チームはその後、257人の患者を2〜3年間、追跡調査した。その結果、プラークに微小なプラスチックが含まれていた患者が心臓発作や脳卒中を起こしたり、何らかの原因で死亡したりした割合は、プラスチックが含まれていなかった患者に比べて約4.5倍も高かった。

 研究者らは、微小なプラスチックが心臓発作や脳卒中の原因になるかどうかやそのしくみについては、現時点では明言できないと言う。しかしパオリッソ氏は、1つの可能性として、マクロファージが体内から異物を排除しようと集まってきたときに、微小なプラスチック粒子が炎症を引き起こすことが考えられると言う。プラークの中の炎症が増えると、プラークが破れて、その破片が血流に乗る可能性がある。

 アデイ氏は、マクロファージがプラークの形成に関わっていることや、炎症が心血管疾患に重要な役割を果たしていることはよく知られているので、炎症仮説は妥当だと言う。「これらの粒子がプラーク内でより多くの炎症を引き起こしているのであれば、プラークは将来、問題を引き起こしやすくなるかもしれません」。とはいえ、現段階では断定できない。

 プラスチック粒子に含まれる化学物質が、どの程度の害を及ぼすかも不明だと、米ニューヨーク市の医療機関ノースウェル・ヘルスの産業医であるケネス・スペース氏は指摘する。「プラスチックは多様な化学物質からできています。その中には、体内で作られるホルモンの働きを乱す内分泌かく乱物質や、炎症を誘発する物質なども含まれています」

 これらの化学物質は私たちの体内でさまざまな影響を及ぼしている可能性があるが、臨床試験が行われる医薬品とは違い、ヒトを被験者として厳密な実験を行うわけにもいかない。スペース氏は、「残念ながら、私たち全員が人体実験に参加しているようなものです」と話す。

 プラスチックは環境に広く存在しており、個人ではさらされる量をあまりコントロールできないが、定期的な運動や健康的な食事、禁煙など、心血管疾患のリスクを減らす生活習慣を取り入れることはできる。

 体内の微小なプラスチックに含まれる環境汚染物質が、心血管疾患やその他の病気にどの程度影響しているかははっきりしていないが、「健康的な食事や運動などの生活習慣を取り入れることは、家にあるペットボトルの本数を気にするよりも健康に大きな影響を与えるでしょう」とスペース氏は言う。

プラスチック問題の未来

 スペース氏は、パオリッソ氏らによる今回の発見が「少々恐ろしく、おじけづくような」ものであることを認めつつも、こうした研究が引き起こす変化については希望を抱いている。人間のある活動が健康に悪影響を及ぼすという科学的な証拠が積み重なれば、やがて政策を変化させる転換点に達することを、公衆衛生の歴史は一貫して示してきたと氏は言う。

「かつて人類には、大気汚染が健康に悪影響を及ぼすことにまったく気づかず、それについて考えもしなかった時期がありました。それを科学が10年間で強力に立証したのです」とスペース氏。「それから人類が空気をきれいにする努力を始めた結果、目に見える効果が出ました」

「今後、(プラスチック問題に)取り組もうとする政治的な機運も高まると思います」とスペース氏は話す。これをきっかけにプラスチックがもたらすリスクに関する研究が進めば、「政策づくりにも役立つはずです」

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